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第7話 神託、そして、人生相談

「さて、始めるか」


フレアは椅子に深く腰掛け、ふんぞり返るように足を組んだ。


今宵の企画は『お悩み相談』。

ヴェルゼスの提案で設置された、その名も『魔王への供物箱(くもつばこ)』という匿名質問サービスに届いた、民草からの陳情(ちんじょう)に答える儀式だ。


(あるじ)よ、くれぐれも炎上するような発言は……。回答は慎重にお願いしますぞ』


机の隅でヴェルゼスが胃を押さえるような仕草をするが、フレアは鼻で笑う。


「ふん、王とは民を導く者。この我の神託(しんたく)、ありがたく拝聴させればよい」


謎の自信と共に、フレアは配信開始ボタンを押した。


「――来たれ、悩める子羊どもよ! 今宵は特別に、この魔王フレアが貴様らの陳情(ちんじょう)を聞き、直々に神託(しんたく)を授けてやろう!」


『待ってました!』

『供物箱、ちゃんと見てくれるんだ!』

『今日の神託しんたく楽しみ!』


早速、フレアは供物箱に届いた最初の陳情書を読み上げる。


【HN:三段腹ミルフィーユ 様】

「最近太ってきて、お気に入りの服が着れなくなりそうです。このままだと着れる服がなくなってしまいます。どうしたらいいですか?」


いかにも現代的な悩みだ。

だが、フレアの反応は視聴者の予想の斜め上をいった。


「……その服、貴様を裏切ったな」


『裏切った!?www』

『え、そっち?』

『服に意思があったのか……』


フレアはアバターの眉を吊り上げ、心底不愉快そうに続ける。


「王たる(あるじ)に仕えるのが臣下の務め。ならば、服がその(あるじ)に合わせるのが(ことわり)であろう。それを怠り、あまつさえ(あるじ)に窮屈な思いをさせるなど、万死(ばんし)に値する反逆(はんぎゃく)行為ぞ!」


コメント欄は「なるほど」「確かに」という謎の納得感と笑いに包まれた。


『正論(魔王基準)』

『完全に服が悪者で草』

『うちのタンスの裏切り者ども、覚悟しとけよ…』


フレアはふん、と鼻を鳴らし、最終的な裁きを言い渡す。


「よいか、三段腹ミルフィーユよ。そのような不忠なる服は、我が魔炎(まえん)をもって即刻焼き払ってくれるわ。そして、新たに貴様に忠誠を誓う服を迎え入れるがよい。王とは、常に最も優れた臣下を側に置くものだ」


『解決(物理消去&新規購入)www』

『新しい服を買う口実ができたな!』

『不忠なる服www 新しいパワーワードだ』


痩せるという発想が一切ない、あまりにも魔王的かつ豪快な解決策。

だが、その堂々とした物言いは、なぜか視聴者に奇妙な爽快感と、新しい服を買うための完璧な言い訳を与えていた。


気を良くしたフレアは、次の陳情書へと目を移す。

その文面を読み上げた瞬間、彼女の瞳に、先ほどまでとは違う鋭い光が宿った。


【HN:ささやき堕天使 様】

「私は、自分の声でもっとたくさんの人を夢中にさせたいです。でも、配信で求められる『セクシーなお姉さん』を演じれば演じるほど、本当の自分が空っぽになっていく気がして……。なんで私は、こんな薄暗い部屋で媚びるような真似をしてるんだろうって、悔しくてたまらないんです。こんな偽りの私に、本当に人を魅了する力があるのでしょうか?」


その言葉に、フレアは魂の奥底で、微かな(うず)きを感じた。

懐かしくも、苛立(いらだ)ちを覚えるような、矛盾した感覚。

彼女はアバターの口元に、挑発的な笑みを浮かべる。


「ふん、偽りの仮面(かめん)で得た称賛など、魂の(かて)にはならん。飢え続けるだけよ」


いきなり核心(かくしん)を突く言葉に、コメント欄がざわつく。


『え、急に厳しい』

『どうした魔王様、ガチの説教モードだ』

『でもなんか、的確な気がする…』


フレアは、画面の向こうにいる「ささやき堕天使」の魂を、直接見据えるように続けた。


「貴様のその『悔しさ』の正体、わからぬか?」

「貴様の魂は、薄暗い部屋の片隅でくすぶることを望んではおらぬ。もっと大きな舞台で、万の視線を一身に浴びることを渇望(かつぼう)しているのだ。違うか?」

「『魅了(みりょう)』とはな、小手先の技術ではない。己の魂そのものを輝かせ、相手の魂を直接揺さぶる力だ。貴様の魂は、まだくすぶっているようだがな」


そして、フレアは最後にこう告げた。

それは、予言であり、挑戦状だった。


「――(まこと)に世界を(とろ)かす覚悟ができたなら、その仮面(かめん)を捨て、我が前に立て。さすれば、我が隣に立つ『好敵手(こうてきしゅ)』として、認めてやらんでもない」


『好敵手!?』

『魔王様にライバル認定されたぞこの人!』

『ささやき堕天使さん、何者なんだ……』

『なんか泣きそうになった』


その言葉が、コンビニのバックヤードでスマホを握りしめていた一人の女の心に、深く、深く突き刺さったことを、まだ誰も知らなかった。



そして、3つ目。

その陳情書を読んだ瞬間、フレアの背筋に、ピリッとした感覚が走った。


【HN:マッスルG 様】

「毎日筋トレをして己を鍛えています。ですが、強くなればなるほど、何のためにやっているのか分からなくなり、心が(むな)しくなります。この有り余る力と虚しさを、俺はどうすればいいのでしょうか?」


懐かしい、魂の響き。

ヴェルゼスも、モニターの隅で動きを止めていた。


フレアのアバターの瞳が、カッと深紅に輝く。

(たわむ)れの空気は消え、(まこと)の王の威光(いこう)が声に宿った。


「――マッスルG、とやら」

「貴様が虚しいのは当然だ。その力は、己のためだけにあるのではないからな」


断言するような口調に、コメント欄が息をのむ。


『え、どういうこと?』

『なんか深い話が始まった…』

『魔王様、この人のこと見えてるのか?』


フレアは、彼の魂の形を正確に捉え、言葉を続ける。


「貴様の力は、王に捧げられ、その御名のもとに振るわれることで、初めて(まこと)の輝きを放つ。貴様の魂は、その仕えるべき(あるじ)を、ずっと探し求めているのだ」


その言葉は、スポーツジムの片隅でプロテインを飲みながら配信を見ていた一人の男の胸に、雷となって突き刺さった。

(そうだ……俺は、ずっと誰かを……探して……)


長年抱えてきた虚しさの正体を、初めて言い当てられた衝撃に、男はわなわなと震える。

気づけば、手にしたシェイカーを取り落としそうになり、慌てて両手で握りしめた。

まるで、何か尊いものに祈りを捧げるかのように。


フレアは、そんな彼の魂の歓喜を感じ取りながら、導きの言葉を授ける。


「案ずるな。今はただ、ひたすらに力を磨き続けよ。その渇望(かつぼう)こそが貴様の道標(みちしるべ)だ。いずれ、まことの忠誠を捧げるべき王の御前(ごぜん)に、貴様は必ずや立つ」


なぜか、そう確信めいた言葉が口をついて出た。

その言葉は、いつもの気まぐれな(たわむ)れとは明らかに違う、魂の芯から響くような重みを持っていた。

コメント欄は、畏怖(いふ)にも似た興奮に包まれていた。



そして、最後の相談。

それは、ハンドルネームすら記されていない、短い一文だった。


「いじめられて、もう死にたいです」


それまでの喧騒が、嘘のように静まり返る。

無数の視聴者が見守る中、フレアは何も言わず、ただ沈黙していた。


誰もが固唾をのむ、長い、長い沈黙の後。


やがて、彼女は静かに口を開いた。

その声には、いつもの尊大さも、(たわむ)れもなかった。


「……ならば、逃げよ」


その一言は、いつもの彼女からは到底考えられない、あまりにも静かな響きを持っていた。


「今は、それでよい。(みじ)めに逃げ、泥水を(すす)り、それでも生き延びよ。そして、力を蓄えよ」


一度は全てを失った者だけが知る、痛みを伴う言葉。


「いつか、貴様を笑った者どもが、遥か下から見上げるほどの(たか)みへ、我と共に至ろうではないか。その時こそ、貴様の勝利だ」


その言葉が、絶望の(ふち)にいる誰かの魂に届いたのか。

コメント欄は、ただ静寂を保ったままだった。



配信が終わり、部屋には沈黙だけが残った。


フレアは珍しく何も言わず、ただ窓の外を眺めていた。

その横顔は、もはや魔王ではなく、どこか遠い目をした一人の少女のようだった。


机の上で、ヴェルゼスはヒマワリの種を一つ、前足で掴んだ。

だが、それを口に運ぶことなく、ただじっと見つめている。

カリ、と殻を割る小気味よい音は、今夜は聞こえなかった。


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