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双星のバスタード  作者: 山上真
序章
18/49

第15話

 ルーら反乱軍のメンバーを仲間に加えたアルスたちだったが、だからといって即座に出立できるわけでもない。行動を共にする以上、実力を始め諸々確認しておく必要がある。

 それを怠ってしまえば適切な運用などできる筈もなく、待っているのは敗北である。アルスたちの場合、前線メンバーは少数精鋭を謳っているのだから尚更だ。むしろ、少数精鋭だからこそ方針を周知徹底しておく必要がある。

 なにせルーたちは――ルーたちに限ったことではないが、アルス軍は身分ある立場の者が大半を占める。元々のメンバーがメンバーだから仕方ない。

 旧帝国のそれが新帝国で完全に通用するわけではないが、新帝たるアルスとしても働きには報いる必要があるし、それに際して最も簡単な方法は爵位なり領地なりの授与となる。である以上、やはり貴族家の子弟に対しては今の内から『準貴族』として扱っておく方が妥当なのだ。

 その一方、身分が低かろうとも能力のある者を雑用で終わらせる理由もない。才ある者に対しては、その才を振るうに過不足ない立場を与えているし約束している。

 何だかんだ言ってアルス軍は若年層が大半を占めており、必然的に『名』と『実』を兼ね備えている者など少ない。現状では、あくまでも狭い範囲だから通用しているに過ぎないのだ。

 だが、そんな狭い範囲であろうとも、派閥ができることに違いはない。本人の意向がどうあれ、少なくとも『名』派と『実』派ができることは事実である。

 この問題に何の手も打たずに放置しておけば、やはり遅かれ早かれ内部崩壊を齎すだろう。だからこそ、方針の周知と受け入れは徹底しておく必要がある。

 また、先々のことになってしまうが、一国の『頂点』に立つ者としてアルスにはアルスなりの展望がある。しかし、現状のままでは実行するに当たり『信の置ける』人員が不足していると言わざるを得ない。

 それを補う最も合理的な方法は、とにかく『下』からの信望を得ることだ。

 同時に、層の厚みを増していくことが挙げられる。トップが優れているに越したことはないが、何でもかんでも優れている必要はないのだ。

 実際、反乱軍の首魁に据えられたルーだったが、反乱軍メンバーの中には要所要所でルーより能力が優れている者も多く、そういった者は平民であっても幹部に据えられていた。そしてそれは、アルス軍も同じである。

 とはいえ、元々の方針が似ていても、同じ組織ではないのだから違いがあって然りである。特に、一般市民が大を占める反乱軍と、貴族家の子弟が大を占めるアルス軍では、許容範囲も違ってくる。

 つまり、情理両面の問題から、調整に時間がかかるのは必然であったのだ。


 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢


「しっかしまあ、一時はどうなるかと思ったけど、案外居心地がいいもんだ。とてもじゃないが、子弟とはいえ貴族のお偉いさん方が主体の組織とは思えねえな」


 食堂にて、用意された昼食を掻っ込みながらそう言うのは、粗野な雰囲気を漂わせる青年であった。名をオージン。平民の出であるが、反乱軍においては幹部に据えられていた。ルーとの仲も良好だ。


「お前な……。気持ちは分からんでもないが、そんなことをこんな場所で大声で話す奴がいるか。新帝軍からの俺たちへの呆れは、引いてはルー殿への呆れに繋がりかねないんだぞ」


 ごつんとオージンの頭を叩きつつ、呆れた表情でそう言うのは、こちらも一人の青年だった。名をハルバン。彼もまた平民の出であり、反乱軍では同様に幹部を務めていた。


「そうそう。そりゃあ私たちは良くも悪くもアンタのことを知っているし、その分だけ受け止めるに支障はないけど、それは時間の積み重ねがあってのこと。ここじゃあ私たちは新参なんだから、当面は色々と注意していかないとダメでしょうが」


 ハルバン同様に呆れを隠さずに言ったのは一人の少女だった。名をターニャといい、若干男勝りな部分がある。幼馴染ということもあってかオージンやハルバンと仲がよく、とりわけオージンとの関係は周りから度々『夫婦』と冷やかされている。

 普段であれば『売り言葉に買い言葉』なオージンも、さすがに思うところがあるのかおとなしい。


「そりゃあ、そうなんだろうけどよ……」


 その証拠に、オージンの口から零れる文句は弱々しかった。


「そういった考えと、そのための努力を否定はせんが、普段から無理をするほどのことではないぞ。必要以上にストレスが溜まるようなら素のままでも結構だ。それもまた個性だからな。――まあ、儀礼的なものが優先される場面ではそうも言ってられないが……」

「何事にも長所と短所があって然りだし、物事に対する見方だって様々だからね。『新参者』として弁えようという考えは間違いではないし、『仲間』になったんだからと素のままで接するのも間違いではない。ただ、どちらにも別種の問題が付随するだけで。けど、それとて環境や状況次第ではあるけど、決して解決できないわけではない。少なくとも、私たちの許容範囲は意外と広いつもりだよ?」


 そこに更なる乱入者。まあ、場所が食堂であるのだから人が増えてもおかしくはない。


「たしか、リウイ殿とセリカさんでしたか?」

「ああ、それで合ってる。……まだ俺たちが合流して短くはあるが、現状ではお前たちの言動について問題視されてはいない。その点は保証しよう」

「まだこの領邦内に留まってやることは色々あるだろうし、その間に少しでも互いの距離を縮められたらと思うよ」

「……そう言ってくれるんだ」

「まあ、俺とセリカ、そしてアルスにとってはその方が楽というのも大きいけどな。何せ俺たちは貴族家の生まれではあるが、その事実を知らずに育ったもんだから平民根性が染みついてんだわ。……アルスに巻き込まれる形でホープスで生活することになり、その過程で色々と学習したり体験もした。悲喜交々だったし、ためになったのを否定するつもりはないが、やっぱ面倒に感じるものは面倒でな。理解を示すことはできるが、納得しきれているわけではないことも中にはある」

「まあ、その最たるものが儀礼系なんだけどね。……アルスは『新帝』として起った。その時点で、私たちとは『立場』が違う。臣下として弁えるのが正しい。――その一方で、私、リウイ、アルスの三人が幼馴染で仲がいいのも否定できない事実。なら、変わらず幼馴染として、友人として接するのも間違いではないでしょ?」


 リウイ、セリカの二人が他の面々と決定的に違うのは、アルスとの距離感だ。理だけで簡単に修正できるほど、培った関係は軽くない。同時、情のみを優先できるほど子供ではなくなった。


「お前たちがルー殿やマリーさん、オルエンさんらに向ける態度と然程変わらんさ」


 そう言われれば、オージンらも理解できた。

 確かに、ルー、マリー、オルエンは貴族の出だ。だが、自分たちの仲間であり友人でもある。そこについて、部外者からどうこう言われる筋合いはない。……そう思っている。

 貴族というならクロードもそうだが、同じ反乱軍メンバーではあっても付き合いは短い。そのため、構築された関係性も今一つだ。あくまでも『仲間』に向けるものでしかない。

 アルスたちとの関係は更に薄い。あくまでも行動を共にしているだけだ。……少なくとも、現状ではそういう心持ちの方が強い。

 また、反乱軍のメンバーは平民が多く、経緯が経緯故に貴族を快く思っていない。というより、信じていた分だけ裏切られた感が強い。あくまでも、自分たちに味方してくれたルーらが特別で例外なのだ。

 ラバンを始めとする領主らにも事情と考えがあり、それ故の苦渋の選択だったことは説明を受けている。それを理解はしたし、一日でも早く受け入れようと努力はしているが、やはり一朝一夕ではいかない。

 自分たちの領主として一定の信を置いていたラバンにさえそうなのだから、ぽっと出のアルスらに対しては言わずもがなだ。彼らの登場で事態は比較的平穏な進展を見せたが、それはそれだ。

 リウイとセリカは、ハルバンらのそんな心情を否定しておらず、むしろ受け入れている。そのうえで、交流を深め関係を縮めたいと言っている。


「そう、だな。『新参者として弁える』と言えば聞こえは良いが、裏を返せば『壁を作っている』のと同じだ。共に行動を続けていくのなら、いつまでもそれでは確かに問題となるだろう。すぐには難しいが、少しずつでも変えていきたいと思う。……だから、改めてよろしく頼む。リウイ、セリカ」


 ハルバンはそう言って片手を差し出した。

 思えば、オージンは言われるまでもなくそのことを理解していたのだろう。雰囲気そのままに粗野な言動が目立つオージンだが、物事の重点を感覚的に掴むのは上手い。……などと、オージンへの感心を深めながら。

 相方のオージンが直情径行型の人間であることもあり、ハルバンは冷静を心掛けているが、だからこそ後手に回ることも多い。それを悪いとは思わないし言わないが、物事によりけりであるのもまた確か。少なくとも、こうして向こうから面と向かって言われなければ、暫くの間は警戒が先に立っていただろう。『新参者』という立場を言い訳にして。


「こちらこそよろしく頼む」


 答え、リウイがハルバンの手を握った。それ以外も順次握手を交わしていく。……少なくとも、これで壁の一つは無くなったと考えていいだろう。


 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢


 ドウン。ドウン。

 蒼天の下、雷が降り注ぐ。雷の魔法だ。繰り手は反乱軍の幹部、オルエン。

 降り注いだ雷は用意された的に過たず命中、例外なく黒焦げにしていく。


「見事なものだ。基礎魔法でこれか……」


 どちらかと言えば白兵戦を得手とするメンバーが多いアルス軍だが、その者たちも決して魔法を使えないわけではないし、むしろ魔法を得手とする者もいないではない。

 しかし、人員不足という実情と、魔法技能者の傾向から、実戦参加は見送る傾向が強かった。何せ、魔法技能者は肉体能力的に劣っている場合が多いのだ。

 本人の努力と訓練次第で底上げも対応もできるが、なればこそ実戦参加は問題ない程度に身体能力が育ってからでいい。……それがアルスの考えであり、周りも特に否定することはなかった。

 アルス軍は元々が突発的な結成であり、人員不足は初期からのもの。そして本人の適性にもよるが、魔法は戦闘以外にも使い道がある。である以上、無理に実戦に参加させ人員を損なうことこそを危惧したのだ。

 そんな経緯もあり、アルス軍の魔法技能者はある意味でアンバランスな成長を遂げているのが実情だった。

 たとえ同じ魔法であっても、その効果は人によって異なる。本人の適性、保有魔力、技量……実に様々なものの影響を受ける。

 基礎魔法は各属性で使いやすいものが区分されているが、使いやすいだけにその威力はお察しである。

 そんな基礎魔法で次々と黒焦げにしていくのだから、こと雷魔法に限っては、オルエンが優れた術士であることを否定する要素がない。

 それに比べ、アルス軍は散々なものだった。威力はあっても的に命中させられなかったり、命中させられても威力が足りなかったり、発動自体に時間がかかったり。……後方支援主体とはいえ、よくもまあ、これで今まで乗り越えてこられたものだ。


「さすがに、これを目の当たりにすると今までの方針を変えざるを得んな。……オルエンには魔法士部隊を任せる。上手いこと育て、使ってみてくれ」

「ッ!? ……いきなりですね。いいのですか、私は新参ですよ?」

「生憎とうちの軍は実用可能な魔法戦闘者が少ないんだ。少数の該当者は、軒並み魔法戦闘がメインではないときた。そんな状況で、使える人材を遊ばせておく余裕はないよ。最初から高望みはしないから、どうにかやってみてくれ」


 正直なところ、アルスもリウイもセリカも、適性属性こそ違うものの十分に魔法戦闘者としての一面を持っている。しかし彼らの場合、必ずしも魔法戦闘に拘る必要がない。

 それを言えば、剣を使えるオルエンもそうなのだが、そこは『新参』故の立場の低さが可能とした。あくまでも反乱軍はアルス軍に吸収された形となり、主体はアルス軍なのだ。反乱軍側の意見を蔑ろにするわけではないが、内容次第でアルスの意見を優先させることはできる。

 今回であれば、反乱軍は『反乱軍』という一つの部隊として使うことは可能だった。付き合いの短さを鑑みれば、むしろその方が妥当だろう。必然、兵種から何から違うために遊撃部隊としての扱いになるだろうが。

 それを悪いとは言わないが、それが定着してしまう恐れと、それ故に『壁が消えない』という事態が起こる可能性を否定できなかったのだ。

 結果、混成部隊を作ると決めたはいいものの、初期からアルス軍にいる者だけが部隊リーダーとなっては、それはそれでしこりが残る。そのために白羽の矢が立ったのがオルエンというわけだ。……魔法技能者による戦闘部隊であれば、リーダーの枠が開いていたという実情もある。


「……かしこまりました。つきましては、もともと私には副官がいるのですが、そちらからも用意していただいてよろしいですか?」


 オルエンの希望は順当なものだった。オルエンをリーダーに据えるのは融和策の一環だが、アルス軍において彼女が新参であるのも事実。そのうえで副官まで反乱軍のメンバーで固めてしまえば、今度はアルス軍側から不満が出かねない。である以上、元々の副官は据え置きのまま、アルス軍からも副官を宛がうのが最善だ。

 また、そうすることにより、きちんと交流をおこないさえすれば、齟齬をきたす可能性を削減できる。

 言われるまでもなく自分から察して希望する辺り、オルエンは優秀だった。


「分かった。後ほど挨拶に行かせよう」


 こうして、アルス軍に魔法戦闘部隊が用意されることとなった。

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