これってもしかして吊り橋効果?
「何度来ても思うけど、百合の家って広いよね」
「そう?普通だと思うけど」
百合の家に入ったことがあるのはこれが初めてじゃない。
今までも何度かお邪魔したことがある。初めて行ったときはたしか高一の夏休みが初めてだった気がする。あの日は百合が急に一緒にゲームをやろうとか急に言い出して断る権利もなく半強制的に行かされた気がする。
そして無理やり苦手だと言うのにホラーゲームをやらされた記憶がある。
「ほら、暑いんだから早く上がりなよ」
そう言ってまだ靴すら脱いでいない俺の腕を引っ張って強引に家の中に招き入れようとする。
友達の扱いが中々荒い気がする。
「痛いよ、そんなに引っ張らなくても入るから」
「ごめん、つい」
「まあ別にいいけど」
この日俺は人生で初めて半強制的とは言え女の子の家に入った。いつも通り花たちに水をあげたあと百合が、今からうちに来いと急に言い出して流れるままに家に来てしまった。
家に上がると百合から時々香る花の香りが息を吸うたびに漂ってきて気まずさと少しだけの好奇心が心の中で踊っていた。
「お邪魔します」
「ようこそ!」
腕を招くように広げるからホテルのコンシェルジュの人みたいだった。
「こっち来て」
多少の期待で百合について行ったけど案内されたのはリビングだった。残念だと思ったけど気まずさがあったから安堵の気持ちも湧いた。
「適当に座っていいよ」
そう言われてテレビと机を挟んで向かい合っている座り心地の良さそうなソファに座った。
部屋を見渡すと百合はよほど花が好きなのか沢山の花の写真とその横に写生画が壁に飾ってあった。
高い棚の中には何かのコンテストの賞状やメダルやらが並んでいた。
あの時、俺が嫌々花たちに水やりをやっていることになんで百合が絡んできたのかを納得した。きっと百合にとって花はずっと特別なんだ。
「それ、絵のコンテストに入賞した時のやつだよ」
「最近は描いてないけど」
絵と棚を見ていることに気付いたのか百合は懐かしみながら教えてくれた。
「綺麗な絵だね、いつ描いたの?」
「中二から中三の間に描いたやつかな」
「それって、」
「そうだよ、その飾ってある絵は君と会ったときからのだよ」
言われてみれば絵の背景はどこか見覚えのある景色や学校の校舎が描かれていた。
写真に写っている場所も俺がよく知る学校の校庭だった。
「そんなことよりさ、ゲームやろうよ!」
わざと話を逸らすように言う百合の顔は少し照れくささの中に何か隠しているような顔をしていた。
「何やるの?」
「これやろ!最近買ったんだけどこれ二人プレイできるからさ、君と一緒にやりたいなって」
笑顔とは裏腹に百合の持っているパッケージは明らかに俺の苦手としているジャンルのものだった。
「俺、前にホラーゲーム苦手だってことばれたような気がするんだけど」
「あれ、そうだったっけ?覚えてないなー」
わざとらしく隠す気もないにやけ顔で百合はとぼけながらゲームの電源を入れて違うホラゲーのソフトと入れ替えで最近買ったというソフトを入れる。
コントローラを持ってきて片方を俺に渡して俺の隣に座った。
百合が座るときに少し近かったのか肩がぶつかったけど百合は気にしていない様子でゲームを始めたから俺だけ無駄に意識してしまっていることに羞恥心を覚えた。
「俺あんまり乗り気じゃないんだけど」
「大丈夫だよ、これアクション要素が多めだし、それに普段は対人ゲームやってるんでしょ?相手はプレイヤーだと思えば大丈夫だよ」
「そう言われても」
「大丈夫だって!相手はプレイヤー、そう思えば怖くない!」
「...わかった。百合を信じるよ」
自分を信じてほしいと言うような自信を持った顔で言うから断りずらかった。
それに百合との距離が近くて自分のさっきからうるさい鼓動が百合にばれそうだったから距離を置く理由が欲しくて渋々一緒にゲ-ムをすることにした。
でも結局は俺がさりげなく離れても百合がそれにくっついて寄ってきたから離れようとした意味がなかった。
クーラーが効いているのか疑うくらい全身が熱かったのを今でも覚えている。
それにゲームをやってる時なんかは怖くてドキドキしているのか百合との距離が近くてドキドキしているのかわからなくなっていた。
俺は高一にして吊り橋効果というものを初めて体験した。
あれから俺と百合はよく家で遊ぶようになった。
夏休み中なんて花たちに水をやった後、予定があるとき以外はほとんどどっちかの家に行ってゲームをやってた。
どっちの家に行くかで悩んだり口論になったりしそうな時もあったけどそういう時は公平にと言ってじゃんけんで決めてた。
時々じゃんけんで心理戦が始まってそれがまた面白かった。
それから何かで意見が割れたときは自然とじゃんけんで決めるようになった。
「なんか懐かしいな」
「なにが?」
「ううん、なんでもない。ひとりごと。お邪魔します」
家に上がるといつもの百合の家に来た時のいつもの花の香りがした。
もう何度も来ているのに懐かしさを感じて、少しだけなぜか切なくなった。




