3章 過剰なのかな?な事前行動
「これで…よし、っと…。」
朝八時。華凛は鏡の前で自分の少し茶髪掛かった黒髪に寝癖がないかチェックをしていた。
今日は颯と素子と会う約束をした日。九時に御頭商店街で待ち合わせする約束をトークアプリで交わした。
起床して朝ご飯を食べた後、現在に至る。
「そう言えば私、他校の子と友達になったの初めてだな…。何か緊張しちゃうな…。」
「華凛はまだ小学三年生でしょ?緊張とかはまだ無縁なんじゃないのかい?」
簡易テーブルに置いてあるデバイスからゴーストが話し掛けてきた。
「ううん、クラスで出た合唱コンクールの時にもう緊張は経験したよ?観客席のたくさんの視線が急に気になっちゃったんだよねぇ〜っ…。」
華凛は赤いスカートの両端を持ってひらひらし、服に変な所がないか確認した。
「そうなのかい?でも、それは大人たちの視線によるものだろう?子供同士だったら緊張しないよ、多分。」
「だといいけど…。まだ髪にブラシ通しとこ…。」
「髪飾りとかもつけたら?キミにはまだメイクは早いけど、小学生なりの精一杯のお洒落への探究、少しでも大人っぽくなりたい…!それも青春の醍醐味さ!」
「はいはい、ゴーストさんは青春がお好きなようで…。」
二日目にしてもうゴーストとの漫才には安定感のようなものを華凛は感じていた。何だかんだ相性は良いのかもしれない。
「華凛、さっきから誰と話してるの?」
依唯子が急に廊下から姿を見せたため、華凛は思わずドキッとした。
「ス、スマホで友達とボイスチャット!あははっ…!」
華凛は右手で咄嗟にポケットからスマホを取り出し、左手でスマホを指差した。
「待ち合わせしたんなら、そこで話せばいいでしょ?時間大丈夫なの?確か、九時が待ち合わせよね?」
華凛はちょうど手に持ったスマホで時刻を確認すると八時十五分だった。
「大丈夫、ここから商店街まで徒歩二十分くらいだし…。まぁ、でもお母さんがそこまで心配するんならもう行こうかなぁっ…?」
昨日の夜に捨て犬や猫と違ってゴーストは大丈夫だろう…とは言ったものの、ゴーストのデバイスはまだ見られない方がいいと華凛は思った。華凛のお小遣いはまだ少なく、お年玉などはすぐ使ってしまうタイプ。小型ゲーム機を買ったと誤魔化すのは無理があると思ったからだ。
華凛はさりげなくデバイスを鞄に入れて小走りで玄関へと向かって靴を履く。
「それじゃあ、お母さん。行って来まぁ〜す!」
「いってらっしゃい。気をつけるのよ、華凛。」
華凛は衣唯子に手を振った後、階段を駆け降りてマンションから外に出て鞄からデバイスを取り出した。
「ながらスマホは感心しないな、華凛さん。」
「ながらデバイスでしょ、ゴーストの場合は。じゃあ、仕舞おう…。」
「あぁっ、ごめんって!でも、ながらスマホは気をつけて!」
「大丈夫。こんな事もあろうかと、用意していた取り付けホルダー!」
華凛は鞄にホルダーをつけてデバイスを取り付けた。サイズはびったりだった。
「さて…う〜ん、やっぱりドキドキするよ、ゴースト…。心臓が普段より高鳴ってるよぉ〜っ…!」
「一体何が不安なのさ?ゴーストお姉さんに聞いてごらん?相談相手になってしんぜようではないか。」
「唐突な姉ヅラ。ま、いいけど…。」
華凛はそう言っていると歩道橋に近づいて来た。気をつけて上がる。
「だって、トークアプリで聞いたんだけどさ。あの二人、幼稚園の頃からの付き合いなんだよ?そんな中で私が入り込めると思う?」
「思う。」
「まさかの即答。その自信は?」
「まだ子供でしょ、キミたちは。大丈夫。キミたちの年代だったら無限なる友情だって不可能じゃないよ。がんばれ、華凛!負けるな、華凛!目指せ、友達十人!」
「無限って言った割には提示する友達の人数ハードル低いのね!」
そんな漫才めいたやり取りをしていたら歩道橋を渡り終えていた。後はもう商店街は目と鼻の先だ。
「あくまで最初の十人だよ。何、小さな事からコツコツと、だよ。」
「そっか、それがSolve the caseのための道だと言うのなら…わかった、何とかやってみるよ!」
「うむ、良い心掛けだ。精進せいよ。」
「うん!ありがとう、颯ちゃん!よ〜し…って、颯ちゃあぁぁぁぁぁーん!?」
華凛はその場でずっこけた。知らぬ間に腕を組んだ颯がとなりを歩いていた。
「い、いつから一緒に…?」
「歩道橋を歩いている華凛を見つけたので降りた先に。」
颯は歩道橋近くのガードレールを指差した。華凛はその間に立ち上がる。
「何だ、今さっきじゃん…。びっくりしたぁ〜っ…!」
「その驚き様、転倒具合…。華凛、お主はツッコミタイプとお見受けした!」
「おっ、ボクもそう思っていたところさ!気が合うねぇっ!」
「イェイ!」「イェイ!」
颯はデバイスに映るゴーストに人差し指でタッチした。
「しかし、喜べ、華凛。素子もツッコミタイプ。私はもちろん、ゴーストもボケと見た。加入バランスはちょうどいい。これで私一人相手に過呼吸になる素子のツッコミ苦労も和らぐというものだ…。」
「えぇっ、そんなに過酷なの、颯へのツッコミって…?」
「あぁ、並大抵のものではないぞ。精進せぃよ。」
颯は両手を腰に当てて胸を張った。
「おっと、いけない…。颯ちゃん、早く商店街行こうよ。素子ちゃんが先に来て待ってるかもしれないし…。」
「待っているだろうな。何せ、素子は毎回、二時間前行動を心掛けているからな。」
「二時…!?そんな前からっ!?」
華凛は素子の謎の拘りに驚いて右手を大きく開けた口の前に配置した。それが事実なら素子は七時の段階でもう商店街で待っている事になる。
「あぁ、あ奴はそういう奴よ。」
「それじゃ、大分待たせちゃってるじゃぁ〜ん…!?何で教えてくれなかったの!?」
「素子にとってはそれが普通なのだ…。わざわざ待つ道を選ぶ猛者なのよ…。」
颯は目を瞑り、頭上に謎の星を煌めかせた。
「いや、颯ちゃんもだよ!何でその事を知っていながら二時間待たせてるの!?」
「奴は待つ時間さえも楽しんでいるのだよ…。逆にあ奴に合わせて行動したら…うぅっ!?恐ろしい事を思い出してしまった…!?」
颯は両手で自分を抱き締めて全身を震わせた。一体素子が颯に何をしたと言うのか。
「と、とにかくだ。あ奴は約束の時間にさえくれば別に怒らない。そういう猛者なの。」
「…素子ちゃんってツッコミなんだよね…?」
華凛はまさかツッコミは自分だけなんじゃという不安が頭をよぎったため、颯に再度確かめた。
「確かにツッコミだよ。ただし、天然込みのツッコミだ…。まぁ、あれだ。変な人の中に真面目な人を入れるとその人が一番変な人になる…という現象だな。」
「そ、そんな現象がこの世にあったなんて…。」
「ボクには身に覚えは…あーっ、どうだろ?」
華凛はまだまだこの世界には自分の知らない現象が多くある事を思い知った。
「おっと、いかん。長話し過ぎた…。あ奴はさっきも言ったが、遅刻に関してはまずいのだ…。急ぐぞ、華凛!ゴースト!」
「あっ、ちょっと!待ってよ、颯ちゃん!置いてかないでぇっ!」
華凛は我先にと走り出す颯を追いかけて素子が待つ商店街へと向かった。よく思えば、颯とは何だかんだ自然と会話できてたので少し自信がついた華凛であった。




