雨明けの笑顔とクイズ
雨が明けた二日後、今日は朝早くに家を出て花たちに水をやるために学校に来ていた。天気は晴れていて太陽の光が降り注いでいたけど、ところどころに積乱雲があってそれが油絵に描いたように幻想的に見えた。
校庭側の花壇の二つ目の水やりを終えたとき聞きなれた幼さの残る声が聞こえてきた。花から目を離し声のほうを向くと右手にじょうろを持った百合がこっちに向かって歩いてきていた。
「おはよう。相変わらず早いね君は」
「そうかな」
「そうだよ!だって本当は九時集合でしょ?」
言われて校舎の壁に掛けてある時計を見るとまだ九時前だった。
「君は親ばかというより、お花バカだね」
「そんなこと言われても、百合だって集合前に来てるじゃん」
反発的にそう言うと百合は照れくさそうな顔をしながら俺を見た。
「だって君が早く来ちゃうんだもん」
「なんだよそれ」
なんでか、見ている俺も照れくさくなった。
「そういえばさ、明日って空いてる?」
この照れくさい空気から抜け出したかったのか百合が突然聞いてきた。
「まあ、一応空いてるけど。どうして?」
「では問題!」
「私は君について知っていることがあります。それはいったい何でしょうか!」
俺の予定を聞くなりクイズを出してきた。仕方なく百合の波に乗って考えてみる。
百合が知っている俺についてのこと。思い当たることと言えばホラーゲームが苦手ってことぐらいしかない。
「俺がホラーゲーム苦手ってこと?」
「うーん、それもあるけどブッブー、残念違います」
「じゃあなんだ?」
「正解教えてほしい?」
「うん、ほかに思い当たる節がないよ」
俺がそう言って諦めて答えを求めると百合はあのいたずらっ子な笑みをしながら俺の胸に指さした。
少しだけ胸が驚かされた時みたいにドキッとした。
「君は服がない!」
「んえ?」
変化球な答えだったのとそれが図星だったことが合わさって声が裏返ってしまった。
それが百合には面白かったらしく腹を抱えて笑い出した。
その顔を見ていると胸の鼓動が速くなっていくのを感じた。
「そんなに笑うことないだろ」
「いや、ごめんごめん。あまりにも図星を突かれたみたいな顔をするからさ」
笑いすぎたのか百合の瞳が少し潤んでいるようにも見える。それでも笑い続けるから次第に俺もつられて笑いだしてしまった。俺の目からも涙が出てきた。
しばらくそうやって二人で笑いあった後、互いに深呼吸をして気持ちを一度落ち着かせた。
「はあ、久しぶりにこんなに笑ったよ」
「俺も何十年ぶりだろ、こんなに笑ったの」
「何十年振りって君まだ十七でしょ?」
「あ、たしかに」
「もう、やめてよね」
少し困った表情で笑って百合は言った。
その顔を見たとき、さっきの胸の高鳴りとは違ってナイフを刺されたような痛みが胸に響いた。それと同時になぜか切なく感じた。けど気にするほどじゃなかったから何も考えないようにした。
「それで、服のことを指してきたけど結局はどういうことなの?」
ジョウロに水を汲みながら結局あのクイズの意味が何なのか聞いてみた。
「どういうことって、まったく君は」
蛇口を締めて少し怒ったように百合は言った。
「君はもう少しファッションやオシャレといったものに興味を持ったほうがいいと思うよ」
「努力はするよ」
「ならよろしい。ってことで服屋に行きたいと思うんだけどどうかな」
「水族館に行くときの服を選びに行かない?」
「服選び?」
正直、こんな真夏の太陽が降り注ぐ中あまり出かけたいとは思わなかった。
水族館に行くのも提案された時は行きたいと思ったけど元は百合にじゃんけんで負けたからであって、もしほかの友達に誘われていたら断っていたのかもしれない。
「やっぱ厳しい?」
いつも前向きな百合が諦めたような顔で見てくるからそれが珍しかった。
そんな百合を見ているとこのまま自分勝手に断るのはよくない気がしてきた。
「わかった、明日何時にする?」
「え!?いいの?珍しいね」
驚いた表情を見せながらも百合の声は嬉しそうだった。
「まあ、たまにはいいかなって。それに努力するって言ったし」
「ふふっ、うれしい。ありがとう」
ニコッと笑う安堵の混じった百合の笑顔が真夏の日差しよりも眩しく見えた。
「さそっくなんだけど、明日は朝十時に駅前に集合ね」
「わかった」
「へへっ、楽しみだね!」
「うん、楽しみだ」
子供っぽく笑う百合に照れくさくなって目が合わせられなかった。




