第八話: 互いの理想
俺と響は交差点に集まり、訓練を続けていた。
あの日の男に完膚なきまでに打ちのめされた悔しさが、俺を突き動かしていた。
最初は週に数回しか夢に来られなかった響も、今ではほぼ毎日やって来られるほどに成長していた。
今では俺と同じように、ある程度なら理想を形にできる。剣や盾だけじゃなく、風を起こしたり火花を散らしたり。夢の中の可能性を掴み始めていた。
「すごいな、響。最初は本当に何もできなかったのに」
「へへ、まあね。夢路の教え方がいいんだよ」
響は照れくさそうに笑った。
でも、本題はここからだ。
「あの日の男がどうやって俺の盾を壊したのか、それを確かめる」
「だな。……よし、準備できた?」
俺は頷き、腕を広げて例の盾を作り出す。前回と同じように厚い金属のような質感を与えた。
響が拳を握り、真剣な顔で殴りつける。
ガンッ!
盾はびくともしなかった。
「やっぱり壊れないな」
「うん。じゃあ次」
響は剣を生み出し、全力で振り下ろした。
しかし、盾には傷一つつかない。
「……おかしい」俺は呟いた。「あの日、あの男は一瞬で壊したんだ。まるで……俺の理想そのものを否定するみたいに」
「うーん……理想をぶつけても壊れないってことは、ただ力が強いだけじゃないんだろうな」響は剣を消しながら考え込む。「何か、もっと別の法則で動いてる……」
その時、背後から彩の声がした。
「正解」
俺と響は振り返った。街灯の下に、彩がいつの間にか立っていた。
「彩……いつから?」
「最初から見てた」彼女は淡々と答えた。
俺が何か言おうとした時、彩は盾に視線を向け歩いて行った。
そして、その表面に指先で軽く触れる。
――バキンッ!
何の前触れもなく、盾は一瞬で砕け散った。
「なっ……!?」
「どうして!?」俺と響は同時に声を上げた。
彩は淡々と答える。
「理想は、お互いの理想が一致しないと保たれないの」
俺と響は息を呑んだ。
「じゃあ……今、彩が“壊れる”と思ったから……」
「ええ」彩は小さく頷く。「あなたたち二人が“壊れない”と思っても、私が“壊れる”と信じた瞬間、理想は一致しなくなった。その結果、盾は崩れた」
交差点に重苦しい沈黙が落ちた。
俺たちは無意識に盾は簡単に壊れないと思っていた、それがたった一人の意志で消え去ったのだ。
――俺たちの理想なんて、思っていたより脆い。
背筋がぞくりと冷たくなった。
響が俺の袖を小さく引っ張り、耳元で囁いた。
「……彩ちゃんって、あんなに夢の中でいろんなことできるようになったの?」
俺は言葉に詰まった。驚きは俺も同じで、答えることができなかった。
でも、これで一つだけはっきりした。
――あの謎の男の力の正体だ。
理想は一致しないと成立しない。あいつはそのルールを利用して、俺の盾を一瞬で壊したんだ。
「また会ったら……聞かないといけないことが山ほどあるな」
呟いた俺に、響が真剣に頷いた。
それから俺たちは、理想を合わせる訓練を始めた。
炎の魔法を出してみたり、水を操ろうとしたり。剣や盾を創ってはぶつけ合い、銃を構えて撃ち合ってみる。
だがすぐに気づいた。
片方が理想を実現させても、もう片方がその反対を強く思えば、理想は成立しない。
つまり――
「これ……結局、殴り合いになるんじゃないの?」
俺と響は同時に頭を抱えた。
夢の中でまで、殴り合いの結末しかないのかと思うと、情けなくもあり、滑稽でもあった。