4章 三人の趣味
「も、素子ちゃ〜ん…!」
「あ、おはようさん、華凛ちゃん。どうしたん?そんなに慌てて?」
素子は颯の言う通り、待ち合わせ場所の商店街入り口で確かに立っていた。華凛は颯と共に息を切らしながら横並びになって素子の前に立つ。
「は、颯ちゃんから聞いたの…!素子ちゃん、二時間前行動を常に心掛けてるって…!」
「う〜ん、今日は違うんや。ごめんな、昨日トークアプリに書いとくべきやったわぁ〜。」
素子は笑みを浮かべて右手を頬に当てて楽しそうに話す。
「な、何だ…。もぉ〜っ、颯ちゃん!今日は違うって…。」
「うん、今日は二時間半前行動なんや。」
「二時は…!?」
待ち合わせの時間は九時。つまり、素子は六時半からここで待っている事になる。
「おぉっ、今日はそのパターンか。相変わらず朝早いな、素子は。」
「時間も備えあれば憂いなしやからね。」
「備え過ぎでしょ!?六時半ってお店まだ開いてないんじゃない?」
華凛は商店街入り口付近の店を首がいかれそうなぐらい振って確認した。
「それが六時半から待っとったら、そこの喫茶店の店主さんが特別に中に入れてくれてな。店主さんがサービスしてくれて嬉しかったわぁ〜っ…!」
「ははっ、サービスなのかな、それって…?」
何か訳ありの少女と見られたのでは?と華凛は思ったが、気を損ねるかもしれないので触れない事にした。
「よ、よし!じゃあ、もう女子だけの商店街巡りを始めちゃいましょーっ!」
華凛は無理矢理気を取り直す事にして最初に商店街への一歩踏み出した。
「そう言えばさ、素子ちゃんはどこ出身の人なの?関西弁?喋ってるよね?」
「うぅ〜っ、それはぁ〜っ…!」
素子はその場でしゃがみ込んで両手で頭を抱えた。
「すごいな、華凛…。まさか会話一発目で素子のコンプレックスを撃ち抜くとは…。大したものだ…。」
「そうなのかい?やはり、華凛の着眼点はすごいな…。」
「えっ!?何事っ!?ごめん!私、何かまずい事言ってしまったの!?」
華凛は落ち込んだ表情をし、人差し指で地面にのの字を書いている素子を必死で励まそうとする。
「素子は父が関西弁、母が京都弁のHYBRIDでな…。幼い頃から区別がつかないまま言葉を学んでしまった悲しきサガを持つ女子なのよ…。」
「そ、そんな複雑な経緯が…。ご、ごめん、素子ちゃん…。私…。」
素子はその場からすぐに立ち上がった。
「…さて!こうしている間にも時間が惜しい!タイム・イズ・マネーや!行くで、二人共!」
そう言うと素子は力強く前に進んで歩いた。
「さすが素子だ…。今までにもう何度言葉遣いを突っ込まれた事か…。あの若さで踏んできた場数が違う。既に精神をコントロールする術を会得している…。」
「なるほど、過酷な環境の中で生きてきたんだね…。」
「…ねぇ、素子ちゃんってツッコミって言ってたよね…?私、早くもボケの波に負けそうなんだけど…。」
華凛は今後の自分の立ち位置に不安に感じながらも今は初めて他校の友達と仲良くなった貴重な経験を楽しもうと気持ちを切り替えた。華凛たちはまず服屋に寄った。
「おっ、いいなぁっ…。こんな短パン、私も履いてみたいものだ…。」
颯は外の売り場に配置してあるまだ履けそうにない大人用の短パンを手に取った。
「我が母上は私にスカートしか買ってくれん…。まぁ、これはこれで剣を振るのに動きやすくはあるのだがな。」
颯はスカートの端を両手で持ってひらひらさせた。
「は、は、颯ちゃん!?駄目だよ、見えちゃうよ…!?」
華凛は慌てて颯の両手を掴んでひらつかせるのをやめさせた。
「まぁ、このひらひらもわざと男を魅了して虚をつく立派な戦法の一つだ。一概には悪く言えんか。」
「どこで覚えたの、そんな戦法…。」
華凛は額から流れる汗を左腕で拭った。
「うち、この青いワンピース気に入ったから買って来るわ。ちと待ったってな。」
「うん、いいよ。行って来なよ。」
そう言うと素子は両手でワンピースを持って店内へと走って行った。
「あ、今の何か普通の友達の絡みっぽい…。」
華凛はやっとまともな友達の接し方ができて恍惚な表情になった。
「ふむ、なら私はその間に…。」
「ど、どこ行くの、颯ちゃん?」
颯は近くのお土産屋まで小走りした。うとうとしたお婆さんが奥で座っていて、床には紙ゴミなどが散乱している散らかった店だった。華凛も颯の隣まで走り、立ち止まる。颯は木刀を見ていた。
「これは修学旅行とかでよく売ってる木刀じゃないか。」
「知ってるんだ、ゴースト…。」
「うむ、新品がひぃ、ふぅ、みぃ…どれ…。」
颯は木刀の一つを手に取り、両手で握る。
「うーむ…。これは握りがしっくり来ないな…。我が愛剣足り得ぬか…。」
「これは普通の友達の絡みじゃないっぽい…。」
「修学旅行の生徒…でも握りを確かめる生徒はなかなかいないか…。」
「また木刀探してるん、颯ちゃん?」
両手で紙袋を持った素子が戻って来た。
「そう言えば、昨日も愛剣がどうとか言ってたような…。」
「私は常に愛剣を求めて彷徨う流浪の身…。日夜、愛剣を求めてお土産屋巡りさ…。」
「…颯ちゃんな、最近時代劇にハマってるんや…。」
素子は小声で華凛の耳元で話し掛ける。
「…それで前は勇者のゲームにハマってたんやけど、何だか好きなもの二つのノリが混ざっちゃってるみたいなんや…。」
「あははっ、そうなんだ…。影響受けやすい子なんだね…。まぁ、気持ちわかるけど…。」
素子と颯、二人に振り回される華凛だったが、同時に二人の事を段々と詳しくなれて、距離を縮められ、得している気分にもなれていたので何だかんだ嬉しく思っていた。
「来たで!来た、来た!うちの商店街の楽しみや!」
「えっ?この辺にそんなテンションが上がるような場所あったっけ…?」
素子は小走りでお目当ての店に立ち止まった。
「や、薬局…?」
素子が目をキラキラさせながら見ていたのは小さな薬局だった。
「華凛ちゃん、ここはただの薬局やないんや!柳谷薬局って言ってな、めっちゃ品揃えのええお店で創業五十年の歴史を持つ御頭街三大薬局の一つなんや!」
「あ、あの素子ちゃん?」
「それだけやない!この店は薬の使用期限も長い商品が数多くあって、しかも安い!値段もお手頃!中でも人気が高いのは頭痛薬と胃腸薬!おっと、薬だけやないで?包帯や塗り薬も種類が豊富でバラエティ豊か!」
「素子ちゃぁ〜ん…?」
華凛は素子の顔の前で手を振るが見えていないようで五分間くらい柳谷薬局の素晴らしさを語り続けた。
「ほな、早速入店やぁ〜っ!」
解説を終えた素子は右拳を上に上げて張り切って入店した。
「あの…。」
華凛は入店した素子を指差して颯に説明を求める。
「すまないな、華凛…。素子は元々世話焼きで、備えあれば憂いなしがモットーな奴でな。My救急箱の中身を充実・更新する事には目がないんだ。」
「そ、そうなんだ…。」
確かに初めて会った時、素子はリュックから大きめの救急箱を取り出していた、と華凛は思い出す。
「でも、すごい熱意だよ。救急箱への愛がよく伝わって来た。あそこまで熱く語れるのは大したもんさ。」
「まぁ、そだね。」
「私が愛刀を振り回して修行している際に怪我をよくしてな…。それで素子はその度に涙目になった。そして、ああなったのだ。」
颯は次々と薬を手に取って使用期限を隈なくチェックしていた。
「えぇーっ…。じゃあ、素子ちゃんの薬局好きは颯ちゃんのせいなの?」
「ふっ、頼りになるヒーラーさ…。もう私は素子なしの人生など考えられんな…。」
颯は腕を組んで得意げにしていた。何だか奇妙な友情を聞かされたが、二人の仲を知る事ができたからいいか、と華凛は内心思った。
「ごめんな、華凛ちゃん。つい熱くなってしもうた…。うち、薬局に目がないねん…。」
両手に袋を持った颯が薬局から出て来た。商店街に入って一時間。現時点で素子が一番買い物をしている。
「い、いいよ、気にしないで…!良かったね、良い薬がたくさん見つかって…。」
「これで颯ちゃんが無茶して怪我をしても大丈夫や!華凛ちゃんが怪我してもすぐに対応したるからな!」
素子は華凛に満面の笑みを向けてきた。もう完全に颯の保護者以上の存在になっている事が華凛には感じ取れた。
「さて、私は木刀。素子は救急箱。次は華凛の趣味紹介だな。」
「えっ?いつの間にそんな流れに?」
「ええやない。華凛ちゃんの趣味、教えて。な?」
「ボクも知りたいな。」
「うーん…。私、数で攻められてる…。私は…。」
華凛は少し歩いた後、店の前に立ち止まった。
「ここかな。」
「本屋さん?」
「ふむ、華凛は読書派か。」
「古本屋さんもいいんだけど、まずは近場の本屋さんからね。」
華凛はそう言うとみんなで本屋に入店し、推理小説コーナーまで歩いた。
「私、推理小説が好きなんだ。今、特に気に入ってるのはやっぱり探偵物の王道、シャーロック・ホームズかな。あ、この著者の新刊出てたんだ…。」
華凛は新刊コーナーに並べられている一冊を手に取った。
「華凛ちゃんって、シャーロキアンなん?」
「いや、シャーロキアンって程じゃないよ。今はたくさんある推理小説の中でホームズにハマってるってだけ。いつかは私も、こんな物語書いてみたいな…なんて。」
「ええやん!華凛ちゃんの書いた推理小説、読んでみたい!」
「うむ、興味あるな。」
「ボクも、ボクも。」
またも数に攻められるが、悪い気はしないので華凛は話を続ける。
「実は探偵にも憧れてるところがあってさ。いきなり、ホームズみたいになりたい、って言っても経験不足だし…。でもさ、ベイカー街遊撃隊なら目指せるかも、って思って。」
「ベイカー街遊撃隊?」
颯が疑問符を浮かべて首を横に倒す。
「簡単に言うとね、ストリートチルドレンのホームズの協力者たちの事。児童小説とかだと、ホームズ少年探偵団になってたりもするんだ。」
「あ、ほなら、御頭ミステリー研究会を作ろ言うとったんて…。」
「あははっ、実はそう。ベイカー街遊撃隊に憧れていたのもありまして…!」
華凛は何だか恥ずかしくなって来たので後頭部を左手で掻いた。
「何か、私の思いつきに勝手に巻き込んじゃってごめんね…!」
「いや、実に良い影響の受け方だ。私ぁっ、親近感が湧くぞ!」
「ええやん、面白そうやん。華凛ちゃんの事を知る事ができたのと同時に研究会のやる気もパワーアップやわぁっ!」
「華凛は洞察力が鋭いな、と思ったところがあったけど、ボクは合点がいったよ。実に興味深いね、華凛は。」
常に褒めてくるゴーストに加わって素子や颯まで褒めてきたので華凛は何だか体温が上がってきた気がした。
「ほなら、うちはワトソンやなぁ。医者やし。」
「私は…何だ?」
「うーむ…。ハドソン夫人とか?う〜ん…。」
「まぁ、無理に当てはめる必要ないじゃない。華凛たちオリジナルの研究会でいいんだよ。」
「うん、そだね。よぉ〜し、何だかますますやる気が湧いてきたぞぉ〜っ! …と、私、この新刊買って来る。ちょっと待ってて。 …あたっ!?」
華凛は前を見ずに走っていたら人にぶつかってしまい、本を床に落として尻餅をついた。ぶつかってしまった人も分厚い封筒を落とす。
「あたたっ…!あっ、ごめんなさい…!私、つい興奮しちゃって…!」
「何、気にする事はない…。私も本選びに夢中になっていたからな…。立てるかい、将来有望そうなお嬢さん?」
「う、うん…。」
老人がしゃがんで右手を差し伸べてくれた。華凛は掴んで立ち上がった。
「あ、ありがとう…。」
華凛は改めて老人の姿を見た。片眼鏡をつけた銀髪の老紳士だった。髭は生えておらず、老人とは思えない程のがっちりとした体格で灰色を基調とした紳士服を着ている。
「…?」
華凛は先程握った右手に何か違和感を感じていた。
「華凛ちゃん、大丈夫?怪我とかしてへんか?」
「だ、大丈夫だよ。ごめんね、二人共。」
「やれやれ、ちょっと驚いたぞ。」
「お嬢さん。これ、君が落とした本だろう?」
老紳士はいつの間にか華凛が買おうとしていた本を拾ってくれていた。老紳士が落とした分厚い封筒ももう自身で回収していた。
「ま、またまたありがとう。そう、私が買おうとしてたの。」
「シャーロック・ホームズか…。その若さで良い趣味を持っているな。」
「お爺さんもホームズ好きなの?」
「私は…さて、どうだろうね…?」」
老紳士は立ち上がり、後ろを向いた。
「仲が良いのは結構だが、ここは本屋さんだ…。店内は静かにするものだよ。四人の仲良しお嬢さんたち。」
「はい、ごめんなさい。気をつけます…。」
華凛たちは申し訳なく、頭を下げた。
「素直な良い子たちだ…。もしかしたら、君たちとは縁があるかもしれないね…。」
そう言うと老紳士は黒い革靴を履いているのにも関わらず、足音を立てずに去っていった。
「…何だか、親切なお爺さんやねぇ。」
「うむ、あれが紳士道を極めた老人という感じだな!」
「うん…。」
華凛は自分の右手をじっと見つめていた。
「…? どうしたん、華凛ちゃん?」
「…華凛、あのお爺さん、只者じゃないよ…。ボクが仲良しお嬢さんの数に入ってた…。」
「あ、ホンマや。確かに四人言うとったわぁ。まさか、うちたちの会話聞いとったんかなぁっ…?まぁ、つい大きな声で話しとったけど…。」
「単なる言い間違いじゃないのか?」
華凛の右手には未だに老紳士の冷たい手の感触が残っていて、なかなか手に残る違和感が拭えなかった。
「あのお爺さんの手、すごく…冷たかった…。」
「あんな洋風な感じの老人、ホームズにおらんかったっけ?確か名前は…。」
「…ジェームズ・モリアーティ…? って、親切なお爺さんに対して失礼だよ、素子ちゃん!あははっ!」
「そ、そやね。堪忍なぁっ、華凛ちゃん!」
華凛たちはそう言いながらも老紳士が去って行った方角が気になり、見るのであった。




