最後の夢、最後のキス
「ここってさ夢なんだろ?」
百合は静かに頷いた。
「夏休み入ってから今日までのこと。そしてこれからのことってさ、全部俺の想い出。
夏休みの終わりが近づけばまた振り出しに戻って同じ日を繰り返すんだ」
また百合は静かに頷いた。
「俺、思い出したよ。俺はトラックに轢かれて、入院して退院までした。けどさ、けど、、、だけど」
すでに流れていた涙がまた第二波のように目から流れ始めた。
「だけど、となりに君はいなかった。どこを探しても見つからなくって、医者に聞いても親に聞いても君は悪くないって言うばかりだった」
「それで行き着いた先はいつも花の香りが香る百合の家だった。認めたくなかった、認めたくなかった!」
あの日の情景が脳に浮かぶ。
百合の家のリビングに百合の写真と供に骨袋が祭壇に納められていた。写真の中の百合は笑っていてこの世にまだいるかのように思えた。
「聖朱君、あなたも百合も悪くないわ」
百合のお母さんは優しくそう言ってくれたけど、俺の心には届かなかった。
もし、あの時俺が素直に百合の家に行っていたらどうだったか。行かなかったとしても俺はかばう側だったはずだ。守らないといけなかった。あの事故で百合は死ぬべきじゃなかった。死ぬべきなのは俺のほうだった。
百合にもう一度だけでいいから会いたい。
今度はちゃんと、守りたい。
そう思ってからは俺の行動は早かった。
母が飲んでいる睡眠薬の瓶を棚から取り出し、瓶の蓋を開けてその全てを飲み込んだ。
最初はなんともなくて飲んだ意味がないと失念していた。けど時間が立つにつれて、めまい、吐き気、頭痛がしてきた。吐きそうになってのど元まで反吐がのぼってきても吐いては意味がないと思い無理やり反吐を飲み込んだ。口の中が胃液の味がしてきて気持ちが悪かった。
吐きそう、気持ち悪い、苦しい。そんな言葉が繰り返し頭の中をぐるぐると回っていた。
ベッドまでようやくの思いでたどり着くと力が抜けて、今度は、眠い、の一言だけが一人で脳という校庭を走り始めた。
そこからどうなったかは記憶に無い。
「薬を飲んで目覚めたかと思ったらさ、夏休み前に何事もなかったように戻ってたんだよ。
最初は戸惑った。
でも廊下から聞き慣れた声が聞こえてきて、そんな戸惑いなんてどうでもよくなった。」
「また会えたんだよ、君に。百合」
「嬉しかった、嬉しかった」
「でも、ここは所詮夢だった」
「夏休み終わりにあの公園に向かう途中で俺は毎回眠くなって、振り出しに戻された。何度も何度も、百合を助けようとしても眠くなって寝て振り出しに戻される」
「何度も何度も何度も。だから俺はいつしかこの夢に依存するようになった。この夢の中にさえいれば俺は百合に会えるって」
「そこから本来の目的なんて忘れて、夢の中だってことさえも忘れてしまった。情けないよね」
「ほんと、なんで俺死ななかったんだろうな。百合がいないのなら生きてる意味なんてないし、死ぬべきだったのは俺だったのに」
「やめてよ!」
急に百合が花火の音と共に声を上げた。
「そんなこと言わないでよ!私はそんな言葉を聞きたくて今ここにいるわけじゃない!!」
「わたしは!!わたしは!!!」
「君に生きてほしくて、君を助けたくって、聖朱君のことが大好きで仕方がなかったからあの時、とっさに聖朱君をかばったのに!」
「わたしはあなたに生きていてほしくて、そうしたのに」
初めて出会った日を想い出す。
あの日、誤って俺が花を踏んでしまったとき百合は俺を叱った。怒りながらも涙を流していた。
今の百合も当時と同じように、怒りながらも涙を流していた。
「ごめん。ごめん。俺だって、百合に生きてほしかったんだ。夏休みが明けて冬が来てもずっと一緒にいたくて、まだ咲かないあの花が咲くのを一緒に見たくて」
「でも、もう時間はない。だって、こうしていろんなことを想い出せるのって俺がもうすぐ目覚めるってことなんだろう?妙にリアルな夢、あれこそが今の俺の現状なんだ」
百合は涙を流しながら頷いた。
そんな百合を見て俺は強く抱きしめた。
百合も俺を強く抱きしめた。
「最後に想い出させてくれてありがとう」
百合の体は温かくて心地よかった。
「ううん、私は何もしてないよ」
「いや、こうして想い出せたのは百合の顔に結構感情が出てたおかげでもあるんだよ。百合は自覚ないみたいだけど」
「そんなに?」
図星を突かれたかのように拍子抜けした顔をして百合は言った。
「うん今だって」
「やっぱり私たちって似てるのね」
「そうだね、すごく似てると思うよ」
「ねえ、百合」
「なあに?聖朱君」
「好きだよ、大好きだ。」
「私も大好きだよ」
俺と百合はどちらからでもなく自然に唇を重ね合わせた。やっぱり百合の唇はサルビアの蜜を吸ったような甘酸っぱさがあって柔らかかった。
その唇も体温と同じように心地よかった。
最後のキスは花火の最後の盛り上がりの始まりから終わりまで続いた。
赤いサルビア、
花言葉は燃える想い、情熱を意味する。
俺と百合の想いはこのサルビアのように熱く、夏の太陽のように温かかった。
俺は夏が好きだ。




