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第12話 万象の識眼、そして、聖女の微笑み

魔王フレアの無謀な宣戦布告は、瞬く間にSNSを駆け巡った。


『魔王が聖女に喧嘩売ってるww』

『絶対混ぜるな危険』


普通ならば無視されるか、穏便に諭されて終わる話。

だが、事態は予想外の方向へ転がった。

聖告のアリア側が、マネージャーを通じてその挑戦を正式に受諾したのだ。


そして、二人の対決企画として選ばれたのは――『一般常識クイズ対決』だった。



「ふん、常識だと? この世の森羅万象(しんらばんしょう)を司る我が前に、知らぬことなどないわ!」


配信開始前、フレアは根拠のない自信に満ち溢れていた。

その傍らで、忠臣ヴェルゼスは((あるじ)よ、その常識、十中八九ズレておりますぞ…!)と、すでに胃痛で倒れそうだった。


かくして、自信過剰の魔王と、揺るぎなき信念の聖女による、異色のクイズ対決の幕が上がる。


無機質な合成音声が、第一問を読み上げる。


【第1問:1日は、何時間でしょう?】


(あるじ)よ! これは二十四時間! そのままでございます!』

机の隅から、ヴェルゼスが必死に前足を振り回し、訴えかけている。


だが、フレアはそれを鼻で笑った。

「黙れベルゼ。そのような単純な答えのはずがなかろう。これは我の思考の深さを試す、ひっかけ問題よ!」


そして、彼女は自信満々に解答ボタンを押し、高らかに宣言した。

「答えは『無限』だ!」


『ブッブー!』


気の抜けた不正解のブザー音と、コメント欄が『草』で溢れかえる。


『無限www魔王様の体感時間www』

『スケールがでかすぎる』


不正解のフレアを見て、アリアは慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。

「魔王様…。お時間が無限に感じるほど、毎日が充実していらっしゃるのですね。素晴らしいことです」

「…ですが、この世界での正解は、24時間なのです。どうか、覚えてあげてください」


そのあまりにも聖女的なコメントに、フレアは「ぐぬぬ…」と、どこかやり込められたような悔しそうな顔を見せる。


【第二問:ことわざ『石の上にも三年』。辛いことでも我慢し続ければ、いずれどうなる、という意味でしょう?】


(あるじ)よ! これは「成功する」という意味にございます! 報われる、と!』


「ふん、浅いなベルゼ。石の上に三年も座り続ければ、どうなるかなど、分かりきっておるわ」

「答えは、『痔になる』だ!」


『ブッブー!』


『痔wwwリアルすぎるwww』

『健康を心配してくれる魔王様やさしい』


コメント欄の爆笑の中、アリアは困ったように、しかし優しく微笑む。

「…魔王様は、ご自身の体をとても大切にされているのですね」

「ですが、この言葉は、辛い思いをしている誰かの心を支える、希望の光なのです。わたくしは、そう信じておりますわ。答えは『必ず報われる』、です」


『ピンポーン!』


正解のチャイムが鳴り響き、アリアのポイントが、さらに加算される。

フレアは、アリアのその完璧な聖人君子ぶりに「けっ、偽善者めが…」と小声で毒づいた。


司会「では、次の問題です。理科からの出題となります」


【第3問:水が氷になる温度は、摂氏何度でしょう?】


(あるじ)よ! これは零度ですぞ! 我らがいた世界の呪氷魔法の儀式とは、全く関係ございませぬ!』


ヴェルゼスの懇願するような声も、今のフレアには届かない。

彼女は「今度こそ、我が真理を見抜く時…!」と、瞳を爛々(らんらん)と輝かせていた。


「ふん、愚問だな。水が氷になるのに温度など関係ない。この我が魔力を込めれば、常温でも一瞬で凍てつくわ!」

「答えは――『我がその気になった時』だ!」


『ブッブー!』


3度目の気の抜けたブザー音。

しかし、コメント欄はもはや感心しきりだった。


『出たwww魔王様基準www』

『物理法則を捻じ曲げるスタイル、嫌いじゃない』

『それができたらノーベル賞どころの騒ぎじゃないんだよなぁ』


フレアの常軌を逸した回答にも、アリアの表情は一切変わらない。

ただ、完璧な微笑みを浮かべたまま、小さく一度だけ頷いた。

その仕草は、感心したようにも、呆れたようにも、あるいは単に話を聞いていたという合図にも見えた。


「まぁ…ご自身の御心一つで、この世界の物理法則すら変えてしまわれるのですね。まるで、世界そのものを書き換えるような御力…」

「その絶大なエネルギー、もし人々を癒す方向に向ければ、どんな奇跡が起きるのか…わたくし、少し興味が湧いてしまいましたわ」


フレアは、その言葉の真意を測りかね、眉をひそめてアリアを睨みつけた。

肯定されているのか、あるいは遠回しに馬鹿にされているのか。判断がつかず、居心地の悪さを覚える。


「…ふん。我が力を理解したのなら、余計な口出しはよせ」

フレアは不機嫌そうに言い返したが、アリアはただ微笑むだけだった。


そして、運命の最終問題。


【お互いの『好きなもの』は何でしょう? 相手の好きなものを当ててください】


これは、お互いの配信を見ていれば分かる、ファン向けのサービス問題だ。


アリアは自信ありげにペンを走らせる。

「魔王フレア様の好きなものは、『プリン』ですわね?」

「先日、SNSで『戦利品のプリン』と呟かれているのをお見かけしました。過酷な戦いの後に召し上がるプリンは、きっと格別なのでしょうね」


『ピンポーン!』


さすがの正答率。そして、今度はフレアの番だ。

ヴェルゼスが((あるじ)よ、頼みますぞ! アリアの好きなものは、プロフィールにも書いてあった『ハーブティー』にございます!)と必死に念を送る。


だが、フレアはアリアの顔をじーっと見つめ、ニヤリと不遜な笑みを浮かべた。


「ふん、貴様の好きなものなぞ、お見通しよ。それは…『我の負け顔』であろう?」


『……え?』


アリアの鉄壁の微笑みが、一瞬だけ、純粋な驚きの表情に変わった。

コメント欄は『え?』『斜め上の回答きたwww』『ドS聖女爆誕か?』と騒然となる。

司会が『ブッ…ブブー…?』と、困惑したような不正解音を鳴らす。


しかし、フレアは満足げに言い放った。

「図星か? 聖女の皮を被って、この我を叩きのめすのが、楽しくて仕方ないという顔をしておるぞ、貴様」


その挑発に対し、アリアは一瞬キョトンとした後、ふわりと、花が綻ぶように微笑んだ。


「あら、うふふ…。わたくし、魔王様が負けてしまうお顔ではなく、『魔王様が笑顔になるお顔』が見たいです。きっと、とても素敵なのだと思いますから」


聖女120%の切り返し。

予想外のカウンターに、フレアは一瞬言葉を失った。

だが、次の瞬間、彼女の瞳に宿ったのは不意を突かれた者の動揺ではなく、獲物を見つけた肉食獣のような、獰猛な光だった。


「――面白い」


フレアは、アバターの口元に、深く、挑戦的な笑みを浮かべた。


「どこまでもその聖女の皮を被り通すか。よかろう。ならば、次こそは必ずや、貴様のその化けの皮、我が手で剥ぎ取ってくれるわ!」


再び叩きつけられた、明確な敵意と挑戦状。

それに対し、アリアはただ、困ったように、しかし決して崩れない慈愛の微笑みを返すだけだった。

まるで、嵐の中で静かに佇む大樹のように。


コメント欄は「バチバチで草」「宣戦布告2回目!」「この二人、水と油すぎるw」と、今日一番の盛り上がりを見せた。



結果は、ポイント上ではアリアの圧勝。

配信後、トレンドを席巻したのは「#魔王様の体感時間」「#石の上にも痔」、そして「#聖女様つよい」だった。


配信が終わり、静寂が戻った部屋で、フレアはアバターの口元に残る獰猛な笑みを消さずに、低く呟いた。

「――聖告のアリア…。面白い。実に、面白い女だ」


それは、クイズに負けた悔しさではなく、好敵手を見つけた悦びの色を帯びていた。


その傍らで、ヴェルゼスは冷や汗を流しながら、主君の新たな敵について思考を巡らせていた。

(あの女…やはりただの聖女ではない。(あるじ)の混沌を、自らの秩序で塗りつぶそうとする、光の侵略者…。これは、単なる配信者同士の争いでは済まなくなるやもしれぬ…!)


忠臣は、これから始まるであろう魂の戦争を予感し、ゴクリと息をのむのだった。

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