第6話 王の豪運、そして、無欲の勝利
「#フレア画伯」――。
前回の配信で、己の芸術(という名の落書き)が民の魂に刻まれたことに満足し、悦に入っていたフレアの元に、新たなリクエストが殺到していた。
『魔王様の神引きが見たい!』
『そろそろガチャ配信が見たいです!』
「ふん、良かろう」
フレアはふんぞり返って頷いた。
「我が芸術の深淵を理解した褒美だ。今日は特別に、我が幸運を貴様らに分け与えてやろうではないか!」
ファンサービスという名目で、フレアは満を持してガチャ配信を開始した。
◇
「王たる我に引けぬものなし!我が欲するものは、世界の方から我にひれ伏し、やってくるのだ!」
配信が始まるやいなや、フレアは自らの勝利を疑わない、壮大な宣言を繰り広げる。
『†漆黒の考察者†:魔王様の御前では、確率など無意味…!』
『フラグびんびんで草』
最初の10連ガチャを引くと、画面が淡い光に包まれる。
「なんだ、この矮小なる光は!出直してこい!」
フレアが吐き捨てた通り、結果は惨敗。
出てきたのは最低レアの雑魚キャラばかりだった。
「ふん、小手調べはこれまでだ。次こそは、我が威光に恐れをなした本物の強者が現れるであろう!」
フレアは気を取り直し、再び10連ガチャを引く。
しかし、またしても画面を包んだのは、希望の欠片もない、くすんだ光だった。
現れた10体のキャラクターを睨みつけていたフレアは、やがて何かに気づき、不審そうに眉をひそめる。
「……待て。貴様ら」
フレアが指さした先には、粗末な棍棒を握りしめた、同じ顔のゴブリン兵士が5体、ずらりと並んでいた。
「なぜ同じ顔の者が5人もいるのだ?まさか分身の術か?」
フレアは一瞬考え込むような素振りを見せたが、すぐに不敵な笑みを浮かべると、高らかに宣言した。
「……ふん、なるほどな。貴様ら、よほど我が軍に仕えたいと見える」
「同じ顔、同じ魂でありながら、五つの肉体を持って馳せ参じるとは、その忠義、見事である!」
フレアは、慈悲深い声色を作って、続ける。
「よかろう!その忠義に免じ、貴様ら五人を『ゴブリン五兄弟』として、我が軍の特殊部隊に任じてやろう!励むがよい!」
ゲームシステム上の「キャラ被り」を、忠義の篤い五つ子として解釈し、勝手に部隊名を付けて任命してしまう。
そのあまりにも王様すぎる発想に、コメント欄は困惑と爆笑の渦に叩き込まれた。
『ゴブリン五兄弟www』
『特殊部隊爆誕www』
『そういうことじゃねえwww』
『でも魔王様の器、でっけえ…』
『限界突破のチャンス!』
その中の一つ、「限界突破」という言葉に、フレアはカチンと反応した。
「――限界だと?」
彼女は、心底侮辱されたという表情で、視聴者たちを画面越しに睨みつける。
「この我の兵に、限界などという言葉は存在せぬ!」
「そもそも、我が元に集うと決めた時点で、兵はみな無限の可能性を秘めているのだ!それを貴様ら、我が軍を侮辱するか!」
ゲームシステムへの的確なツッコミを、自軍への侮辱と解釈して本気で激怒する魔王。
ヴェルゼスが「主よ、民草も悪気はないのでございます…それは『げーむ』の『しすてむ』なので…」と必死にフォローするが、フレアの怒りはしばらく収まらなかった。
そして、その後も結果は変わらない。
何度引いても、画面に虹色の光が灯ることはなかった。
ついに、フレアが最後の手段――課金に手を伸ばそうとした、その時。
机の引き出しから取り出された一枚のカードに、ヴェルゼスは血の気が引いた。
(あれは禁断の魔具…『くれじっとかーど』!我が軍の財政が!)
「主よ、おやめくだされ!破綻してしまいますぞ!」
その悲痛な叫びに、フレアはハッと我に返った。
そして、何かを悟ったように、不敵な笑みを浮かべる。
「……そうか。我は、根本を間違えていた」
『え?』
『どうした魔王様?』
フレアは、まるで世界の真理に到達したかのように、尊大に宣言した。
「王とは、自らが幸運である必要はない」
「我が民が幸運であり、その幸運を我に献上させればよいのだ。それこそが、王の器!」
そのあまりにも王様すぎる理論に、コメント欄は困惑と戦慄に包まれた。
◇
「――よかろう、ベルゼ!今宵は特別だ。このガチャを引く栄誉を、貴様に授ける!」
フレアはそう言うと、ヴェルゼス(ハムスター)をマウスの上にちょこんと乗せた。
『えええええ!?』
『代理ガチャwww』
『そんなのアリかよwww』
ヴェルゼスは「え、我でございますか…?」と困惑しながらも、主の命令には逆らえない。
「引け、ベルゼ!貴様の幸運、我に見せてみよ!」
促され、ヴェルゼスは小さな前足で、おそるおそるマウスの左クリックボタンを押し込んだ。
――カチッ。
なけなしの石で、最後の1回が回される。
その瞬間だった。
今まで見たこともない、眩い虹色の光が画面を包み込む。
そして、狙っていた最高レアの限定キャラクターが、美しいボイスと共に画面に降臨した。
しばしの沈黙。
コメント欄が、爆発的な勢いで流れ始める。
『マジかよ!?』
『腹心、強運すぎるwww』
『本当に引きやがった…!』
フレアは、その結果を見て満足げに、そしてさも当然であるかのように言い放った。
「ふん、見事だベルゼ。貴様の幸運、確かに我が受け取った。褒めてつかわす」
彼女は、自分が引けなかったことへの悔しさなど微塵も見せず、「臣下の幸運は、すなわち我が幸運である」という絶対的な王の理論で、完璧に勝利宣言をしたのだ。
その圧倒的な器の大きさと、斜め上の思考回路に、視聴者はもはや心酔するしかなかった。
『そういうことか…!』
『自分の運が悪いなら、運のいい部下に引かせればいい…天才の発想だ…』
『これが王の豪運…格が違いすぎる…』
この日、赫フレアは、臣下の幸運さえも自らの威光に変えてしまうという、真の「王」の器を示し、その伝説に新たな1ページを刻んだのだった。