第14話
北方の小国連合に対する前線砦。その一室で帝国正規軍と反乱軍、そして新帝軍の面子が顔を合わせていた。
「さて。此度はこちらの呼びかけに応えてくれて感謝する。まずは自己紹介をおこないたいと思うが如何だろうか?」
「それが妥当であろうな。見知った顔が多いのは事実だが、こちらはそちらのことをよく知らず、逆もまた然りだろう」
アルスの言葉に答えたのは、むっつりとした表情で目を閉じているラバン・クラウス伯爵だった。北西領邦において武名高き人物である。特に攻勢に転じた際のそれは一入で、小国連合でも恐れられている。
「こちらも異存はありません」
次いで、反乱軍の首魁、ルー・クラウス伯爵子息。
この場に同席する他の面々も次々と同意する。声に出す者もいれば、無言のまま頷く者もいたりと様々だったが。
「ありがとう。では、陣営毎にやっていこうと思う。まあ、中には所属の怪しい者もいるが、むしろ、それだけ状況が逼迫していると受け止めてもらいたい」
アルスの言葉に対し、分かりやすい形で疑問を表情に出す者もいたが、それを声に出す者はいなかった。
「では俺から。名はアルス・ブルーアース。南西領邦はクサナギ公爵家の生まれで、今は『新帝』を称している。これは血統に依るものではなく、始祖と同じ特殊性を根拠としているものだ。……元々は俺ではなくレオンハルト皇子殿下を旗頭として第一皇子派による一斉蜂起の解決に当たる予定だったが、その混乱を目の当たりにした結果、他ならぬレオンハルト皇子殿下が『それでは足りない』という結論を出し、代わりに俺が旗頭となった。アンナ皇女殿下と婚姻を結び、俺は西回りで北上し、彼女は俺の名代として東回りで北上している。途上、南西領邦と西方領邦は俺に協力を誓い、先日はこの北西領邦を治めるヘクトル侯爵もまた俺に協力を約した」
アルスの言葉を受け、ヘクトル侯爵へと視線が向かう。
「事実だ。先日、私はアルス新帝陛下の器を認め、恭順を誓った。むしろ、この状況下で帝国に忠誠を果たす意味も薄いのでな。……だってそうだろう? 皇帝と第一皇子の思惑は知らんが、蜂起のタイミングが揃っていたことからして、ある程度意図したものであるのは間違いない。にも拘らず、私には何の連絡も無かったのだ。領邦の一部分とはいえ、いつ北から攻められるかも分からぬ領地を預かっている私にだ。挙句の果て、補給まで滞っているときた。……この状況を前向きに捉えるなら、『能力を認めるが故に連絡を取らなかった』と言うこともできよう。だが、さしもの私もそこまで前向きにはなれんよ。それよりは『篩にかけられた』、『切り捨てられた』と考える方が道理だ。強い権力を持つ貴族も増え過ぎたため、昨今は皇帝の意向も通りにくくなっているのでな。あくまでも仮定に過ぎんが、風通しを良くしようと図ってもおかしくはない。それが皇帝と第一皇子の共謀か、或いは片方が片方に相乗りした結果かは分からんがな」
ヘクトル侯爵の言葉を聞き、それぞれが唸る。
侯爵の言葉は、この状況下でそれぞれが一度は考えつつも、何だかんだと理由をつけて言い訳してきた事柄を指し示していたからだ。だが、他ならぬ侯爵が言及した――してしまった以上、いつまでも目を逸らし続けるわけにはいかなくなった。
「ああ、すまない。まずは自己紹介からだったな。名はバッツ・ヘクトル。アヴァロン帝国からは北西領邦と侯爵位を与えられていた」
北西領邦の一同が考える中、ヘクトル侯爵は申し訳程度に謝り、簡単な自己紹介をおこなった。
「リウイ・ヤサカ。アルスの幼馴染だ」
「同じく、セリカ・ヤタ。……まあ私もリウイもアルスもそうだけど、家の――と言うよりは領の方針で貴族教育は受けていないので、その点はご了承をお願いするわ」
次いで、リウイとセリカが。どちらも家名を名乗っているが、言葉通り、貴族教育など受けてはいない。それでも家名を名乗っているのは、今現在おこなっているのが『会談』であり、である以上、立場を明確にした方が都合が良いからだ。
八大領邦の一角を治めるクサナギ公爵家が誇る両輪。それこそがヤタ伯爵家とヤサカ伯爵家である。その立場もあって、実態はともかく名は領外にまで届いている。
アルス陣営の自己紹介はこれで終わりを迎えた。……人数が多過ぎても話はスムーズに進まないため、会談の参加者は一陣営辺り多くても五人前後と予め定めていた。室内にはそれ以上の人数がいるが、言ってしまえばオマケである。護衛だったり書記だったり、或いは興味本位だったりと内訳はいろいろだが。
「北西領邦麾下、クラウス伯爵家当主、ラバンだ」
「同じく、北西領邦麾下、ラキア伯爵家当主、ハンニバルと申す。……まあ、もはやこの名乗りが正しいのかは分かりかねますが」
「まさしく。とはいえ、分かりやすさ重視ということで使わせてもらいますが。私は北西領邦麾下、ベルトマー伯爵家当主のサリウスと申します」
「北西領邦麾下、イザーク伯爵家当主、ガイウス」
「北西領邦麾下、トード伯爵家当主のラインハルトです」
次に名乗ったのは正規軍の面々。年齢の差異は激しいが、それぞれが歴戦の当主に相応しい『圧』を放っている。
「それでは私たちですね。私は反乱軍の首魁を務めているルーと申します。同時に、そちらのクラウス伯爵の息子でもあります」
「私はマリー。反乱軍のメンバーで、そっちのガイウスの娘」
「私はマティーク。北西領邦麾下、シレジア伯爵家の当主ですが、思うところあって反乱軍に加わりました」
「私はオルエン。ラインハルトの妹ですが、マティーク同様に思うところがあってルーたちに協力することを選びました」
「最後は僕ですね。クロードといいまして、北方領邦はブラギ侯爵家の子です。平たく言うと僕がルーを起たせたため、こちら側の席に着いています。……とはいえ、立ち位置を正確に言うと新帝派になるのでしょうが。僕はアルスの同期生であり、一斉蜂起の件に対する情報収集を兼ねて里帰りしたんですが、待ち受けていたのは『近隣で領民が不満を募らせつつある』という状況でした。それも、日増しに悪化していくというオマケ付きです。隣領ですが、距離が近く無縁でいられないため、介入することにしたわけです。民衆に暴発されるよりは、旗頭を用意した方がまだマシですから。……伝手を使って小国連合に欺瞞情報を流してはいますが、そもそもが苦肉の策。いつまで時間が稼げるかは怪しいのが正直なところでしたので、アルスたちが到着してくれて本当に嬉しいですよ」
そして反乱軍が。
前情報通り、そのメンバーの多くが正規軍のメンバーと親族関係にある。……が、その例外がクロードだった。アルス自身、ここでその姿を目にした時には正直に言って驚いた。
クロードの言葉にそれぞれが浮かべる表情は千差万別だ。また、反乱軍内にも事情を周知しているわけではなかったのか、マリーを始めとする反乱軍のメンバーに詰め寄られているクロードの姿が見える。
自己紹介でありながら、場合によってはそれ以上の情報が齎されたこともあり、場が落ち着くには暫くの時間が必要となった。
「さて。自己紹介だけで結構な時間を使ってしまったが、本題は単刀直入に済ませたい。……アルスといったか。俺たちとしては、お前が新帝を名乗ろうが、そこについてはどうでもいい。重要なのは、俺たちに対して支援をおこなう気があるかどうかだ。……フン。わざわざこうしてここまで出張ってきたんだ。帝国に替わり俺たちを傘下に加えるつもりなのだろう」
ラバンがアルスに向けたその言葉は、質問の態こそ取っているものの断定に等しかった。
「持って回ったやり取りをしなくて済むのは、こちらとしてもありがたい。……その言葉に対する返事は肯定だ。それで、こちらが『支援する』と言えば、そちらはおとなしく傘下に加わってくれるのかな?」
「ああ。俺たちが何より大事なのは、それぞれの治める領地であり領民だ。そこに害がないのなら、帝国がどうなろうと知ったことではないし、『上』に立つのが誰であろうと構わん。独立できるならそれに越したことはないが、隆盛させることができないなら意味はない。そして現状では、独立したところで長続きはせん。攻め潰されて終わりだ。相手が帝国になるか連合になるか、それともお前たちになるかの違いがあるだけでな」
アルスの質問に、ラバンは頷いて答えた。その言葉からは、帝国に対する忠誠心など微塵も感じられない。
「そう言うのなら、領民に対して何であんな苛政をするんだ!? あのままでは、滅ぼされる前に自滅してしまうじゃないか! 実際、領民からクラウス伯爵家に――いや、父さんに対する信望は低下の一途を辿り、現状では無きに等しいんだぞ! 僕が反乱軍の側についたから、危ういバランスで保たれているようなものだ!」
勢いよくテーブルに手を突いて立ち上がり、我慢できないといった様子でルーが叫んだ。
ラバンは横目で見やるだけで、返事をしない。それを受け、ルーは全身をワナワナと震わせる。
「まあ、落ち着いてくださいルー殿。立場的にはクラウス伯の味方となる私の言では素直に受け止められないかもしれませんが、きちんとした理由があるのですよ」
「まず、第一皇子派の行動によって、俺たちは支援を絶たれることとなった。正直に言って由々しき事態だ。俺たちは自領の統治だけではなく、国境の防衛も担っている。それだけで他に比べて軍費が嵩む。自領の税金だけでは到底足りん。支援があったからやってこれたのだ」
サリウスがルーを宥め、ガイウスが続いた。
ガイウスの言葉は事実だ。他領とて治安活動で軍費を必要とするが、その対象は魔物や賊だ。よっぽどでない限り、『軍勢』に備える必要はない。
まあ、魔物にしろ賊にしろ、『軍勢』の規模まで膨らむことがないではないが、そうなる確率はかなり低い。普段からしっかりと間引いていれば、その心配は無いに等しい。
何故なら、この世界は現実だからだ。RPGのように『短時間』で『連続的』に、しかも『無限』に湧き出ることはない。
確かに魔物や賊も困ったものだが、より被害を齎すのは『軍勢』であることも否定できない事実だ。
「私たちは、一種の『呪い』を受けているのです。私たちの領地は今でこそ帝国領土の一部ですが、元々は小さくとも国だったのですよ。……そう。北方連合のお仲間だったのです。中には主家が亡び、家臣筋が家門を継承した家もあります。我が『トード』もその例に洩れません。なればこそ、その名と、そこに込められた想いは、常に重圧となって降りかかっています」
「帝国に組み込まれ、元のそれから領地を減らされ、下げたくもない頭を下げ、誓いたくもない忠誠を誓い、されどその無念を表に出すことはなく、そうして元のそれまで領地を取り戻したのだ。……当主を継承するに当たり、代々の意思、無念、苦衷を知らされれば、そうそう無下にできるものではない」
「そしてそのような経緯がある故に、帝国は決して我らを信用していないし、我らも信用しておらん。しかし、その分だけ侯爵への恩はある。時間はかかれども陞爵してくれ、元々の領地まで与えてくれたのだからな。その点については我らも感謝しているのだ。しかし、あくまでも侯爵への恩なのだ。……現在の皇族は我らの顔を知らんし、我らも面識はない。そのような相手をどうして信じられる? 信じられんさ。実際、以前に比べれば支援も減少している。まあ、そこに皇族の意思が絡んでいるのかは分からんが、中央の意思は絡んでいるだろう。武功は分かりやすい功績だからな。我らが他国を攻め落とせば、その分だけ我らと我らを指揮下に収める侯爵の待遇を上げねばならん。中央はそれを嫌っておるのだろうよ。防衛だけ、それも小競り合いに等しいものであれば、そこまで功を加算せずに済むからな」
「そのような裏事情、知っている者の方が少ないですからね。歴史を知っている者はいるでしょうが、多くにとっては『歴史的事実』に過ぎません。それは連合も同様です。今となっては流れた血が多すぎますし、連合の中に私たちの協力要請に応える国は無きに等しいでしょう。混乱に乗じて私たちが帝国に反旗を翻そうと思っても、それには後方が脅かされない前提が無ければなりません。そして私たちには、その『前提』を用意することができません」
「むしろ、連合はこれ幸いと攻め込んでくる可能性の方が高かった。何せ帝国全体がガタガタしているんだからな。普段から定期的に攻めかかってくる分、余裕が無いのは向こうも同じだろうが、『攻め落とせれば十分にお釣りがくる』と考えない保証は無かった。……である以上、予算に余裕が無かろうとも国境の防備を固める必要があったし、同時に、実際に攻め込まれないように手を打つ必要もあった。いつ状況が解決するかも分からん以上、連続で攻め込まれたら敗北は必至だからな。領民を苦しめることになろうとも、他国に蹂躙されるよりはマシだと、俺たちは苦渋の決断をするしかなかった。そして、事情を知る者だけで相談した結果、俺とクラウス伯が矢面に立つことにした。元から俺たちは攻撃型の人間だからな。周りから違和感を持たれる可能性は少ないと踏んだ」
「だが、違和感を持たれぬからと言って、領民の信望がゼロになっては意味が無い。少なくとも、両家に対する信望を維持する必要があった。それ故の反乱軍設立であり、幹部メンバーだ。その家の者が反乱軍として起つならば、それだけ不満は当主に向かうからな」
「その一方で、連合に対する欺瞞情報に信憑性を持たせるための人選でもあります。先も話題に出ましたが、連合の中にもこちらの事情を歴史的事実として認識している者はいるんです。その者にとって、この状況はどう映るでしょうか? 確かに帝国全土はゴタゴタしています。それに伴い、忌々しい『壁』は自領に圧政をおこないました。であるならば、反乱がおこるのも道理というもの。……ですが、その反乱が組織だったものであり、幹部格が当主本人だったり、当主の親族だったりすればどうでしょう。途端に怪しく映ります。『自分たちを誘っているのではないか?』と考えるのは妥当であり、一度そう思ってしまえば、どこまでもそう思えてくるでしょう」
次々と語られるネタ晴らし。これに関しては反乱軍の首魁であるルーはおろか幹部のマリーやオルエンも知らなかったようで、呆然としている。
無理もないだろう。当主の苦渋を知らなかったこともあるが、同じ反乱軍幹部である筈のマティークとクロードも絡んでいたのだから。
「まあ、そんなわけでな。支援を約束してくれるならば、我らは頭を垂れることに否はない。……それで、どうだ新帝よ?」
「約束しよう。……だが、支援するにも限度があることを理解いただきたい」
「それは当然だろう。とはいえ、高望みはしないが、手付には期待したいところだな」
クツクツと嗤いながら言ってのけるラバン。何とも偽悪的である。
「取り敢えず用意はしている。期待に沿えればいいんだがな……。侯爵」
「ええ。……どうぞ。私の意見も加味した結果です」
侯爵が物資の内訳を記載した用紙を渡す。
「ほう?」
用紙に目を通したラバンは、驚きの声を洩らし、他の当主へと紙を回す。
それが一巡した後、再度ラバンが口を開いた。
「……この内容に嘘はあるまいな?」
「そこについては断言しよう」
眼光鋭くラバンが問い、アルスは真っ向から受け止めて返事をする。
ラバンらは顔を見渡し合い、頷きを一つ。
「承知した。では、今この時を以て、我らはアルス新帝陛下に頭を垂れよう。……だが忘れるな。決して忠誠を誓うわけではないことを」
「当然だな。会ったばかりでそう簡単に忠誠を誓える筈がない。今後は精々恩を売らせてもらうさ」
「フン。……さて。新帝陛下からの支援もあったことだ。早速領民に謝罪し、還元しなくてはならんな。……それで、お前たちはどうするのだ?」
水を向けられ、そこでルーたちは正気を取り戻した。怒涛の展開に置いてきぼりを食らっていたのである。
「苛政が解除されるのであれば、反乱軍として起ち続ける意味もありません。……そうですね、新帝陛下に同行しようかと」
「ほう?」
「これからは『上』に立つ者が替わる。その事実を民衆に分かりやすい形で示すことにも繋がるかと思います。少なくとも、結果として領民の反感を買うことになってしまった父上とガイウス殿に限っては、早期の当主交代が必要でしょう。ですが、今時点で当主を交代したところで、私たちにあるのは意気込みだけ。圧倒的に経験不足なのが実情です。これでは統治も防衛もままなりません。そのため、『実』を持つ父上たちは領地の留守を預かり、私たちは陛下に同行してこれを助けながら経験を積む。そして、一段落した暁には私とマリーに当主を交代する。そのように説明しておけば領民も理解を示してくれるものと思います」
ルーの言葉は、領民の善性を信じればこそのものだった。根っこの部分では、まだラバンとガイウスを信じている筈だと。
だとしても、圧政をおこなった者を信じきることは難しい。だからこそ、新帝の名の下に当主の交代を確約する。
言行を一致させれば、領民から新帝に対する信望が増すことにも繋がるので、アルスにとっても悪くはない。
また、反乱軍のメンバーが加わってくれれば、人手不足のアルスたちとしても助かるのは事実だ。
「……ということらしいが、どうだ、新帝よ」
「こちらとしてはそれで構わない。何かと人手不足なのは事実でね。同行者が増えるのはありがたい限りだ」
「申し訳ないが、俺は同行できない。反乱軍の一員ではあるが、その一方で当主であるのも事実なのでな。それに、別領とはいえ反乱軍に味方した当主が残っていれば、イザーク領とクラウス領の民衆も少しは安心できるだろう」
横からマティークが口を挿んだ。言ってることは尤もなので、誰も否とは言わなかった。
「そうか……。『風の勇者』と名高きマティークがついてきてくれないのは残念だが、状況を鑑みれば無理も言えないか……。すまないが、領民たちのことを頼む」
「承知した。お前たちも気を付けて行ってこい。武運を祈っている」
こうして、北西領邦における反乱軍問題は解決し、アルス軍はその層を増したのであった。
名前に困った結果、大半をFEから持ってきた回です。中には元ネタまんまなキャラも。やっぱり不味いですかね?