表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/17

第1話 降臨、そして、家賃

安アパートの薄い壁に、甲高い絶叫が響き渡った。


「な……なんだ、この脆弱(ぜいじゃく)生物(いきもの)はーーーーーっ!!!」


姿見の前に、一人の少女が立っていた。

夜の闇を溶かしたような漆黒の髪。

血のように赤い瞳。


しかし、その体は今にも折れてしまいそうなほど華奢(きゃしゃ)で、胸の起伏も乏しい、あまりにも幼いものだった。

その少女は、鏡に映る自分の体を指さし、わなわなと震えている。


(――ふざけるな)

(この我が、こんな矮小(わいしょう)(うつわ)に押し込められているだと?)


混乱する頭で、必死に情報を探す。

この部屋は?

この体は?

我は、一体、今、何者なのだ?


視線が、ちゃぶ台の上に無造作に置かれた、数枚の書類に吸い寄せられた。

一番上の紙には「賃貸借契約書」とあり、借主の欄にその名が記されている。


(かがり) フレア』


「……かがり、ふれあ…?」


口に出してみたものの、全く馴染みのない響きだ。

これが、この(うつわ)の名前らしい。


かつては終焉(しゅうえん)の魔王フレアと呼ばれ、世界を支配した存在である我が、なぜこんなふざけた名前の、か弱い少女の姿に……。


フレアが愕然(がくぜん)としていると、ベランダの窓の隙間から、一匹のゴールデンハムスターが、息を切らし、ホコリまみれの姿で部屋に侵入してきた。


そのハムスターと目が合った瞬間、フレアの脳内に、懐かしくも冷静沈着な声が直接響き渡る。


『――ようやくお目覚めになられましたか、我が(あるじ)、ルキフェリア様』


「ヴェルゼスか!?なぜ貴様がここに!その見るも無惨な姿はなんだ!」


『話せば長くなります。どうやら我々は、"ニホン"という異世界に転生したようでございます』


ヴェルゼスの説明によれば、この世界は「カネ」という力ですべてが回っているらしい。

ふんぞり返って話を聞いていたフレアは、尊大(そんだい)に言い放った。


「ならば話は早い。この世界の王をひれ伏させ、全ての富を我に献上させればよかろう」


『主の圧倒的なお力があればそれも可能でしょうが、いかんせん、その肉体では……。魔力の回復にも相当な時間がかかります』


「ちっ…面倒なことよ。まあよい。とりあえず、腹が減った。何か食わせろ、ベルゼ」


『はっ。…と言いたいところですが、主よ。実は、我々の前には、絶望的な問題が一つ…』


ヴェルゼスが前足で示した先には、一枚の紙があった。

先ほどの契約書の下から、わざとらしく少しだけはみ出している。

それは、赤い印も生々しい督促状だった。


「なんだそれは?挑戦状か?」


『いえ、あれに従わねば、我々はこの(アパート)から強制退去させられる、という最後通牒(さいごつうちょう)にございます』


「…は?我を、この我を、住処(すみか)から追い出すだと?面白い!会ってひと思いに捻り潰してくれるわ!」


憤慨(ふんがい)するフレアをよそに、ヴェルゼスは机に向かって猛然とダッシュした。

小さな体で、必死に電源ケーブルによじ登り、全身を使って、なんとかプラグをコンセントに差し込む。

さらに、机の上を走り回り、全身で体重をかけて、PCの電源ボタンを「ポチッ」と押した。


『ふぅ…!この肉体、テコの原理の応用が必須ですな…!』


起動したPCの画面に、動画サイトのトップページが映し出される。

その中央で、圧倒的な光とオーラを放つ映像が再生されていた。


きらびやかな衣装を(まと)った、人気Vtuberの配信。

画面には、滝のように流れる賞賛のコメントと、色とりどりの高額スーパーチャットが乱舞している。


その光景は、まるで現代に降臨した神への、信者たちの祈りと貢物(みつぎもの)のようだった。


フレアは、思わず身を乗り出した。

赤い瞳が、初めてこの世界に来て、真の輝きを放つ。


「……見ろ、ベルゼ。あの者こそが、この世界の『王』の一人だ」


「軍勢も、領地も持たず、ただ己の存在だけで大衆の魂を掴み、富と信仰を一身に集める。…なんと効率的で、なんと美しい、新しい支配の形か!」


フレアは立ち上がり、画面の中の偽物の神を、そしてその向こうにいるであろう、この世界の全ての人間を睨みつけ、不遜(ふそん)な笑みを浮かべて宣言した。


「決めたぞ!我も、この世界の『王』になる!」


「我が名は魔王フレア!この世界の全ての人間をひれ伏させ、再び頂点に君臨してやろう!」


「まずは、手始めにあの偽物の王どもを引きずり下ろすことからだ!」


その宣戦布告は、ボロアパートの六畳間に、虚しく、しかし力強く響き渡った。


(かがり)フレアの、新たな世界征服(と、家賃を払うための戦い)が、今、静かに幕を開けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ