第5話 創造の儀、そして、落書き
高難易度ゲームの攻略配信で、その圧倒的な王の器を見せつけたフレア。初配信での頼りない印象は完全に払拭され、彼女の元には熱狂的な民からの新たな要求が殺到していた。
『魔王様が描く絵が見たい!』
『ぜひ腹心のヴェルゼス君を描いてください!』
その声に応え、フレアは意気揚々と三度目の配信を開始した。
「ふん、我が創造の儀を、貴様ら矮小なる民に直々に見せてやろう。我が芸術の深淵、理解できるかな?」
大仰な宣言とは裏腹に、フレアが握るペンタブレットのペン先は、おぼつかない様子で小さく震えている。
その様子を机の隅から見ていたヴェルゼスは、前世でフレアが作戦地図の隅に描いていた、芋虫のような魔獣の絵を思い出し、嫌な予感に包まれていた。
「では、まず手始めに、我が腹心、"狡猾"のヴェルゼスの勇姿を描いてやろう。とくと見るがいい!」
フレアは宣言と共に、キャンバスに線を引いた。しかし、慣れないツールに悪戦苦闘し、画面はあっという間に描き損じの線だらけになっていく。
「ぬぅっ……!こ、小賢しい道具よ!」
パニックになったフレアが苛立ち紛れにキーボードを叩いた、その瞬間だった。
偶然「Ctrl+Z」が押され、画面の線が一本、すっと消える。
「なっ!?」
フレアの赤い瞳が、驚きに見開かれた。
「……これは、時の魔法か!?」
そのただならぬ迫力に、ヴェルゼスもゴクリと息をのむ。「まさか主は、この世界の理にさえ無意識に干渉を…?」――忠臣が一瞬、本気でそう勘違いしてしまった、その隙に。
快感に目覚めたフレアは、面白がってCtrl+Zを連打し始めていた。時すでに遅し。
キャンバスから全ての線が消え去り、完全な白紙に戻ってしまった。
「――我の芸術がッ……!我の数分が、時空の彼方へ消えたぞベルゼーーーッ!!」
魔王の絶叫を聞き、ヴェルゼスはハッと我に返る。
(違った!ただの機能だった!あの時、すぐにお止めしていれば…!)
腹心は、次の悲劇だけは絶対に防ごうと、小さな前足をギュッと握りしめ、固く決意するのであった。
◇
気を取り直し、再びヴェルゼスの似顔絵に挑戦するフレア。
今度は慎重に、一本一本の線に魂を込めるように描いていく。
そして数分後、ついに完成した。
「ふはは!見よ、これぞ我が腹心の真の姿だ!」
フレアが自信満々に見せつけた画面には、禍々しいオーラを放ち、目が三つある、およそ生物とは思えぬ毛玉が描かれていた。
『邪神様wwww』
『かわいい(震え声)』
『これは…クトゥルフかなにか?』
コメント欄が爆笑の渦に包まれるのを見て、フレアは心外だと言わんばかりに叫ぶ。
「違う!なぜ伝わらぬのだ!我が腹心はこんなにも威厳があり、そして狡猾なのだぞ!」
「ええい、こんな絵、時の魔法で消してくれるわ!」
フレアが再びキーボードに手を伸ばした、その時。
『主よ、お待ちくだされ!その絵は傑作にございますぞ!』
ヴェルゼスは、その絵がとんでもなくウケていることを必死に伝えようと、小さな体でマウスに飛びついた。主の暴走を止めたい一心で。
だが、その小さな前足がクリックしたのは、画面の隅にある無慈悲な「×」ボタンだった。
ディスプレイに「保存しますか?」という非情なメッセージが表示される。
「なっ…ベルゼ、貴様!」
パニックになったフレアは、ヴェルゼスからマウスを奪い返し、「いいえ」のボタンを力強く、そして何度もクリックした。
――プツン。
お絵描きソフトは完全に終了し、丹精込めて(?)描かれた邪神の絵は、データの大海へと消え去った。二度と、戻らぬものとなった。
しばしの沈黙。
そして、フレアはゆっくりと、机の上の小さな腹心に視線を向けた。
「……ベルゼ、貴様……」
静かに、しかし最高レベルでキレている主と、頭を抱える(ポーズをする)忠臣の姿。
この日の配信は、視聴者の腹筋という名の城壁を粉々に打ち砕き、新たな伝説として語り継がれることになった。
◇
配信後。SNSでは「#フレア画伯」というハッシュタグがトレンド入りを果たしていた。
そこには、配信直後の熱狂のままに、視聴者が記憶だけを頼りに描いた「再現・邪神ヴェルゼス」のファンアートが、無数に投稿されていた。
その光景を眺めながら、フレアは満足げに腕を組んだ。
「ふん。我が芸術は、民の魂に直接刻み込まれたようだな!」
またしても都合よく勝利を確信し、元・大魔王はご満悦でふんぞり返るのであった。