さいしょはグー!
あの夏の出会いから俺と百合は話すようになって、夏休み中や夏休みが明けたあとでも一緒に花たちに水をやるのが日課になった。
高校は別々になると思っていたけど偶然なのかはたまた必然なのか、たまたま一緒になって、高校でも今日まで変わらず一緒に花に水やりをやっている。
でも、
「君って夏になると極端に水やりをやりたがらなくなるよね、お花好きじゃなかったの?」
やっぱり苦手なものは苦手で夏の太陽には負けてしまう。
けど、あの夏の日から花について調べるようになってあの日よりも確実に花が好きになったし、水やりも苦じゃなくて逆に今ではやり甲斐を感じてる。
だから花が嫌いなわけじゃない。むしろ好きだ。
「嫌いじゃないよ、けど暑いのが苦手なんだ」
「もぉ、わざわざ君を探しに教室に戻ってみればこれだよ」
「せっかく一緒にお花に水あげようと思ったのに」
「わっ!?」
それを聞いて思わず勢いよく立ってしまった。
立った勢いで椅子が倒れてしまった。
「ごめん、びっくりさせちゃった」
「なんか急にやる気になったからつい」
「ううん、いいよ。さ、行こ!」
「やる気になってくれて嬉しい、きっとお花たちも嬉しがってるよ!」
「うん」
そう言って俺と百合は教室を出ることにした。
この高校の花壇は昇降口から出て校庭側の日当たりの良いところに五十センチほどの大きさの花壇が五つ。そして駐輪場の少し日陰になっているところに同じような花壇が二つある。
最初に俺と百合は駐輪場の方の花壇に水をやりに行く事にした。
「お待たせ~」
ジョウロを傾けながら百合は花たちに話しかける。
ここではエキザカムそれとサマーミストと言う一年草を育てている。
種類は少ないかもしれないけれど鮮やかに咲き誇るその姿は誰もが一度は目を向け立ち止まってしまうような美しさを持っている。
「百合、花びらに水がかからないようにね」
「わかってるよ〜、株元にたっぷり。でしょ?」
「そうそう」
駐輪場の花壇の水やりを終え、次に校庭側の日当たりのいい方の花壇に向かう。
ここの花壇には左からカスミソウ、アサガオ、向日葵、ダチュラそして最後にマリーゴールドが植えられている。
どれも夏に咲く花で学校を豊かに彩らせてくれる。
「わっ、皆元気に咲いてるね!」
「ほんとだ、みんな綺麗に咲けてるね」
「これは日頃から私たちが愛を持って育てているからだね!」
「なにそれ」
愛を持って育ててるっていうのが百合らしくて冗談ぽく言ってはいるものの本当に愛を持っているかのように思えた。
いや、きっと本当に持っているんだろう。
そうじゃなきゃあの日泣きながら怒った理由に説明がつかない。
水やりを順番にしていくと、色とりどり咲き誇る中一つの花壇の端に目がいった。
「ねえ、百合これ」
「あれ、この子…」
マリーゴールドの花壇の端に周りはもう咲いているのに未だつぼみが膨らんだ状態のままになっている一輪の花が、佇んでいた。
「遅咲きかな」
百合はそう言いながらスマホで写真を撮った。
「そうかもしれない、てか何で写真?」
「んー、こういうお花見ると応援したくなるんだよね、だから成長記録ってことで写真撮った」
「なるほど。じゃあ俺も」
そう言って俺も写真を撮った。
不本意にも百合との距離が近くなってしまった。
「ごめん、近かった」
慌てて離れると百合はポカんとした表情を見せたあと立ち上がって花の香りを大きく息を吸って嗅ぎ始めた。俺も百合の真似をして深呼吸をした。
花のほのかな甘い香りが鼻を通じて体の芯から温めてくれているような気がした。
夏で暑いはずなのにそれが心地よかった。
しばらく花たちの香りを堪能していると百合が何かを思いついたように口を開けた。
「そういえばさ、今年で高校生活最後の夏休みじゃない?」
「そうだけどそれがどうしたの?」
「毎年お花のお世話だけで夏休みが終わっちゃってるからさ、今年こそは遊びに行かない?」
「嫌だよ、俺はインドア派なんだから」
「それに誰がこの花たちの面倒を見るの?」
「お花のお世話してる人がインドア派って言えるの?それに今年は家庭科の先生に何日間かは私がお願いしたから大丈夫だよ!」
「でもなぁ〜」
俺が渋い顔をすると百合は呆れた顔をした後すぐにさっきみたいに口を開けて一つの提案をしてきた。
「じゃあじゃんけんで決めよう」
「じゃんけん?」
「うん、負けたほうが勝った方の提案に乗る」
「私が勝ったらどこかに遊びに行く、君がかったら今年も例年通り毎日お花のお世話をする」
「いい?」
「えー?」
少し悩んだけど、勝てばいいだけのことだ。
「わかった」
「よし、じゃあいくよ!?」
「さいしょはグー!」
「じゃ~ん、け〜ん」
「ぽん!!」




