5章 御頭のICOI
「いやぁ〜っ、今日は大量やなぁ〜っ!」
素子はご機嫌で両手に袋を持って気分良く先頭を歩いていた。
「まさか、二軒目の薬局でも買うとは…。」
「素子はこのままだとスーパーでも買う勢いさ。長年の付き合いだからわかる。」
本屋を出た後、華凛たちは玩具屋や古本屋、ニ軒目の薬局と商店街を渡り歩いた。
華凛は古本屋で推理物のレアな初版本を見つけたので計二冊買って鞄に入れている。現在の時刻はちょうど十二時だった。
「ねぇ、そろそろお昼にする?ちょうど近くに喫茶店あるし…。」
それを聞いた素子は急に動きを止め、壊れた玩具のようにぎこちなく華凛と颯の方を向いた。
「…華凛ちゃん、しもたぁ〜っ…。もう金あらへん…。」
「えぇーっ…。どれだけ薬品買ったの…。」
「スーパーまで届かずのパターンか…。」
素子は涙目になって華凛と颯を見る。
「素子は救急箱の話になるとヒートアップしてしまうところがあるからな…。ふふん♪だが、しかし!このタイミングだけが日頃、素子に迷惑をかけている私が恩を返せる瞬間でもあるのだ!」
「そこだけなんだ、返せる場所…。」
颯はその場で財布をかっこよく素子に見せつけた。ピンク色の財布でパンダの顔がついた意外と可愛い系の財布だった。
「おおきに、颯ちゃん…!ごめんなぁっ、奢ってもらってぇっ…!」
素子は涙を流しながら両手を絡めて颯に対して拝んだ。
「ふふふっ、あんまり高いのは買うなよ?」
「あのさ、私も払うよ。」
華凛はそう言いながら自分の財布を確認した。
「うん?華凛もか?」
「だって、颯ちゃん、まだ何も買ってないでしょ?もうこの先は本屋さんないから、私の買い物は済んだしさ。じゃないと颯ちゃんが欲しいのが見つかった時、困るもんね。」
素子に続いて颯も涙目になり、華凛に抱きついた。
「おぉ〜っ、心の友よぉ〜っ…!今の言葉、我が心にしかと染み入ったぞ…!かたじけない、かたじけない!」
「うちも、うちも!ありがとな、華凛ちゃん!」
素子も続いて華凛に抱きついた。
「ち、ちょっと二人共!くすぐったいし、大袈裟だしぃ〜っ…!」
「いいねぇっ、麗しき少女たちの友情…!これが青春かぁっ…!」
「あぁっ、ゴーストまで!?何かこの場にいる人、みんな感動してんだけどっ!?」
華凛はしばらくするとやっと二人のハグから解放されて喫茶店内に入れた。入った店は店内に色んな植物が多く飾られているお洒落な喫茶店『御頭のICOI』。
三人で座れる席に座り、紙のメニュー表を眺める。
「…とは言ったものの、二人に払わせるのはやっぱり申し訳あらへん…!どれや、どれが一番安いんやぁ〜っ…!」
「え、遠慮せずに食べたい物を食べなよ、素子ちゃん…。」
それから少し経ち、ポニーテールの看板娘らしき人がメニューを聞きに来た。
「私、たらこスパゲッティで。」
「私は北海道産クリームをふんだんに使った御頭プリンを乗せたトロピカルフルーツパフェ・ハチミツ入りで。」
「何かすんごいの頼んでない!?」
華凛は目を点にして颯に突っ込みを入れた後、急いで颯が頼んだメニューを探してページをめくりまくる。
「安心しろ、名前はすんごいが値段はお手頃価格だ。意外と穴場だな、この喫茶店は。」
華凛はメニューを見せて頼んだ物を指差してくれた。
「ホントだ、安い…。」
「当店おすすめのメニューです♪」
看板娘さんは笑顔で勧めてくれた。
「なら、うちは卵入りワカメうどんや!これでピタリやん!お釣りはあらへんよ!」
何故かテンションが高い素子もメニューが決まり、看板娘さんは華凛たちの席から離れた。
「出来上がるまでしばらく掛かるって。」
「じゃあ、待ち時間はボクらで楽しくガールズトークと行こうよ、華凛。」
「うん、そだね。えーっと…。」
華凛は右手の人差し指を頬に当てて話題を考える。
「ほなら、うちらミステリー研究会がもしかしたら今後行くかもしれへん場所を挙げてみへん?」
「確かに、私たちはそういう集いだったはずなのに今の所楽しくショッピングしてるだけだね…。まぁ、仲深まってるからいいけど…。」
「おう、もう華凛とはマブ達だぜぇぃっ!ほれ、ハイタッチ!」
「ハ、ハイタッチ!」
華凛は釣られてつい前に座っている颯と両手をタッチした。
「うちも、うちも!」
「ボクも、ボクも!」
「いや、ゴーストは霊体っぽいから無理でしょ。」
「デバイス!デバイスをタッチでいいから!」
華凛は素子と両手でハイタッチした後、ゴーストの言う事を聞いてデバイスを手に取り、素子と颯に指先を画面に当ててもらった。
「うん、満足!」
「って言うか、これ何の時間?」
「そやった、そやった…!話が脱線してもうたな。」
素子は咳払いをし、救急箱から眼鏡と伸ばし棒を取り出した。素子は得意気にエリートっぽく眼鏡を弄る。
「いや、眼鏡は…まぁ、入ってても…う〜んだけど、伸ばし棒が何で救急箱の中に?」
「ちなみに伊達メガネです。」
「じゃあ、眼鏡も変だね!」
華凛は素子のとなりにいる颯に目を向けて息を荒くした。
「ねぇ、颯ちゃん…。素子ちゃんってツッコミって言ってたよね…?今のところ、私が三人を相手にツッコんでるんだけど…。」
「ふむ、華凛たちが加入した事で役割が変化し、素子がボケられるようになったのかもしれん。」
「えぇっ…。私たちの加入がそんな化学反応を…?」
「ご、ごめんな、華凛ちゃん…。ほなら、うちがこの街の見どころを真面目に教えたるさかい!楽しみにしてーな!」
素子は改めて咳払いをし、本題に入ろうとした。
「まず、この御頭街には古代遺跡が割とたくさんあるんや。ただ、一般人は入れる場所が限られとるし、うちらが探索するってのは難しいかもしれへんなぁ。」
「そもそもこの街の古代遺跡って何か見つかった事あったっけか?」
「それが特にないんや…。うちらが暮らしてる街やのにわかんない事だらけの謎の遺跡なんや…。」
「うーん、題材的には面白そうだけど…。一般人が入れる場所が制限されてるなら私たちで調べるのは難しいかも…。」
華凛たちは古代遺跡の調査は諦めて次の場所を考える事にした。
「まだネタはあるで。次は『十糸姫の伝説』や。」
十糸姫の伝説とは華凛たちが肝試し大会に参加した十糸の森に纏わる伝説の事だ。
「確か、戦に負けた十人の武者がある日、十糸姫と出会って、仲良くなった証に十本の特別な糸を渡されて、それを武器につけたらあっという間に城を奪い返せちゃった…って話だよね?」
「その通りや、華凛ちゃん!ええまとめ方や!」
素子は笑みを浮かべて拍手してきた。
「十糸の森か…。まぁ、ありかもしれないね。古代遺跡と違って制限はないし…。」
「でも、あそこ神社くらいしかなかったと思うぞ。後は老舗の駄菓子屋があるくらいで。」
「駄菓子屋目当てで行くのもありかもしれへんなぁ。」
「それでいいのか、ミステリー研究会…。」
華凛は目を糸目にして首をがくっと下げた。
「後はこの辺で有名なのは水縹星海岸の『人魚騎士伝説』くらいやなぁ。」
水縹星海岸とは御頭街から南の方角にある海岸の事だった。そこの海岸近くにも商店街が存在する。
「うーん、人魚騎士伝説は私詳しくないなぁっ…。」
「簡単に言うとな、海底都市に現れたクラーケンを退治してくれた人魚の騎士さんの話や。水縹星って街の名前も、人魚騎士が空から青い流星として降ってきて人型に変わったところから因んであるんや。クラーケンを倒した後もその海底都市で暮らしてた、っちゅう話やな。」
「素子ちゃんもまとめるの上手だね!」
華凛もさっきのお返しに素子に対して拍手を送った。素子は伊達メガネをクイクイ動かした。
「その人魚さんのその後の話とかはわからないの?」
「うん、その人魚の末裔さんがいるって噂は聞いた事あるんやけど、あんまり人前に姿を現さない人らしいんや…。」
「なるほど、ミステリアスな人なんだね…。その人と会えたりしたら面白そうだね。」
「例え、我らがどんな謎に立ち向かおうと我が一刃にて斬り伏せるのみよ。」
「何で敵が出てくる前提…?」
「颯ちゃんはバトルジャンキーやから…。」
「お待たせしましたぁ〜っ!」
さっきの看板娘さんが料理を運んできた。何と三人分の食べ物を全部一人で持って来た。思わず華凛たちは拍手を送ると看板娘さんは机に料理を全部置いた後、ピースサインで返してくれた。
「ごゆっくり〜!」
「ほな、話はここまでにして食べよっか。」
「伸ばし棒、結局使わなかったね、素子ちゃん…。」
「こういうのは備えあれば憂いなしの一つの形なんや、気にせんといてな?」
素子はそう言いながら伊達メガネと伸ばし棒を救急箱の中に片付けた。三人共、食べる前に手拭きで手を拭いた。
「颯ちゃん、大丈夫…?何かすごい量のパフェだけど…。」
颯が頼んだ北海道産クリームをふんだんに使った御頭プリンを乗せたトロピカルフルーツパフェ・ハチミツ入りはその名の通り、豪華なパフェだった。
「ふふん♪ハヤテの勇者颯にとって、これくらいのパフェの山岳、対した事はない。普通にたいらげてみせるわ!」
「颯ちゃん、大の甘党やもんね。」
「素子は逆に苦いのが好きなんだ。」
「こぶ茶とか好きなんや。華凛ちゃんも飲む?水筒に入っとるけど。」
「こ、こぶ茶…。い、いい、遠慮しとく…。」
華凛は素子が持った水筒から目を逸らし、横を見た。
「「「いただきます!」」」
三人は礼儀正しく両手を合わせて共に食事の挨拶を口にし、食べ始めた。
「ふむ、なかなかに美味いパフェだ!ほれ、華凛も一口!」
颯はスプーンに少しクリームを乗せて華凛に差し出して来た。
「えっ?い、いいよ、別に。」
「まぁ、そんな遠慮なさるな!元々、食費がない素子も食べられるようにと頼んだのだ!華凛にも食べさせたかったし!ふふん、颯はハヤテのような気遣いもできる女子なのだよ!」
「颯ちゃん、うちのために…。」
素子は小皿にうどんを移動させながら涙目になった。
「良いぞ!惚れ直すが良い、素子よ!ほら、華凛!あーんだ、あーん!味を共に共有するのも友だからこそ、できる事ぞ?」
「じ、じゃあ…あーん…。」
華凛は右のもみあげ付近の髪に手を入れて持ち上げながら、少し恥じらって食べた。
「…!? 美味しい…!何て柔らかいクリームなの…!?これが、北海道ですか…!?」
「そう、北海道ですだ!」
「颯ちゃん、うちもうちも!」
「ふふん♪モテモテの颯も悪くなし!」
颯はスプーンで新たにクリームを乗せて素子の口に運んだ。
「ホンマやぁ〜っ…!ほっぺた落ちそうやぁ〜っ…!」
「じゃあさ、華凛ちゃん、お礼!」
「うちも!」
華凛はフォークでスパゲティを巻き、素子は小皿に入れたうどんを箸で掴んで颯の口の前に差し出した。
「い、一挙に二つは捌き切れぇ〜ん…!」
「「「…ぷっ、あっはっはっはっはっはっ…!」」」
華凛たちは思わず、この楽しい状況に笑ってしまった。
「良いねぇっ、青春してるねぇ〜っ!ちくしょー!ボクは何で霊体な上にデュラハンなんだぁーっ!?今日程悔しい思いをした事はないぞぉーっ!ボクも混ざりたいよぉ〜っ、華りぃ〜ん…!」
「お、落ち着いて、ゴースト。ね?」
デバイスの画面の中で悔しがるゴーストを華凛は宥めた。
華凛は何故か古代遺跡や十糸姫の伝説、人魚騎士伝説の話になった途端、今までのテンションの高さが嘘みたいに黙っていたゴーストを気にしていた。
少し気になるが、今はゴーストが元のテンションに戻った事を喜ぶ事にした。
「ふぅ〜っ、大変美味であったな!」
食事を終え、華凛たちは少し休んだ後、喫茶店から外に出た。
「気になるメニューはまだあったしさ、また来ようよ!」
「ふふっ、そやったら、今後はうちらミステリー研究会のミーティング場所にするのもええかもしれんなぁ。よし、この調子で後半戦、行ってみよか!」
素子が先頭を歩き、華凛と颯は素子の後ろを歩いた。
「うむ、困ったのぅっ…。」
華凛は声がした方を振り向いた。お爺さんがスマホを見ながら困りながら歩いていた。
華凛はこの状況、ホームズや探偵団などの人物なら放っておかないはずだ、という正義感が働いてお爺さんに話しかけた。
「何かお困りですか、お爺さん?」
「うん?おぉっ、すまないな、親切なお嬢ちゃん。何、この辺で落とし物をしてしまっての…。」
お爺さんはそう言って左右に首を何度も振る。
「華凛ちゃん、どうしたん?」
「今日は老人と縁がある日だな。」
素子と颯も華凛を気にして近づいて来た。
「このお爺さんが落とし物をして困ってるって…。」
「日頃、自分の島に引きこもって研究しとるもんじゃからな…。ドライブでこの辺りを通っとるから大丈夫じゃと高を括ったら痛い目に遭ったわい…。特にこの商店街付近は初めて来たからさっぱりじゃ…。」
「何を落としたんですか?」
「書類なんじゃよ。大事な書類での。実に困った。卒間君に怒られるどころではないわい…。」
お爺さんはかなり困っているようで沈んだ顔を見せた。その寂しそうな顔が華凛のハートに火をつける。
「あの、私たち、探すの手伝います!」
「か、華凛ちゃん?」
「お、お嬢ちゃんが…?」
それを聞いた途端、お爺さんは驚き顔に変わったが、悲しむ顔よりはマシだと華凛は思った。
「私たち、御頭ミステリー研究会って言うんです!お爺さんの落とし物っていうミステリー、私たちが受け持ちます!」
華凛は自分の胸に手を当てて真剣な目でお爺さんを見た。
「…うむ、お嬢ちゃん、良い目をしておるの…。なるほど、少女探偵団みたいな感じか…。子供たちの視点わ発想力、感覚というのも侮れんし、大事かもしれんな…。よし、わかった!なら、依頼してみようかの!」
華凛はお爺さんの言葉を聞いて笑みを浮かべ、素子と颯の方を向いた。
「ごめん、素子ちゃん、颯ちゃん…。勝手に決めちゃったけど…。」
「いや、華凛!よく言った!たった一人のお爺さんの悩みも解決できずに何がミステリー研究会か!」
颯は両手を腰に当てて張り切った。
「その通りや!人助けも立派なミステリーの一つ!うちらは喜んで協力するで?」
素子は右目でウインクし、右手の人差し指を立てた。
「二人共…!よし、御頭ミステリー研究会、初めての依頼!必ず成し遂げてみせよぉーっ!」
「「おぉーっ!」」
華凛たちは三人で円陣を組み、右拳を上に上げた。
「さて、依頼人のお爺さん…えっと、私は華凛!」
「私は勇者、颯!」
「うち、素子。」
「お爺さん、名前は?」
「式地悟じゃ。よろしくの、三人の若き探偵の卵たち。」
こうして、御頭ミステリー研究会のファーストミッションが幕を開けた。




