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第17話 気高き忠誠論、そして、きびだんご

「――(あるじ)よ、民の心を掴むのも、また王の務め!」

「とりわけ、無垢なる子供の魂を早期に掌握することは、未来の盤石なる支配に繋がりますぞ!」


ボロアパートの一室。

忠臣ヴェルゼスは、どこで仕入れてきたのか、子供向けの教育論のようなものを熱っぽく語っていた。


「そこで、今宵の儀式はこれ! この世界の『童話』なるものを朗読し、(あるじ)の慈愛に満ちた御姿を、世の親と子に見せつけるのです!」

「ふん、幼子の魂を導くか。よかろう。我が声の威光を、そのか弱い魂に直接刻み込んでくれるわ」


フレアは、ヴェルゼスが用意した、誰もが知る童話『桃太郎』の絵本を手に取り、どこか面倒くさそうに、しかし王の威厳を保ちながら、朗読配信を開始した。



「――聞け、か弱き子羊どもよ! 今宵は特別に、この魔王フレアが、貴様らの魂の糧となる物語を授けてやろう。心して聴くがよい!」


荘厳すぎる前口上と共に、フレアは絵本を開き、たどたどしくも朗読を始めた。


「むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんは山へしばかりに、おばあさんは川へせんたくに…」


穏やかな滑り出し。

コメント欄も『魔王様の読み聞かせとか貴重すぎる』『子供が泣いちゃうw』と、和やかな雰囲気に包まれていた。


しかし、物語が「大きな桃が、どんぶらこ、どんぶらこと流れてきました」という一節に差し掛かった時、フレアの眉がピクリと動いた。


「…待て」


彼女は、心底不可解だという顔で、絵本を睨みつける。

「なぜ、川に流れてきた不審な果実を、何の警戒もせず家に持ち帰るのだ?」

「敵対勢力が流した、毒の入った罠だとは思わんのか? この二人の危機管理能力は、どうなっておるのだ!」


いきなりのガチダメ出し。

物語の世界に、現実の軍略を持ち込むスタイル。


『確かにwww』

『安全保障上の懸念www』

『桃テロの可能性』


フレアはブツブツと文句を言いながらも、朗読を続ける。

桃を割ると、中から元気な男の子が飛び出してきた。


「ほう、果実から人が生まれるか。我がベルゼ弐号と同じ、生命創造の神秘よな。この世界の(ことわり)は、実に興味深い」


『出たwwwベルゼ弐号www』

『同列にしないで差し上げろ』


物語は進み、成長した桃太郎が、鬼退治の旅に出る。

道中、犬、猿、キジに出会い、腰につけた「きびだんご」を一つずつ与えて、家来にしていく。


その場面を読んだ瞬間、フレアの我慢は、限界に達した。


「――なんだその安い報酬はッ!!」


彼女は、机をドン!と叩き、本気で声を荒らげた。

「忠誠とは、己の命を捧げる気高き魂の契約であろうが!」

「それを、たかだか菓子の一つで買おうなど、家臣に対する侮辱の極みぞ! 我ならば、世界の半分を約束するわ!」


待遇の悪さに、本気で激怒する魔王。

そのあまりの王様ムーブに、ファンたちはひれ伏すように笑うしかなかった。


『魔王様、ホワイトすぎるwww』

『きびだんごの価値、暴落』

『世界の半分くれるなら、俺も家来になります』



鬼ヶ島に乗り込む、物語のクライマックス。

フレアは、もはや絵本の文字を読むのを、完全にやめてしまった。

彼女の赤い瞳が、妖しい光を放つ。


「――ええい、回りくどい! この者たちの魂は、あまりにも輝きが足りぬ! 我が、彼奴等の魂の声を代弁してやろう!」


彼女は、絵本を閉じ、アドリブで、登場人物たちの「(まこと)の動機」を語り始めた。


「まず、この桃太郎とかいう小僧。こやつは、本当に正義感だけで鬼を討伐しにいったと思うか?」

「違う! こやつは、己の出生――桃から生まれたという異質さ――に気づいておったのだ。己が人間ではないと」

「ならば、人間の社会で英雄となることでしか、己の居場所を確立できぬと悟ったのだ! 鬼退治は、奴にとって己の存在価値を証明するための、功利的な戦に過ぎぬ!」


フレアは次に、鬼の王に視点を移す。


「では、鬼の王はどうだ? なぜ村から財宝を奪うなどという、ちっぽけな蛮行に明け暮れる?」

「答えは単純よ。奴は、己の『鬼』という役割を演じていただけだ」

「人間どもが、恐怖し、団結するための『分かりやすい悪』が必要だった。奴は、その役割を自ら買って出ることで、皮肉にも、人間社会の秩序を裏から支えていたのだ。奪った財宝など、その道化を演じるための、小道具に過ぎん!」


フレアは、登場人物たちの行動原理を、彼女独自の魔王の論理で再定義してしまった。

やがて、その二人が対峙した時、物語は必然的に、原作とは違う道を歩み始める。


「――ついに鬼の王の前に立った桃太郎は、気づくのだ。目の前の鬼は、自分と同じ、『社会』という大きな物語の中で、己の役割を必死に演じているだけの、孤独な魂であると!」

「鬼の王もまた、桃太郎の瞳の中に、自分と同じ『異形の者の苦悩』を見る!」

「そこで初めて、二人の魂は(まこと)の|対話を始めるのだ!」


「『貴様も、何者かになろうともがいているのか、人の子よ』」

「『お前こそ、なぜ偽りの悪名を被る、鬼の王よ』」


「そして、二人は理解する! (まこと)に戦うべき相手は、互いではない! 我々を『英雄』や『悪鬼』という、ちっぽけな役割に押し込めようとする、この世界の『物語』そのものであると! ならば――!」


フレアは、玉座から立ち上がるかのような身振りで、高らかに宣言した。

「新たな国を興すまでよ!」


「桃太郎は英雄の名を捨て、鬼は悪鬼の仮面を脱ぎ、人間社会からも鬼社会からもはみ出した者たち――犬、猿、キジのような半端者ども――を全て率いて、鬼ヶ島を『第三の独立国家』とすることを宣言する!」

「人間の知恵と、鬼の力。その両方を持つ、誰にも支配されぬ新たな王国の誕生よ!」

「人間も鬼も、もはやこの新国家を無視することはできぬ。こうして、世界の勢力図は塗り替えられ、新たな混沌の時代が幕を開けるのだ!」


そのスケールの大きな展開に、コメント欄は興奮のるつぼと化した。


『うおおおおおお!』

『独立国家建国www』

『桃太郎、王になる』

『話が壮大すぎて、もはや別作品』


しかし、フレアの物語は、まだ終わらない。

彼女は、いかにも魔王らしい、会心の笑みを浮かべて、物語を締めくくった。


「――そして、その新たな国の若き王となった桃太郎と鬼の王の前に、天から声が響き渡るのだ」

「『ふん、面白い。その小競り合い、中々の余興であったぞ』――と」


「そう、彼らの茶番劇を、高みから見物していた(まこと)の王がいたのだ!」

「二人は、自分たちの起こした反逆すらも、全て手のひらの上で転がされていたに過ぎないと、その時初めて知る!」

「そして、桃太郎と鬼の王は、その絶対的な存在の前にひざまずき、こう言って忠誠を誓うのだ!」


「『我らの全てを、終焉の魔王フレア様に捧げん!』――とな!! ふはははははは!!」


全てを自分の勝利で締めくくる、あまりにも魔王すぎるオチ。

その完璧な物語の乗っ取りと、圧倒的なまでの自己肯定に、コメント欄は爆笑と、もはや尊敬の念すら入り混じった賞賛で埋め尽くされた。



配信後。

フレアは、語り疲れてぐったりとしながらも、満足げに言い放った。

「ふん、物語とは、語り手によってその姿を変えるもの。この世界の(まこと)の物語は、いずれ、この我が紡いでやろう」


ヴェルゼスは、主君が、その言葉の力だけで既存の常識や秩序を根底から覆し、新たな価値観を提示してしまう、その恐るべき才能に、改めて静かな戦慄を覚えていた。


そして、この「伝説の朗読回」のアーカイブを、とある薄暗いネットカフェの一角で、一人の女が食い入るように見ていた。

彼女は、画面の中で高らかに笑う魔王の姿と、その言葉が生み出す熱狂に、魅入られたように呟く。


「……面白い。この人、世界を『壊す』だけじゃなくて、『上書き』するんだ」


画面の向こうでは、本物の魂が世界を揺さぶっている。

その瞳には、鋭い輝きが宿っていた。


「一番近くで見ていたい」――そのシンプルな願いが、嫉妬や理屈を全て焼き尽くし、彼女の魂を支配していく。

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