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第51話 いつかをやり直すみたいに、二人。





新大阪についてからも、青葉とは同じルートだった。


中学が一緒なのだから、別に変なことでもないが、最寄り駅も同じ宝塚駅で、そこからの帰り道も途中までは重なっていた。


「少し持つよ、荷物」

「えっ、いいの?」

「多すぎだろ、これじゃあ。それに俺は友達少ないから、荷物もない。手が空いてるんだよ」

「もしかして気にしてる……? 冗談だからね、あれ」

「分かってるよ。いいから、荷物くれよ」


二人、大きな川にかけられた橋を渡る。


いくら、宝石のような輝きを放つ美少女とはいえ、東京で見る分には、もう見慣れはじめていた。

が、こうして地元の景色を背景に彼女を見るのは、なんだか新鮮だ。

西日を反射する川面も相まって、現実味が薄い光景にすら思える。


思わず目を奪われていたら、部活を終えたあとらしい中学の後輩たちが俺たちの横手をべらべらと喋りながら通り過ぎていった。


まぁ一部の男子は、あまりにも美しいこのお姉さんを振り返っていたけれど。


「わっ。懐かしいなぁ、あの制服」


青葉の言葉を聞きつつ俺は、遠ざかっていく後輩たちの背中を見送る。

考えても見れば、今という時間は、あの頃ではまずありえない。


俺のような日陰者が青葉と一緒に地元まで帰ってくるなんて、中学生の俺に言っても、信じてもらえる気がしない。

むしろ、都合のいい妄想だと小馬鹿にされるだろう。


「昔は、啓人くんとこうして歩いてくるなんて、思わなかったよ」


同じようなことを青葉も考えていたらしい。


「そりゃそうだろ。中学の時の俺なんて、いないようなもんだし」

「そんなことないけどなぁ。私は、ちゃんと啓人くんを見てたよ。お花の人で、席が真ん中の人! 緑化委員だったじゃん」

「……その覚え方、どうなんだよ。ってか、よく覚えてるな、そんなこと」

「後から思い出したって感じだけどね。意外と見てるんだよ、私」


青葉はそう言うと、俺のほうを覗きこんだ。


「逆に、啓人くんの方が見てないんじゃない? 他人に興味なさそうだった」

「……そんなことないっての。ぼっちはぼっちなりに色々考えてたんだよ。それに、ひかりを見ないなんて、無理だったって。クラスの真ん中で、足が女子で二番目に早くて、あと成績は悪くて、一か月に一回くらい告白されてた」

「むぅ、いらないことばっかり覚えすぎ!」


青葉は照れたのかなんなのか、肩を俺にぶつけてくる。

が、思い出したものはしょうがない。

懐かしい記憶をたどりあう。二人の思い出は少ないけれど、意外に盛り上がっていたのだが、


「あれ、そっちなんだ?」

「あぁ、俺の家はこの坂をのぼったところだから」


そこで分かれ道がきたらしい。


「山登りするんだったよな。また連絡するよ」

「う、うん……!」

「気をつけて帰れよ」

「もうすぐそこだし、大丈夫だよ」


俺はその言葉を聞いてから、彼女に荷物を引き渡した。


それから坂を上っていこうとする。が、しかし。どういうわけか、青葉はその場から動こうとしない。ただただ、その場に立っている。


俺が振り返れば、彼女は手に握った荷物を見つめたまま、もぞと肩を揺らす。


「……ねぇ、啓人くんの家まで行っていい?」


それは藪から棒な申し出であった。


「なんでだよ。しんどいぞ、結構傾斜きついし」

「知ってるよ、それくらい。この道で中学まで通ってたもん」

「……じゃあなんでだよ。東京ならともかく実家だぞ」

「おうちにあげてもらうつもりはないよ、家の人にも迷惑だしね。ただ単に、さ」


青葉はそこまで言って、顔を上げる。が、すぐに視線を少し逸らす。


その雪のように白い頬は、ほんのりと赤色に染まっていた。

それが夕日が差しているせいなのかどうなのか、俺には分からない。


「……もう少しだけ。一緒に歩きたいなぁって思ったんだ。一緒の道で帰りたい」

「いつも帰ってるだろー」

「でもそれは東京の話じゃん? この街で一緒に帰りたい。本当はさ、中学校の時に戻ってそうしたいくらいだけど、それはできないじゃん? だから今! ねぇ。だめ、かな?」


どくりと、心臓が一つ大きく跳ねる。

そのあとには、細かな鼓動が胸を駆けていく。


だめ、と言えるわけもなかった。

それに俺だって、その思いはある。まだ話していたいと思う。


今、言葉を発したら間違いなく、変な声が出る。

俺はそれが落ち着くまでたっぷり溜めてから、青葉の近くまで寄り、彼女の握っていた紙袋の内、半分をさらった。


「行くなら、ひかりの家でいいか?」

「えっ」

「だって、俺の家に来たら、この荷物を抱えて、また坂道下るんだ。大変だろ。……家の場所知られたくなかったら断ってくれていいけど」

「そんなわけない! じゃあ、そうする! ついてきてもらう! 送ってください」


青葉と二人、彼女の実家を目指して歩きだす。


その道中は、どこもかしこも、見飽きるくらいに知った光景だ。

幼い頃からこの街で暮らしてきたのだから、住宅地の間にある道だって、その大概は把握している。


いつか明日香と歩いたこともあるし、友人とだべりながら通ったこともある。

そのときと、なにも変わってはいない。


同じ景色のはずだ。


だというのに、青葉越しに見るだけで、どういうわけかカラフルに色づいて、光り輝いて見えるから不思議だった。



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