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第2話 出会い ②

「はぇ~…………尊過ぎて意識飛ぶ…………」

 アニメのストーリーはそれほど難解ではなかったので、物語慣れしていない萌絵子でもどうにか理解することができた。

 というよりも、話より主人公であるモルモットの「モル太」の姿に夢中すぎたのである。

 先程テレビで放送されていたのが9話だったので、追いつくのにはそう時間は必要なかった。



 あはは! 待ってよー!


 萌絵子の頭の中に広がる妄想の舞台は草原。


 温かな日差しと、緩やかな風になびく草原を萌絵子とモル太の二匹が走りまわっている。


 ぎゅーってしたら絶対温かいしいい匂いするし。

 でも私小さい動物が苦手だったのに、なんでだろ。モル太は強そうだからかな。だとしたらスパダリ確。


 六道家ではペットの類は飼っていない。なので昔からいわゆるペットにあこがれはあったものの、少し苦手でもあった。友達の家の座敷犬や猫などを見て「かわいい」という感覚は分かるのだが、「だっこしてみる?」と言われたら、

「いい!」

 と首を千切らんばかりに頭を振り回して断るのだ。

 少し触っただけでもどくどくと小さな体を懸命に鼓動させていて、骨ばった体に触れると痛くないのかなとか考えてしまう。

 幼いころ近所の猫を抱っこした時のあの骨がごりっとする感覚や肉がぐにゅっとする感覚が怖かった。そのまま潰れちゃうんじゃないかと恐怖し、それ以来愛玩動物はどことなく避けてきたのである。

 モル太は主人公でありヒーローなので安心感を覚えたのかもしれない。

 ちなみにヒサメの買っているイグアナだけは全然違う理由で抱っこを断った。

「あんた私の愛してるイグ・ノーベル(イグアナの名前)を触れないって言うの?」

 と凄まれたので、恐る恐る爪の先で触ったがそのまま気絶した。




 余韻に浸りながら再びSNSに目を通し続けた。普段使わない妙な言葉遣いも、影響されてつい口から出始めている。

 さっそくアイコンはアニメの公式サイトで、無料配布されていた画像を切り抜いた物を使用していた。

「あ、このアクキーヤバくない? あ、こっちも。――え、ショップあんの?」

 ネットの世界にどっぷりつかっていると、部屋の扉がノックされた。萌絵子の返事を待たずして扉は開く。

「もーちゃん、おなかすいたー」

 扉の向こうから妹のアキが不貞腐れたように言った。

「勝手に開けんなっつーの」

 顔をスマホから動かさずに言った。

「おなかすいた!」

 部屋には入らずきちんと廊下で待っていた妹は、むすっと頬を膨らませた。

「うっさいなあ。あーしの朝ごはん食べていいから」

 萌絵子が動かず、まるでアキの存在は無いかのように「きゃー!」とか、「うっわ! これもちょー可愛すぎ。あー満たされすぎて死ぬ」とか言っているので、アキの頬はどんどん膨らみ続けている。

 が、ふと何かを思いついたのか、ふすっと空気を逃し、あくどい笑みを浮かべた。


「……あーあ!」


 アキの声が明らかに大きくなる。萌絵子は指を止めた。

「おかーさんにもーちゃんからそう言われたって言おっかなぁー!」

 萌絵子はベッドから飛び起きる。

 廊下にいた妹は歯を見せてにたにたと笑っていた。

「ちょ、アンタ、姉上を脅すわけ!?」

「べっつにー? ただきょうあったことをおかーさんに言うだけだもん」

「もうっ、わかった……。今忙しいからテキトーなものしか作れないから」

「いそがしいって、スマホとアニメみてるだけじゃん」

 こうして妹の面倒を適宜見ながら、アニメを履修して萌絵子の日曜日は過ぎていくのだった。



「――えー、それヤバくない?」

「あ、そうだ、次の土曜日渋谷いかない?」

「あーいいね。この前言ってたお店だろ?」

「そうそう。ね、もえぴーも行くでしょ? 行きたいって言ってたじゃん」

「………………」

 数日後、教室の一角にて。

 萌絵子を含めた4人の友人同士で話に花を咲かせている傍らで、萌絵子自身は会話にはろくに加わらずスマホの画面ばかりを食い入って観ていた。

 今も話を振られたが気づいていない。

「萌絵子」

 と、三人の友人のうち、諭すように言ったのはヒサメだった。セミロングの黒髪だが、光の加減では青く見えるし、インナーカラーの青が、少し風に靡けばちらりと見える。

 切れ長の瞼の中、瞳だけを動かすと、ちょんと萌絵子の二の腕を突いた。

 そこでようやく残り二人の友人が不思議そうな眼差しを自分に集めていることに萌絵子は気付いた。

「え、あ、ごめん。なんだっけ?」

「もー。話聞いてるぅ?」

 いつもメイク道具を手にしているミクは、怪訝な言葉とは裏腹に、今もリップをポーチから取り出し、もう片方の手で持った鏡に潤んだ唇を映している。

「き、聞いてる聞いてるし! パ、パンツがどうって話だっけ?」

「はぁ?」

「ギャハハハハ! なんでパンツなんて出てくんだよ!」

 と、背が高くスポドリ好きなサヤが豪快に笑い飛ばした。

 そのおかげで漂い始めていた不穏な空気がからっと入れ替わった。

「今度の土曜日渋谷に行こうって話」

 そんな中でもヒサメだけは変わらず冷静だった。

「あ。あ~……」

 萌絵子の瞳が瞼の中、右へ左へ、上へ下へと動き回る。教室の中で幽霊が動き回っているのが見えるとか、そういうことではない。

「もえぴー行きたいって言ってたじゃん」

 思い当たる節があるので、萌絵子は顎を引いて苦笑を浮かべる。

「う……うーん、そうなんだけどぉ、まぁ今はいいかなぁ。あっ、ブクロなら行きたいけど」

 人さし指を伸ばし、手で銃を作るとミクへと向けた。

「はぁ? なんでブクロ? 何にもなくない?」

 怪訝な顔を浮かべるミクとサヤだった。

 思わず言ってしまった萌絵子は、その顔を見て焦る。

「え!? あ、あぁうん、なんか乗り換えばっかでずっと降りてないから? ちょっと気になって? だよね!?」

 訳の分からない言い訳――恐らく萌絵子本人も訳が分かってないのだろうことはしどろもどろな話し方で伝わったようで、二人の眉間の皺は益々深くなる。

 全員の頭の上に「?」を見出した萌絵子は、

「あ、ちょ、あーしトイレ! シブヤは三人で行ってきて!」

 と恥じらうこともなくトイレ宣言して教室を飛び出したのだった。



 ——結局、土曜日は家で過ごした。明日の日曜日に最新話が放送されるから、それまでにもう一度繰り返し本編を観ておこうと考えたのだ。

 そして翌日曜日には朝7時には起きて、身支度を整えていた。

 いつもなら起こしても当然起きることもなく、生意気にブランチと言いながら朝兼昼飯を食べるような自堕落な日曜日を過ごすのが恒例の萌絵子が、平日と変らない時間に起きてきたことは、六道家では大事件となった。

 登校日なのか!? と母親が驚き慌てる。お弁当を準備していないのだ。高校生ならそれでも自分で今からでも準備したり途中で買って行ったり食堂を利用したり、最悪我慢すればいい。

 萌絵子の母も特に過保護というわけではないが、忙しい朝の時間にイレギュラーなことが起きると多少なりとも動揺してしまうのだ。

「え、何? テストでもあるわけ!?」

 と母に詰められたが、本当のことを母親には言えなかったので、「目が覚めただけ」と答えたら、「紛らわしい……」と母はしおれていくのだった。

 身支度と朝食を終え、母を見送り洗い物を終えた頃、良い時間になった。

「アキ、始まるよー!」

 妹よりも先にテレビの前でスタンバっていた萌絵子だった。ソファの一番いい席は当然自分が座っている。

 遅れてきた妹と席の取り合いが始まる。

 最終的には萌絵子の膝の上に座ることで決着はついた。「暑っつい!」



 アニメで癒された後は一人でお出かけだ。

 駅前で渋谷に行く友人たちと鉢合わせるのが怖かったのも一日ずらした理由だった。

 普段とは違う大人しめの服装に、キャップと眼鏡でしっかりと変装し、パッと見ではわからないようにしてから萌絵子は池袋に向かうのだった。

 ちなみに、妹や家族、友人から見れば、いつもとセンスが違うけど萌絵子は萌絵子だとわかることだろう。


「ふあ~~~~~……満たされるぅ~~……」


 夕方帰ってきた萌絵子のまわりにはモル太のグッズがひしめき合っていた。

 アクリルキーホルダーや、ラバーマスコットなどの小物はもちろん、タペストリーやアクスタ、さらには自分の顔より大きなぬいぐるみまで。

「え? これ全部私買ったの!?ま? ヤバくない? キャパ終わってんだけど!?」


 出迎えたアキが「コ○トコ行ってきたの?」と聞くぐらい大量のグッズを集めてきた。

「はぁ~散財。こりゃしばらくは節約だな。ヒサメにも相談しないと」

「わぁ~! かわいい~!」

 萌絵子より先にアキがぬいぐるみを抱きしめた。

「あ、ちょっと! 私のモル太だって!」

「ちょっとくらいいいじゃん」

「よくないっての。あんたは別に誰だって良いんだし」

「そっか……。そんなひどいこと言うおねえちゃんだって、おかーさんにホーコクすればいい?」

「ぐっ……! お母さん持ち出すのズルいし!」

 結局萌絵子が折れるしかなかった。


 母をこれほど恐れるには理由がある。

 先日もヨーグルト盗難事件の冤罪を被った萌絵子だったが、六道家ではお馴染みの体罰が執行された。

 もちろん、今時殴打などをするわけではない。

 体罰というのは、3分間くすぐられること。

 時間に関しては母の怒りのさじ加減で決まってしまう。

 今回は1分32秒ごろ、妹のアキが「もーちゃんは食べてないって」と助言したことで執行が中断されたが、あと20秒続けば漏らしていたと萌絵子は後にヒサメに語った。

 それを聞いたヒサメは「いや訊いてないし聴きたくない」とバッサリ斬り捨てるのだったが、それはまた別の話だった。


「はぁ~……やっぱみんなすごい……」

 夜になってもSNSは興奮が治まらない。

 朝リアルタイムで視聴した勢と、主に社会人の方が仕事を終えてから録画や配信サービスを利用して最新話を視聴した感想の投稿や、朝の話を踏まえてのイラストなどの投稿が続く。

「これ……最強かも……!」

 一枚のイラストが目に留まる。

 アニメ本編では描かれていない背景の中、観たこともない表情で駆け回っている。

 これまでもいくつも眺めてきていたが、それとの違いはもはや言葉では説明が難しい。端的に言えば、「好み」なのである。

「きゃわあああああああああああ!」

 萌絵子は薄い胸にスマホを抱きしめた。

 天井を蹴るように足を直角に持ち上げ、自転車を漕ぐようにじたばたと動かしている。

 ちなみに、これで最強の絵は、合計二十枚近くになった。

「あぁ~、リプしたい。でも語彙力墓場で運動会中だから無理。つーかいきなり私がしたら空気壊すかもだし……てか返信できないタイプの投稿だ。きっとこんな神絵を描く人だと、めちゃくちゃリプ来て困るんだろうなぁ……。——げ、もうこんな時間!?」

 スマホの画面を見ていたはずなのに。何故か右上に小さく表示された時計は、盲点が重なっていたのか、見えなくなっていたようだ。すでに1時間近く時間は溶けていた。もうすぐ22時を回ろうとしている。女子高生としては早い就寝かもしれないが、中学時代の朝練の習慣だった。

 慌てて布団にもぐり、部屋の照明を落とす。

 しかし、目は冴えていて、興奮は納まっていない。

 頭の中には数々のイラストが浮かんでいた。


 あれよかった。こっちも最強……。などと、次々と浮かんでくる。


 いーなー。自分で好きな推しの絵描けたらアガるよねゼッタイ。自分の好きなモル太を描けるって想像しただけで意識飛ぶんだけど。いや全然寝れないんですけど。




 なんか……、私も描いてみたい。


 あの子の色んな表情、もっと観てみたい。

 うぅん、みんなの絵がダメとか、私の理想と違うとかそんな話じゃない。全然みんな神だし。どれもこれもマジで輝いてるし。

 でもそれこそさ、笑顔ってだけでも色々あるじゃん。爆笑してる時の笑顔だったり、ちょっと照れてる時の笑顔だったり。本編では観れない笑顔もあるわけじゃん?

 なんか、それが描けたらさ、私も幸せじゃん!


 それにそれにそれに……。


 もしかして、それを観て喜んでくれる人が……いたらさ……。




 ……嬉しい……。




 萌絵子はがばりと起き上がった。

「描いてみよかな……」


 全然絵なんて描けないけど……。つーかいつから描いてない? 中2の美術の授業でなんか地球環境のポスター描けって言われたから地球描いたら「お前が破壊してどうすんだ」って言われて以来だから……3年ぶり?


 え、やっぱ無理…………?



 ま……まぁ、いきなり別に投稿しなくてもいいじゃん。ね?



 ちょっとほら、その……練習! そう、練習的な感じでよくない?


「よしっ!」

 抱き締めていたモル太のぬいぐるみをそっと枕元に置いて、照明を点けるとベッドから飛び降りた。

「決めた!」

 部屋の片隅で物置状態になっていた勉強机に向かう。

 全然使ってない教科書とかノートとかタブレット型PCが山積みになっているだけ。

 普段めったにしないが宿題などをやるとなれば、そこではなくベッドそばの小テーブルを使っているのだ。

 勉強机を邪魔だとは思っているが、捨てようとは思っていない。

「とりまこれを片づけて――うわっ!」

 手を伸ばして指先が触れた瞬間、バサドサササササ……! と教科書たちは崩落した。厚みのある教科書たちは、床を打つ。盛り上がりすぎたコンガ演奏者ぐらい騒々しい音を立てた。

「萌絵子おおおお!」

 階段の下から母の怒号が轟いて来た。

「ひいいっ! ごめん!」

「どうしたのもーちゃん……うわっ」

 音を聞きつけてやってきたのは妹のアキだ。

 部屋の床、三分の一ほどを教科書や辞書が覆っていた。

「あ、ちょーど良かった」

 と萌絵子に言われて、アキは妹としての危機感知能力をフル稼働させた。

 ヒャクパー片づけを手伝わさせられる! しかも手伝いという名の強制労働になる!

 ……とでも想像したのだろう。

「おやすみ~……」

 すぐにも部屋を出ていこうとするが、そこは萌絵子の方が一枚上手――というか9歳年上なので身体能力的に逃げられることはできなかった。

「待て!」

 ガシリと腕を掴まれる。

「うわぁあ! やだやだ! かたづけなんてじぶんでやってよ! おかーさーん! もーちゃんにころされるー!」

「バカ! 違うっての! ちょっと鉛筆とか貸してくれない?」

「へ?」アキは暴れるのをぴたりと止めた。「えんぴつ?」

「うん。あー、あと色鉛筆持ってたっけ?」

お試し投稿第二弾です。一応次回で終わりです!

読んで下さった方、ありがとう!

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