第五話: 新たな始まり
「おはよう、夢路!」
響の声が聞こえたが、上の空で返事をした。
「おはよう……」
「また寝不足?顔色悪いよ」
「ああ、まあ……」
授業が始まっても、先生の話は全く頭に入ってこない。俺はノートに「彩」という文字を書いていた。
あの少女は一体何者なんだろう。明晰夢の訓練もしたことがないのに、どうして交差点にたどり着けたんだ?
そもそも、本当に他の人だったのか?
でも、俺が想像で作り出すにしては、あまりにもリアルだった。あのクールな話し方、淡々とした反応。俺だったらもっと愛想の良い女の子を思い描くはずだ。
それに、「彩」という名前も俺が考えつくようなものじゃない。もっとありきたりな名前を選んだだろう。
「彩……」
俺は小さく呟いた。
「夢路?」
隣から響の声がした。見ると、数学の先生が俺の方を見ている。
「え、あ、はい」
「問題、解けるか?」
黒板を見ると、何やら複雑な方程式が書かれていた。全然わからない。
「す、すみません……」
先生はため息をついて、他の生徒を指名した。
響が心配そうに俺を見ている。でも、今は彩のことで頭がいっぱいで、他のことなんてどうでもよかった。
今夜また交差点に行けば、彼女に会えるだろうか。
そんなことばかり考えながら、俺は長い一日を過ごした。
しかし、その夜交差点に行っても彩は現れなかった。
翌日も、その次の日も。
数日が経っても、彩の姿を見ることはできなかった。
「やっぱり俺の想像だったのかな……」
俺はベンチに座り、街灯を見上げながら呟いた。
期待していた分、失望も大きかった。せっかく誰かと出会えたと思ったのに。
「あれ?夢路?」
突然、聞き慣れた声がした。
振り返ると、そこには響が立っていた。
「響!?」
俺は驚いて立ち上がった。響が交差点に現れるなんて、全く予想していなかった。
「なんでここに……」
「えー、なにそれ。せっかく来てあげたのに、その反応?」響はいつものように人懐っこい笑顔を浮かべた。
俺の心臓はドキドキしていた。もしこの響が現実の響の夢の姿だったら……彩も現実に存在することになる。
これは本当に響なのか?それとも俺の記憶から作り出された響なのか?
「響……」
答え次第で、すべてが決まる。
「どうやってここに来たの?」
「ああ、それなんだけど」響は照れたように頭をかいた。「実は最近、夢路が夢にハマってるでしょ?授業中もボーっとしてるし、すごく心配になっちゃって」
「え……」
「それで夢について調べてたら、SNSで『交差点管理人』っていうアカウントの投稿を見つけたの。明晰夢で交差点に来れるって書いてあって」
俺は息を呑んだ。まさか響が俺の投稿を見つけるなんて。
「交差点管理人が夢路だとは思わなかったけど、なんか夢路のこと理解できるかもって思って……それでちょっと前から明晰夢の訓練してたの」
「訓練してたの?」
「うん!夢日記つけたり、リアリティチェックしたり。ネットで調べた方法全部試してみた」響はいつものように明るく笑った。「で、運良く今日入れたってわけ!」
響の説明を聞いて、俺は複雑な気持ちになった。
嬉しかった。響が俺のことを心配してくれて、俺の興味を理解しようとしてくれたことが。
でも同時に、少し恥ずかしかった。交差点管理人が俺だとバレてしまう。
「それにしても」響は辺りを見回した。「ここが交差点なのね。思ってたより静かな場所」
「うん……俺が作ったんだ」
「え?夢路が?」響は驚いた顔をした。「じゃあ、夢路が交差点管理人ってこと?」
俺は観念して、小さくうなずいた。
「そうなんだ……」