第四話: 夢の少女
投稿ボタンを押した瞬間、心臓がドキドキした。
「これで誰か来てくれるかな?」
そんな期待を抱きながら、俺はスマホをポケットに戻した。
数日後。
授業の合間に、俺は交差点管理人のアカウントをチェックした。
投稿への反応は……
「何もなし……」
いいねもリツイートもコメントも、全くついていない。フォロワーは0人のままだった。
「まあ、当然だよな」
俺は小さくため息をついた。
「作ったばかりのアカウントで有名でもないし、そもそも見る人なんて夢に興味を持ってわざわざ検索してる人ぐらいだもんな」
現実は甘くない。いくら素晴らしいアイデアだと思っても、人に届かなければ意味がない。
せっかく見つけた自分自身の場所なのに……
交差点は俺にとって特別な場所だった。退屈な現実から逃れられる唯一の場所。そこに誰かが来てくれると思っただけで、心が躍った。でも、現実はそう簡単じゃない。
「夢路、また携帯見てるの?」
隣から響の声が聞こえた。
「あ、うん……」
「最近、携帯ばっかり見てない?大丈夫?」
響の心配そうな表情を見て、俺は慌ててスマホをしまった。
「大丈夫、大丈夫」
でも、心の中では寂しさが広がっていく。
現実でも一人、夢の中でも一人。
結局、何も変わらないのかもしれない。
その夜、俺は寂しさを紛らわすためにまた交差点に行った。
いつものベンチに座り、街灯の光を眺める。相変わらず静かで、誰もいない。
「今日も一人かー」
俺はそうつぶやいた。
すると、何か視線を感じた。
振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。
俺は驚いた。自分が思い描いた理想以外のものが、初めて目の前に現れたからだ。これまで夢の中で出会った人たちは、すべて俺の想像の産物だった。芸能人も、アニメキャラも、すべて俺の記憶から作り出されたものだ。
でも、この少女は違う。見たことのない顔で、俺が想像していない服装をしている。
同時に、心が躍った。
「投稿を見て来てくれた人がいるのか!」
俺は立ち上がって、少女に声をかけた。
「あの、君はここのこと知ってる?」
知っているなら、投稿を見てくれたことになる。俺の呼びかけに応えて来てくれたということだ。
しかし、少女は首を振った。
「知らない」
「え?」俺は驚いた。「じゃあ、どうやってここに来たの?」
「たまたま歩いてたら、ここに来た」少女は困ったような表情を浮かべた。
投稿した交差点に来る条件以外でも、迷い込んでここに来ることもあるのか。
俺はそう思った。でも、それ以上に疑問が湧いてくる。
目の前の少女は、本当に他の誰かなのか。それとも、俺が無意識に作り出しただけの存在なのか。
何もわからなかった。
でも、一つだけ確かなことがあった。
久しぶりに、一人じゃないということ。
「あの……」俺は恐る恐る口を開いた。「もしよかったら、少し話さない?」
少女は少し迷ったような表情を見せたが、やがて小さくうなずいた。
俺たちはベンチに座った。適度な距離を保ちながら。
「えっと、君はいくつ?」
「中学三年生。十五歳」
俺より一つ下か。思ったより幼い印象を受けたのはそのせいかもしれない。
「明晰夢って知ってる?」
「明晰夢?」少女は首をかしげた。「知らない。」
「夢の中で夢だって自覚できる夢のことなんだ。自分で夢をコントロールできるようになる」
「ふーん……」少女は淡々と答えた。
「で、ここはその明晰夢の中ってこと?」
「そうだよ。俺が作った場所なんだ」
「作った……」少女は無表情のまま呟いた。
「でも私、普通に寝てただけ」
「じゃあ、どうやってここに?」
「よくわからない。気づいたら歩いてて、そしたらここに着いた」
少女の言葉に、俺は混乱した。明晰夢を見るには、それなりの訓練や知識が必要だと思っていた。でも、この少女は何の準備もなしにここに来ている。
いったい、どういうことなんだろう。
俺は思い出したかのように自己紹介を始めた。
「そうだ、俺まだ自己紹介してなかった。俺、夢路。高校一年生」
「夢路……」少女は俺の名前を復唱した。
「うん。で、どうしてここを作ったかっていうと……」
俺は交差点を作った経緯を話した。退屈な日々、明晰夢との出会い、一人では味気ない夢の世界、そして誰かと出会いたいという願い。
少女は黙って聞いていた。時々小さくうなずくだけで、特に感想を言うわけでもない。
「……っていうわけで、ここを『交差点』って名前にしたんだ」
俺が話し終えると、少女は少し間を置いてから口を開いた。
「そう」
それだけだった。
「あ、えっと……君の名前は?」
俺は恐る恐る聞いた。
「彩です」
彼女がそう答えた瞬間、その姿がぼやけ始めた。
「あ、待って!」
俺が手を伸ばした時には、もう彩の姿は消えていった。
気がつくと、俺は自分のベッドで目を覚ましていた。もう朝だ。
「彩……」
彼女の名前を呟きながら、俺は体を起こした。
あれは本当に他の誰かだったのだろうか。それとも俺の想像?でも、あのクールな態度は俺が思い描くようなものじゃなかった。
「学校に行かないと……」
俺は重い腰を上げて、学校の準備を始めた。でも頭の中は彩のことでいっぱいだった。
学校に着いても、俺の思考は彩から離れなかった。