表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双星のバスタード  作者: 山上真
第一章
45/49

第42話

 アルスの治世になってからというもの、三ヶ月間隔で報告会が開催されている。しかし、その舞台は帝城に限らない。各地の領邦主館とホープスも持ち回りで会場となっている。以前に比べると交通網が発達したのも、それが可能となった一因だ。

 この報告会には複数の目的がある。大きく言えば『支配関係の堅持』と『同胞意識の確立』だ。

 顔も合わさず言葉も交わさずでは、どれだけ強固な関係も時間と共に風化する。それを防ごうと思えば、定期的に顔を合わせて言葉を交わすのは道理と言える。

 しかし、一方的に呼びつけてばかりでは、後者はなかなか育たない。前者は維持できるかもしれないが、歪んだ特権意識を育みかねない。……と、中々の難問だ。

 前帝権でも参内報告はされていたので、その必要性は認識していたと思われる。しかし、そのための整備が追い付かなかったのだろう。或いは、当初は意思の共有がなされていたのかもしれないが、時間の経過と共に薄れていった可能性もある。


「未発達な交通網と、それが齎す不便さ、おまけに宮中に勤める連中の嫌味な態度が鼻につく……といった具合で、実に不毛で不満が溜まる有り様だったよ」


 ――とは大凡の参内者に共通した言であるが、この時点で正常に機能していないのは明らかだ。

 それ故の妥協案が、開催場所の持ち回りだ。これはこれで問題が無いわけではないが、それを言ったら何にだって問題はついて回る。結局はどこかで妥協するしかないのだ。

 とはいえ、強制的な街道整備と、領主や代官への車両貸与により、前帝権よりは市町村の行き来が楽になっているのは否定できない事実である。

 今回の開催地は帝城だ。順番的には別の場所だったが、アルスの強い要望により帝城での開催となった。

 また、基本的に会議の参加者は限られているのだが、こちらもまた例外となっている。……あまり褒められたことでないのは確かだが、時として強権を振るうことが支配権の維持・確立に繋がる面があるのも事実なので、頭から否定するのも難しい。


「さて、まずは感謝と謝罪からさせてもらおう。俺の我儘による開催場所の変更、および参加者の増加、これを受け入れてくれてありがとう。そして巻き込んですまなかったな」


 会議室内で集った面々を見渡したアルスは、頭を下げることから始めた。……こういったアルスの態度に苦言を呈していた者もいなくはないが、今では諦めと共に受け入れられていた。


「お言葉は確かに受け取りましたので、頭をお上げください。それに、前回の報告会の際に通達は受けておりましたし、あくまでも例外的な変更とのこと。然程気にしてはおりませんよ」


 そう言ったのは、クロム・シンクレア辺境伯。現在の北東領邦主だ。同期生の一人、アギトの養父でもある。

 以前の領邦主だったオーランジュは、アルスの治世に変わると同時に領邦主の地位を返上したのである。オーランジュ自身はグロリアスの騎士として今でも元気にやっているが、それはそれ。領邦主を空白にもしておけないため、新たに選ばれた人物だ。

 アギトの補佐を前提にした人選ではあったが、思いの外統治は上手く回っている。……まあ、一気に陞爵する形になったため、本人は気が気でないようだが。

 その後は順次報告が上げられていった。もはやパターンはできあがっているので詰まることはない。


「総評すると……決して問題が無いわけではないですが、概ね好評を受けているという結論になりますね」

「う~む。最初に紙幣制度を導入すると仰られた時はどうなることかと思いましたが……。いやはや、結果を見ると馬鹿に出来たものではありませんな」

「付加価値はともかく、それ自体の価値を比べると紙幣は硬貨に劣ります。それは否定できません。結局は紙でしかないわけですし、記入するスペースもないとあっては尚更です。……しかし、硬貨に比べて軽く、折り畳みもできるためにスペースを取らないのは大きいですし、数を数えるのが楽なのも良いです。売買に携わる者にとってはありがたい限りですね。にも拘らず今まで実用化されてこなかったのは、それ自体の価値が小さいのと、やはり偽造を危惧してのことだと思われます。逆説、そこら辺の問題をどうにかできるのであれば流行らない道理がありません」


 レンが総評を述べると、次に帝城勤務の内政官が紙幣制度に対する感想を述べ、今では御用商人の一人となった同期生のシェリアが紙幣に対する持論を述べた。

 紙幣の場合、所詮は紙なのでそれ自体の価値は小さい。

 だが、硬貨にだって問題が無いわけではない。……例えば金貨。国による製造技術の違いもあるだろうが、メッキ仕様の物もあれば、中身まで金で作られた物もあるのだ。さすがに、これを等価と見なすのは問題がある。

 かといって、わざわざ口出しする意味も薄い。メッキ仕様はともかく、オール金製の硬貨が流れてくる分には、国としては大助かりだからだ。

 現状、帝国はどこの国とも交易をしていないが、それはあくまでも『国』視点での話。商人や商会単位でならば、細々としたやり取りはおこなわれている。

 だからこそ、自国の富が不当に外に流れていくのはどうにか防がなくてはならない。……が、商人に対し『他国と取引をするな』とは言えない。結局は密貿易されるだけだし、取引をする者たちがいるからこそ配下を紛れ込ませるのも容易になるのだ。

 そういった諸々の観点も含めたうえで、紙幣制度は導入されたのである。

 国のトップどころか国自体が変わったのだから、新通貨が導入されてもおかしくはない。……そういう、周囲から理解を得やすい土壌もあった。

 公営の両替所を建て、一日の両替上限を設け、旧硬貨を集めると同時に紙幣と新硬貨をばらまく。紙幣は紙だし、新硬貨はメッキ仕様だ。他国に流れても痛手は少ない。

 その一方、集めた旧硬貨も順次メッキ仕様に切り替えていく。こうすることで、素材自体の格差により国庫は潤っていく。

 詐欺と言えば確かに一種の詐欺ではあるが、そもそもにして通貨は『交換』を潤滑におこなうために存在する。物々交換が順当におこなわれるのであれば、貨幣が介在する余地は薄いのだ。

 だが、狭い市場ならまだしも、範囲が広がれば円満解決は難しい。『あれも欲しい。それも欲しい。でも、自分が提示できるのはこれしかない』という状況は簡単に想像できるし、その状況下で双方が納得して交換できるかと言えば首を傾げざるを得ない。おそらく、そんな光景は珍しくなかった筈だ。

 であるならば、その仲立ちをする要素が求められるのは自明の理だ。AとBの間にCという人物が入ることもあったかもしれないが、毎回そんな人物がいるとは限らないし、希望が噛み合うとも限らない。それ故に、全員にとって『価値ある物』で仲介することにしたのが、貨幣の始まりであるとされている。

 真偽はどうあれ、頷ける部分はある。通貨自体に価値を持たせるのも、そういった成り立ちならばおかしくもない。

 しかし、現状において貨幣制度は広く浸透しているのだ。有って当たり前となっている。

 そんな今の社会において、硬貨その物の価値を認識している者が果たしてどれだけいることか。商人ですら怪しい部分がある。

 である以上、国としては通貨その物に価値を持たせる意味は薄い。そして、通貨の価値を定めるのは国だ。

 可決され、数年の歳月を経た今、結果として表れている。……言葉にすればそれだけのことだ。


「紙幣は他国にも徐々に浸透していますよ。煩雑さから解放されるのは商人にとって嬉しいことですしね。硬貨より軽く、数えやすく、印字額次第で紙幣一枚に硬貨数十枚分の価値を持たせることすら可能とくれば、利用しない商人はいません。デザインや使用されている技術といった付加要素によって価値を持っているのは事実ですので、他国の商人にとっても手に入れる意味はあります」

「そして、商人間で紙幣に対する話は広まり、引いては『上』へと伝わる寸法です。国の上層部としては堪ったものではないでしょうね」


 商人『レイス』としても活動するレイナードとシェリアは、そう言ってクツクツと嗤った。

 現状、紙幣はホープスでしか作れない。デザインやなんやといったガワだけなら人の手でもどうにかできるかもしれないが、偽造防止として組み込まれている『透かし』はホープスの設備を使わないと組み込めないのだ。量産まで加味すれば、尚更ホープス無くして不可能である。……ホープスに頼らず精巧な偽造品を作ろうとすれば、製造艦『ヘパイストス』の力なくしては叶うまい。

 他国の上層部は、そんな紙幣を商人から見せられて――


「現在の帝国では、デザインの変わった硬貨と合わせ、こちらの紙幣が通貨として使われているそうです。わが国も負けてはおられません。是非とも紙幣を導入しましょう!」


 などと言われるわけである。

 正直、『言うは易く行うは難し』の典型例だ。紙幣の導入には同意できたとしても、実現までの道のりは険しい。技術的にもすんなりと真似できる代物ではない。

 それを説明したとして、商人がすんなりと受け入れるかという問題もある。帝国の物とはいえ、紙幣を実際に眼にして手に取ってしまったのだ。絵物語の産物ではなく、現物として存在しているのだ。

 ならば、紙幣に対する欲求は強まって然り。かといって、私鋳銭は法で禁じられている。

 つまり、国の方で何らかの手を打たねばならないわけだが、『どんな手があるというのか?』という話になる。

 木っ端商人の持ち込んだ話であれば無視を決め込むこともできたかもしれないが、国の上層部と会談が叶う時点でそれは望めない。むしろ、上層部まで話が持ってこられた時点で、商人連中は紙幣の使用に意欲的なことを示している。

 商人にとっては銭儲けも大事だが、楽に商売ができる環境も大事なのだ。そして、紙幣があれば楽になるのは間違いない。

 自国では無理だが帝国ならそれが確実となれば拠点を移す者だって現れるだろうし、国などお構いなしに自分たちで紙幣を用意する商人だって現れるかもしれない。法で禁じてそれが順守されるなら、野盗だって居やしないのだ。

 早い話、商人から話を持ち込まれた時点で、混乱が起こるのは確定的なのだ。解決方法は『紙幣の実現』しかあり得ない。だが、自国だけではそれは叶わない。つまり、他国に協力を求めるしかない。確実なのは既に紙幣を実現している帝国だが、今度は『協力の対価をどうする?』という話になる。


「実際、相当混乱は大きいみたいだ。連合然りカークウッド王国然り、秘密裏に寝返りを打診してきた者や帝国に拠点を移した商人も少なくない」


 現在では帝城の主と化しつつあるグロリアスがそう言った。

 アルスが帝城に籠っていたのは帝権が移行してから一~二年ほどで、その後は各地をほっつき歩いている。その間、冒険者として活動したり、機動甲冑の運用試験にも携わったりもした。

 まあ、皇帝になったことで配下が増え、その分だけ人材も豊富になったのは間違いない。分野を限定すれば、アルス以上の人材など数多くいる。そんな状況でアルスが城に籠る意味は薄いのも一理あるのだ。グロリアスはアルスの親族でもあるので、トップ代行を任せるのにも不足はない。

 皇帝らしからぬ振る舞いではあるが、それで実績を挙げているのだからタチが悪いというものだった。


「機は熟したと言えるだろう。数に限りがあるとはいえ機動甲冑は実用化されたし、連合とカークウッド、どちらも混乱の最中にある。……が、二正面作戦は危険性が大きくなるので、まずは連合から攻める。連合相手なら大義名分も用意できるし、併呑中にもカークウッドの混乱は更に加速するから一石二鳥だ」

「なるほど。私たちが呼ばれたのはそれ故でしたか……」


 アルスの決定を聞き、ジュリアスが納得したように呟いた。


「ああ。国の正統性を語る上で、無くてはならない要素というものは必ず存在する。うちの場合は『始祖』となるだろう。……が、当然ながら『始祖』は歴史上の人物は。本人はとっくに御臨終されている。だからこそ、その代替要素を『血統』や『特殊性』に求めた。前帝権の皇族が前者、俺が後者だな」

「その点で言えば、連合の正統性を証明するのは『精霊と契約を交わした英雄』ということになるのでしょう。まあ、本人は帝国の始祖と同様とっくに御臨終されてますが、末裔となれば話は別です。そして帝国との違いは、『血統』と『特殊性』の両立が可能ということでしょうね。定期的に、前者の中から後者を帯びた者が現れる。であるならば、前者だけでは片手落ちです」

「そして、連合の中軸である『英雄の興した国』も、弓の『アウル』、槍の『クラウス』、剣の『イザーク』、杖の『ブラギ』、神炎の『ベルトマー』、神風の『シレジア』、神雷の『トード』は神器とセットで帝国の勢力下にある」

「また、神器と国こそ連合に所属したままですが、槍の『レンスター』、剣の『アストリア』、聖光の『ユグドラシル』は象徴足り得る存在が帝国に属しています」


 アルスを皮切りに、ジュリアス、ファウル、サリウスが口を開く。

 連合関連の情報には疎かった面々も、それを聞けば理解と納得を示す。


「うん。改めて思ったけど、今の連合に正当性ってあるのかな? いや、その『英雄』とやらが全部で何人いたのかは知らないし、何家が存続しているのかも知らないけど、ユグドラシルが連合の宗主国だってのは耳にしてるからさ」

「実際のところ、英雄が全部で何人いたかも分からんのが現実だ。我らとしても、伝えられた話と神器から認識しているだけだしな。『英雄』の全員が国を興したとも限らなければ、歴史から消された存在があってもおかしくはない。……簡単に思いつくところだと、水の魔法、地の魔法、闇の魔法に関してだな」

「また、剣でも複数、槍でも二家が言及されているのだから、武器に関してはそれ以上あっても不思議はない」


 グロリアスの疑問に対し、ラバンとガイウスが補足を入れた。二人の言は、確かに一定の説得力がある。


「しかし、それを除けば――つまり、私たちの知る限りにおいては、実に半数以上が帝国に与していることになるな。まあ、神器の担い手は当代に一人だけとは限らないので、『レンスター』、『アストリア』、『ユグドラシル』は正当性を維持している可能性も否定はできないが……」


 そこにマティークが更なる補足を入れた。


「当然、その逆もあり得るわけね。まあ、結果は変わらないけど……。さっきも話題に上ったけど、正当性を語るうえで、特に連合の中軸国は血統だけだと片手落ち。なので、名分としては『連合ではなく、その三家に介入する』という形を取るべきでしょう。他国の正当血統にして継承資格者が自国にいるんですもの。他国のこととはいえ、正当な人物を正当な位置に据えようと動くのは、国としてもおかしくはないわ。向こうがこちらの動きに異を唱えるようなら、向こうもまた正当性を証明すれば良いだけのこと。それができないのであれば、所詮は『負け犬の遠吠え』に過ぎない」


 レンが結論を述べた。

 結局のところ、戦端が開かれるのは織り込み済みなのだ。ただ、実際にそうなる可能性を減らし、戦端が開かれてもこちらの被害が最小で済むように、ここまで回りくどい手を打ったのである。

 紙幣で商人を揺さぶり、正当性で国民を揺さぶる。そうすることで、引いては国王を揺さぶる。

 尚も負けん気を保つことができるものか。気概を持てたとして、撥ね退けることが現実に可能なのか。そうすることが、本当に国民のためになるのか。……国王なればこそ、様々なモノを秤にかけた上で結論を下さなければならない。


「素直に降ってくれれば、こちらとしてはありがたいんだけどな……」


 追い詰めるべく指示を下した張本人は、そうと感じさせない態度で溜息を吐くのであった。

感想・評価お願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ