映画のワンシーン
水族館に行く八月七日までの間、何度か学校に来て花たちにいつものように百合と一緒に水を上げていた。水を上げ終わると百合はいつものようにまだ咲かないマリーゴールドの蕾を写真に撮っていた。この花がいつ咲くのか、ひょっとしたらもう咲かないんじゃないかと思うたびに心にモヤが沸いてきて不安になった。
そんな俺の気持ちを察したのか百合はいつも
「大丈夫だよ、この子は絶対に咲くから」
そう言って微笑んでくれた。
八月七日、俺はまた集合時間の一時間前に来てしまっていた。
でも、数分待つと聞きなれた声が聞こえてきた。
「相変わらず聖朱君は早いね、とてもやる気が感じられるよ」
振り向くとそこにはオレンジ色のワンピースを着て腰まで伸びていたロングヘアが肩までのボブヘアになった百合いた。両手には老店主のいた服屋に行ったときのようにエディブルフラワーが乗ったソフトクリームを持っていてデジャヴを感じた。
「はい、あげる」
「あー、ありがとう」
「ふーん、それだけ?」
「え、」
百合はいつものいたずらっ子な笑みを浮かべて持っていたアイスの片方を渡してきた。
「なんか言うことないの?」
「とても似合っていて可愛いよ、それに」
「それに?」
「花みたいに華やかできれいだよ」
自分で言っていて恥ずかしくなった。いつかのあの羞恥心を思い出す。
でも百合は自分から聞いてきたくせに、にやけながら照れていた。
「将来、百合はあの店の看板娘にでもなってみてもいいのかもしれない」
「それもいいかも」
百合は少し切なそうに笑った。
不本意だったのかハッとした表情をした後百合は少し困ったような笑みを見せた。
「時間まだ早いけど、どうする?」
時間は予定よりもまだ全然早かったから聞いた。
「んー、早いに越したことはないし、さっそく行っちゃおっか」
花が咲くみたいな笑みで俺の空いている方の手を握ってくれた。
俺も百合の手を握り返して恋人つなぎをして駅のホームに向かった。
予定よりも早い時間の電車に乗ると平日なのもあってか乗客はほとんどいなくて夏休み中の俺たちと同い年くらいの人たちがちらほらいるくらいだった。
電車に乗って前に降りた駅よりも二駅進んだところで一度降りて、乗り換えをして県外に出たあと俺たちは電車から降りた。
電車から降りると駅からは海が良く見えて潮風とともに海の独特な匂いがした。
「ん~~~、以外と距離あったね」
液果あら見える海を眺めながら背伸びをして百合は言った。
「早めの電車に乗って正解だったかもね」
「そうだね~」
背伸びをしながら百合は言った。
俺も真似して背伸びをすると全身に海風が澄み渡っていく感じがして心地よかった。
そうやって二人でしばらく海を眺めたとまた手をつないで駅から出た。
なんだか夏の映画のワンシーンを撮っているような感じがして面白かった。
駅から出て十分ほど百合は鼻歌を歌って、俺はその横をいつものように歩いているとバス停についた。
「バスすぐ来そうだね」
時刻表を見ながら百合は言った。
「じゃあ座って待ってよう、暑いし」
「そうだね」
バス停の屋根付きの細長い椅子に座ると百合は家から持ってきたのかリュックから水筒を取り出して一口飲んだ後それを俺に渡してきた。
少し戸惑ったけど、自分ものどが渇いていたから
「ありがとう」
とだけ言って百合が飲んだ水筒に口をつけた。
麦茶が渇いたのどを潤して麦茶の味が夏という季節を余計に彷彿させた。
高校生にもなって、たかが間接キスだけで顔を赤くしてしまう自分が嫌になる。
「照れてる?」
「うるさい」
「また図星だね」
はにかんだ笑顔で笑う百合を見て俺も思わずはにかんだ。
少し待つと俺たちが歩いてきた方とは反対の方からバスが来て目の前に止まった。
「さ、いこ!水族館」
「うん」
手を差し伸べる百合の手を取って立ち上がり、俺と百合はそのバスに乗って海沿いの水族館に向かった。バスの中はクーラーが効いていて涼しくて心地よかった。
窓際に座った百合は窓の外から見える海を眺めていて表情は嬉しそうだったけど横顔から見える瞳は少し切なそうだった。
この光景と百合の姿が懐かしくって見覚えがあった。けど、今はこのデートを百合と一緒に満喫したいから考えないようにした。
バスに乗って海沿いを二十分くらい走ったところのバス停で俺と百合はそのバスを降りた。バスから降りるとすぐ近くに水族館までの案内マップが掲示されていた。
「こっからまだ歩くんだね」
「そうでもないよ、ほらあそこにいかにも水族館な建物があるでしょ?」
麦茶を飲みながら指さす百合の指先を追うと百合の言った通りのいかにも水族館な建物が海岸沿いにあった。
「ほんとだ、いかにもって感じだね」
「さっそくいこー!」
百合はまた鼻歌を歌って俺と恋人つなぎをして水族館を目指して歩き始めた。




