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第3話 恩寵、そして、勘違い

「……万死に値する」


配信終了後、フレアは椅子に沈み込み、低く唸った。

華奢(きゃしゃ)な両手が、わなわなと震えている。


「我が威光(いこう)は地に堕ちた……。あの醜態、思い出すだけでも(はらわた)が煮えくり返るわ!」


威厳ある魔王の姿とは裏腹の、甲高い少女の声。

シミだらけの天井、干しっぱなしのジャージ、食べかけのカップ麺、そして主の威厳を失墜させたペット(腹心)のハムスター。

初配信は、己の失態を全世界に晒すだけの、屈辱的な儀式に終わった。


本気で落ち込んでいる主を見て、机の上のヴェルゼスは慌てて声を張り上げた。

(あるじ)よ!その結論は早計にございます!』


「何が早計だ!我は笑いものにされたのだぞ!」


『百聞は一見に()かず、と申します!まずは、この世の民の声をご覧くだされ!』


ヴェルゼスは小さな体で必死にマウスを操作し、ネットニュースやまとめサイトの画面をディスプレイに映し出す。

そこには、フレアの予想とは全く異なる光景が広がっていた。


『【超新星】降臨した魔王フレア様、初配信が伝説的すぎると話題に』


そんな見出しの記事が、トップニュースとして掲載されている。

記事にはSNSでの絶賛の声がまとめられていた。


『わざとボロい背景を映して、本気の怒りを見せることで「ギャップ萌え」を完璧に演出してやがる……恐ろしい新人だ』

『あのマジギレからの属性てんこ盛り自己紹介、あれ絶対台本あるだろ。だとしたら天才すぎる』

『あの天井のシミですら、魔王様が刻んだ古代ルーンか何かの伏線に見えてきた』


「な……」


フレアは、呆気に取られ、画面を食い入るように見つめる。

己の失態は、視聴者には「すべて計算された高度なパフォーマンス」だと解釈されていたのだ。


「ふ、ふん……。当然だ。この我が、無策で挑むわけがなかろう」


途端に機嫌を直し、ふんぞり返るフレア。

そのあまりに単純な思考回路に、ヴェルゼスは(やはり……)と内心でため息をついた。


フレアは気を良くしたまま、自らの配信アーカイブのコメント欄を眺め始めた。

そこでも、ファンによる様々な考察が繰り広げられている。

その中で、ひときわ長いコメントがフレアの目に留まった。


『――フレア様は、我々が魔王という存在に抱く「恐怖」と「威厳」を完璧に提示しつつ、同時に「生活感」という親しみやすさを見せることで、我々の忠誠心を試されたのだ。あのガチギレは、我々が表面的な情報に惑わされぬかを見極めるための、最初の試練だったのである。我々は見事、その試練を乗り越えたのだ――』


「……ほう」


フレアは、そのコメントに感心したように頷いた。

そうだ、その通りだ。

我は、民を試していたのだ。

うん、間違いない。


フレアは満足げにキーボードに向かうと、まるで臣下を指さすかのように人差し指を一本だけ立て、おもむろにキーを一つ一つ、確かめるように打ち込み始めた。


『――ほう、†漆黒(しっこく)の考察者†か。貴様の慧眼(けいがん)、見事である。我が直々にその名を覚えてやろう。今後の働き、期待しているぞ』


それは、王が功績を上げた臣下の名を呼び、褒め称えるような、あまりにも自然な振る舞いだった。


数秒後。

フレアの返信に気づいた『†漆黒(しっこく)の考察者†』本人が、狂喜乱舞のコメントを投下する。


『うおおおおおおお!?フレア様に名前を覚えていただけたあああああああ!!!!一生ついていきます!!!!』


そのコメントのスクリーンショットは、瞬く間にSNSで拡散された。


『マジかよ、魔王様はファンを見てくれてるのか!』

『考察したら認知もらえるとか、神Vじゃん』

『忠誠を尽くせば、ちゃんと応えてくれるお方なんだ……!』


それは、(かがり)フレアという一個人が、ファンの中で「我らを見守り、働きに応えてくれる、偉大なる魔王様」という偶像(ぐうぞう)へと昇華された瞬間だった。

熱狂的な最初の信者が、今、産声を上げたのだ。


その一連の流れを見ていたヴェルゼスは、ハムスターの小さな体で静かに戦慄(せんりつ)していた。


(主の論理から外れた行動が、なぜか視聴者には深遠な威厳と解釈される……そして、主はその勘違いを無自覚に肯定することで、さらに熱狂的な信者を生み出していく……!なんという恐ろしい支配のサイクル……!)


これぞ、我が主がこの世界で見出した、新たな王の形なのかもしれない。


ヴェルゼスがそんな確信を抱いた時、PCの管理画面に通知が届く。

収益レポートを開くと、そこにはスーパーチャットによる金額がリアルタイムで反映されていた。


『主よ! ご覧ください!』


ヴェルゼスが指し示す画面には、既に家賃を支払ってもお釣りがくるほどの、あまりにも美しい数字が輝いていた。


「ふん、当然の結果よ。……だがベルゼ、問題は、この世界の貢物がいつ手に入るか、だ」


フレアが核心を突く。

そう、問題は支払日だ。

督促状は待ってくれない。


しかし、ヴェルゼスは小さな胸を張って答えた。

『ご安心を。この配信サービスストリーム・ヴァルハラの規約を隅々まで確認いたしましたが、どうやら特別な制度があるようでございます』


ヴェルゼスは、小さな前足でマウスを巧みに操り、利用規約の一文を拡大して見せる。


『――規約に(いわ)く、『運営が悪魔的才能と認めた新人(ライジングスター)は、収益の即日払い申請を許可する』と!』


それは、この熾烈な配信戦国時代において、プラットフォーム側が才能ある配信者を繋ぎ止めるための、切り札ともいえる制度だった。

そして、伝説の初配信を成し遂げたフレアは、言うまでもなく、その資格を完璧に満たしていたのだ。


「ほう。我を王と認める、中々に見所のある仕組みではないか」


フレアは満足げに頷き、改めて画面に映る勝利の証に目をやった。

――これで、ひとまずは城を追われる心配はない。

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