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第1話 高校時代から連れ添ってきた彼女にあっさり振られました。



『もう別れよ。これからはお互い、新しい人生ってことで綺麗さっぱり終わり! あなただって、せっかくの大学生活楽しみたいでしょ? 都会で楽しくやりましょ』


と。


そんなメッセージが付き合っている彼女、梅野明日香うめの あすかから届いたのは、昨夜のことだった。



まったくもって、突然の通告であった。

それはまるで春の夜の嵐のごとく。


全く予想だにしておらず、スマホを握りしめたまま小一時間固まってしまったくらいだ。


なにせそれは、入学式を終えた当日、唐突に送られてきた。



しかも俺――野上啓人のがみ けいとは彼女に懇願されて、同じ大学に入ることを決めたのだ。

そのために関西から都心に引っ越してもきたし、受験する大学のランクも下げた。


それくらい、彼女と一緒に居たい、同じ四年間を過ごしたいと思っていたからだ。


だというのに、この仕打ちである。

花のキャンパスライフは幕を開けるまでもなく、たった一通のメッセージにより終了を告げられてしまった。


正直、訳が分からなかった。気配もなかったはずだ。

たしかに、明日香は感情の波が激しい時がある。


だが、入学式の前日までは別に変わった様子はなかったし、これまで「別れよう」と言われたことはなかった。


悪い冗談かと思い『なにを言ってるんだ』とすぐに打ち返したが、既読がつくだけで返事はない。



絶望的な気分だった。

そのせいで、夜もろくに眠れない。


そうして目の下を黒くして迎えた朝、俺は着の身着のまま、一人暮らしの1Kを飛び出していた。



もちろん、真意を確かめるためだ。


今日は入学した文学部の社会科ではオリエンテーションと懇親会があったが、そんなことは今どうでもいい。


とにかくキャンパスに行って、なんとしても明日香を見つけて話をする。


それ以外のことは、なにも考えられなかった。







俺が入学した、桂堂大学はそこそこ名前の知れた私立大学だ。


ランクとしてはそこまで高くもないが、歴史は百年近くあり、志す人は多い。

そのうえマンモス校で、たくさんの人が通っている。


そのキャンパスは都会の中心部にあり、御茶ノ水駅からも徒歩数分でアクセスできる好立地にあった。



最寄りの稲荷町駅まで徒歩で10分、そこから電車と徒歩で20分程度、俺は大学構内へと駆け込む。

そうして向かったのは、文学部のオリエンテーション会場ではなく、経済学部の学部塔だった。


明日香は、経済学部に属している。

そして、経済学部でも今日オリエンテーションがあるから、彼女は必ず来る。


その情報だけを頼りに、俺は塔の前で待ち続ける。


「うわ」


そうして粘ること1時間以上、やってきた明日香が俺の顔を見て最初に漏らしたのは、その一言だった。


目が合うなり、彼女はカールさせた薄茶色の髪に目元を隠す。そのまま足早に立ち去っていこうとするから、俺はその白いフリルの袖を反射的に捕まえた。


「ちょっと待てよ、明日香。なんでいきなり別れようだなんて言ったんだ……! この前までは普通に――」


思い余ってすぐに理由を聞こうとするのだけれど、


「もうやめて!!」


金切り声でこう叫ばれてしまったら、続きを言う事は出来なかった。



彼女は視線を逸らしていたところから一転して、眉を寄せ、俺を睨みつける。

思わずたじろいでしまうくらいの迫力だった。


元来目が細いこともあり、明日香が眉にしわを寄せると、かなりきつい印象になる。


身長は彼女が153で、俺が172。

俺の方が高いはずが、その威圧感はまるで見下ろされているかのようだ。


「簡単な話よ。あんたみたいな平凡な男と付き合って大学生活を終えるのが嫌になったの。前から不満もあったし。悪いけど、もう付きまとわないでくれる?」


低く抑えられた声は、明らかに怒りを孕んでいた。


ぐさりと胸を一刺しされたかのように、それで俺は一切の言葉が出なくなる。



なにを言ってるんだ。俺はお前のために志望校まで変えたんだ。これからは二人で大学生活を楽しむはずだろう。


山ほどあった言いたいことが、すべて喉元で消えてなくなる。


そして同時に、あたりからの冷たい視線に気づいた。


そりゃあそうだ。

学部塔の入口でこんな痴話喧嘩をしていたら、邪魔にも思われるだろう。


しかも、これではまるで俺が明日香をストーキングしている男かのような構図だ。

それを理解するや思わず、袖口を掴んでいた手から力が抜けた。


「おい、嘘だろ。俺はお前といるためにここに入ったんだぞ」

「もうそれ、過去の話でしょ。気が変わったの、あたし」

「そんなすぐに変わるのかよ、普通。明日香にとったら、そんなもんかよ」

「悪い? 彼氏がいたほうが高校生活楽しいってだけで、なんとなく付き合ってただけだし」


「じゃあなんで大学まで……」

「それも一人が嫌だっただけ。とにかく、あんたとは終わり。そのダサい服も、はねた頭も、全部生理的に無理になったの。

 だから綺麗さっぱりこれでおしまい。金輪際喋りかけないでくれる? これ以降、私とあなたは無関係。じゃあね」


服も、髪も、いつもはもう少しちゃんとしている。

今日は、焦って出てきたから、こうなっているだけだ。


が、彼女はそんな反論を聞く前に、俺の腕を振り払う。

ため息をついたあと、ヒールを鳴らして立ち去っていった。


俺は惨めなものを見る目にさらされつつも、その姿を茫然と見送る。


そして、見てしまった。

彼女が少し先で、見知らぬ背の高いチャラついた風貌の男子(少し格好いいのが鼻につく)に声をかけられて、よそ向きの取り繕った笑顔を見せていた瞬間を。


俺に向けていた冷え切った視線とは、まったく違う。


「なに、あいつ。きもくね? 髪もぼさぼさだし、曲がったシャツ着てるし。

 あんなんに付きまとわれて、あすか、どういう関係なの?」

「あぁいいのいいの。漣ちゃんは気にしないで、変な男なの♪ さ、オリエンテーション受けよ?」


しかも、耳を疑うような会話を交わしてすらいた。



心が折れる音が、自分の中で聞こえた気がした瞬間だった。


つまりはたぶん、あの男に明日香の心は持っていかれたのだ。一目惚れでもしたのかもしれない。


俺と付き合っていた2年間なんか、彼女にとっては、本当にどうでもいいものでしかなかったのかもしれない。

だって、出会ってたった一日だろう男と天秤にかけて、捨ててしまえるくらいなのだから。


引き留める気も咎める気持ちも、それですっかりと失せてしまった。



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― 新着の感想 ―
 もう、今別れて逆に良かったのかも知れないですね。こう言う屑とは。
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