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双星のバスタード  作者: 山上真
序章
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第13話

「……反乱軍?」


 北西領邦の主、ヘクトル侯爵から話を聞いたアルスは思わず訊き返した。それに対し、ヘクトル侯爵は冷静に返す。


「ああ。とはいえ、今となってはそう呼ぶのが正しいかどうかは分からんがね。何せ立場が変われば見方や捉え方も違って然りだ。皇帝陛下より帝国領土の一部を預かる者としてはそう評して然りだが、今の私は貴殿に協力を誓った身だ。であるならば、一概に呼ぶことはできないだろう」


 前提として、帝国が他国から攻め入られるとするならば北方か東方に限られる。そして、東方は長らく沈黙を保っているが、北方は小競り合いが度々起こる。

 北方は小国の連合体だが、意思の疎通が上手くいっていないのだろう。帝国から攻め寄せた際には一致団結して迎撃に当たるくせに、向こうから攻め寄せる場合には抜け駆けや独断専行が横行するらしい。

 そのため、北方を支配下に収めようとすれば、まず向こうに手を出させ、凌いだ直後に逆撃。勢いのままに攻め込み呑み込むのが常套手段とのこと。


「麾下のことだからね。矢面に立ってくれる者たちには感謝もしているが、領主によって考え方に違いがあるのも然りなんだ」 


 防衛、或いは攻勢の要である以上、国境は『攻め上手』や『護り上手』に任せているらしい。無論、『バランス型』の領主もいる。普通に納得できることではあるが、領主本人の気質もまたそれに準じているのが問題とのこと。


「あ~、もしかして内政格差が起こっていると?」

「平たく言えば」


 攻めと護り、どちらも軍事行動であることに違いはないとしても、そのための費用――軍費にどれだけ回すかは違って然りだ。

 そこに、領主本人の極端な気質が加われば、その結果を想像するのは難しくない。


「とはいえ、今まではそれでも何とかなっていた。国防のことだからね。私はもちろん、他領からも潤沢とは言えずとも支援を受けることができていたんだ。しかし――」

「――国内でゴタゴタが起こった。近場はともかく、遠方となれば誰が敵か味方か判断するのも難しい。むしろ、最優先すべきは自領であって、他領にまで手を差し伸べられる余裕のある者がどれだけいることか。仮に物資を送ったとして、無事に届く保証もない」

「うん。まあ、そういうことだね。簒奪問題に関わりのない領主が、帝国貴族の義務として物資を送ったみたいなんだが、途中で他の領に奪われるという事態が発生した。無論、奪った側も全部奪ってしまえば後々に大きな問題となりかねないから、何だかんだと理由をつけて一割程度に抑えたらしい。まあ、確かに情勢を鑑みれば、一割程度は許容範囲と言えなくもない。……これなら九割は無事なことになるけど、経由する領地は一ヶ所じゃないからね。割合の差異はあれ、届くまでに同じようなことが何度となく起こったそうだ。結果、届いたのは本来の一割に過ぎなかったという話だ。……これではね。他領にまで送ろうという者が減っても不思議じゃない」


 言われてみれば尤もなことだった。

 ゴタゴタが起こって以降――正確にはそれの少し前から国内の流通は滞り、それに伴って物価の向上が起こっているのが実情だ。特に同じ領邦内ならともかく、他領から流れてくる商品は顕著である。

 そんな状況下、国防のために送られる物資と分かっていても、直接戦禍に見舞われることのない領主たちに我慢が効くだろうか。……否だ。


「国境を任されている領主たちは、大なり小なり、支援物資を前提にした統治をおこなっている面があるんだ。いや、そうせざるを得ないように帝国が仕組んでいると言ってもいい。一種の首輪だ。だというのに、肝心の支援物資が届かなくなってしまった。……そこで領主の気質が絡んでくる」

「例えば街道整備、例えば治安活動……それをおざなりにして、その分を軍費に回す領主もいるだろうな」

「全く以てその通り。軍事活動の側面を持っていても、街道整備や治安活動は領民にも益がある。そういう目に見えた利益があるのであれば、領民たちの不満も抑えられる。領主の兵が定期的に見回りをしている姿を眼にするだけでも、領民たちは安心できるからね。……が、そういうのを眼にする機会がなくなれば、頭では分かっていても不満は溜まるさ。きちんと理由を説明されたところで、いつまでも我慢できるものじゃない」

「そして、とうとう噴出した……と」

「ああ。第一皇子たちが事を起こした時には関与しなかった子息たちが民衆の側に回ったり、それが隣領に波及したりして、もうしっちゃかめっちゃかさ。国境の砦に詰めてる領主もいるようだけど、正直なところ『国防』なんて言ってられない状況だね」

「その割に、北方の国は攻めてこないんだな……」

「そこに関しては不幸中の幸いと言っていいだろうね。……前述の通り、逆撃戦法が対北方における常套戦術なんだ。それは北方の国もよく分かっている。そして『睨み合っている』という現状は、見方を変えれば『いつでも動き出せる』ということでもあるんだ」

「……なるほど。状況そのものを『釣り餌』と警戒しているわけだ。確かに向こうとしては、隙があると判断して攻めかかった途端、合力して逆撃を食らう危険性を捨てきれないだろう」

「だが、相手がいつまでも深読みして勘違いしてくれる道理はないからね。早急に状況を収める必要がある」

「確かに。……では、手始めにそれの対処に当たる。現場には侯爵も同行してほしいが、どうかな?」

「私もかい? ……ふむ、承知した。確かに、私が同行することで説得できる可能性はあるだろう。その逆も然りだがね。ついでだから、新帝陛下たちの物資をいくらか融通してもらってもいいかな?」

「まあ、仕方ないだろうな。俺たちも決して余裕がありまくるわけじゃないが、それで状況を早期に収められるなら安いものだ」


 アルスとヘクトル侯爵の話し合いの結果、一行の次なる行動が決まった。


 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢


 アルスとヘクトル侯爵が領邦内の反乱対処――便宜上『反乱』と称す――について話し合った数日後。件の反乱軍の許に手紙が届いていた。差出人は『新帝』アルス・ブルーアース。ヘクトル侯爵の添え状もある。


「運が向いてきた。……そう捉えてもいいのかな、これは?」


 手紙を読んでそう零したのは、一人の青年だった。名をルー・クラウス。領邦内における武門の名家、クラウス伯爵家の子息である。

 同時に、『反乱軍』の首魁でもあった。


「このおこないが不毛だと理解はしていた。けど、こうして起たない限り、僕たちは国防云々の前に民衆に見限られてしまう。そして実際にそうなってしまえば、今以上に悲惨な結果を迎えてしまうだろう」


 野営陣地の中、椅子に腰かけたルーは瞑目したまま言葉を紡ぐ。


「しかし、起ち上がったはいいものの、解決手段に見当が付いていないのもまた事実。ただ最悪を防ぐための、場当たり的な対処に過ぎなかった」


 第一皇子、及び彼の派閥による実権簒奪を目的とした一斉蜂起。その余波は広い帝国領に行き渡り、それに伴って補給の目途が立たなくなった。

 ルーの父、クラウス家の当主たるラバンはその事実をあっさりと受け入れたものの、その対処法は到底受け入れられるものではなかった。税率を大幅に引き上げたのである。

 今まで中央や他の領邦からの支援ありきで統治をしていたのだ。その支援が無くなったのなら、その分をどうにか捻出しなければならない。そのために税率を引き上げるのも已むを得ないことではあるのだろう。

 とはいえ、それを領内に還元するのなら、領民の不満もある程度は抑えることができた筈だ。だが、税金の使い道は専ら武具に糧食、兵士だった。……いつ攻めてくるかも分からぬ隣国への備え。国防を考えれば必要だと理解はできるが、いくら何でも度が過ぎていた。

 ルーとて何度も諫言をおこなった。しかし、それが受け入れられることはなかった。その果てに言葉ではどうすることもできぬと悟り、反乱軍を結成し蜂起するに至った。

 それほどまでに領民からの信望は低下していたし、ルーが旗頭に立たなくても反乱は起こっていただろう。ルーが旗頭に立ったのは、同じ『反乱』にしてもある程度の秩序を齎すことと、これ以上のクラウス家への信望低下を防ぐ意味もあった。

 そう、ルーが起ったことで、この一件は『壮大な親子喧嘩』という側面を持つに至ったのだ。

 そして、その余波もまた領邦内に広がっていった。支援が届かなくなり、大なり小なり領内統治に支障をきたすようになったのは、他の領主たちも同じだったからだ。

 まあ、税金は『国防』を意識した使い方で共通しているが、具体的な部分では領主ごとに異なっている。そのため、中には領民の信望低下を抑えることに成功している領主たちもいる。

 だが、統治に問題はなくとも、領民の感情問題まではそうもいかない。広い帝国領内の、別の領に友人なり親族なりが住んでいるパターンは大いにある。それが遠方なら普段から連絡を取ることも少なかろうが、近場ならその限りでもない。そんな友人なり親族が苛政に喘いでいるという話を聞けば、『どうにかしたい』、『何かできないか』と思うのが『人情』というもの。領主への陳情という形で話が持ち上がるのは不思議でも何でもない。

 それで困るのが領主である。気持ちは分かるが、世情を鑑みると安請け合いもできない。だからといって、素っ気なく却下したのでは己への信望が低下する。信望が低下すれば、統治に支障をきたす。

 そんな状況での反乱軍決起である。しかも、その首魁は領主の子息ときた。次から次へと頭を悩ませる事態が続くが、同時に奇貨でもあった。

 クラウス伯爵領周辺の領主や子息、代官たちは思った。――『反乱』という形では、後々にどのような罰則が適用されるか分かったものではない。だが、たとえ度を越していようとも、それが『親子喧嘩』であれば? 何れにせよ大なり小なり五月蝿く言われることに違いはあるまいが、そもそもの発端は『帝国』という大元のゴタゴタである。屋台骨がぐらつかなければ、自分たちにこんな事態が起こることもなかったのだ。

 こうして、それぞれの心情や思惑に違いはあれど、『上』に対する上手い言い訳を見つけたこともあり、騒動は瞬く間に規模を拡大していった。その結果、『多くの面で勝る正規軍』対『民心が勝る反乱軍』という図式が生まれたのだ。

 こうなっては正規軍も簡単には手を出せない。元より、この状況を望んだ者もいるが。

 武力鎮圧しようと思えば簡単におこなえるが、代わりに領民が減ってしまうし、今度は兵士たちまで刃を向けてくるかもしれない。『国防』という大義があればこそ、兵士たちが領主に従っている面があるのは否定できないのだ。

 同時、領主の全てがラバンたちの味方というわけではなく、諫言をおこなう者もいる。税率を引き下げて税金の使い道を改めれば解決する問題でもあるのだから。

 そもそも、『帝国』という大元がぐらついていても、専守防衛だけなら自分たちだけでも何とかなる。と言うより、この状況で『攻め』を考えてる方が異常。第一、この状況で帝国に忠を尽くす必要があるのか疑問を覚える。――それが、防衛型やバランス型の領主による意見だった。

 結局のところ、どの勢力にも一定の理はあり、それを踏まえたうえでの解決策を見出す必要がある。

 そんな状況下に届いたのが、『新帝』を称するアルスからの手紙である。添え状のことを鑑みると、ヘクトル侯爵はアルスの側についたと考えられた。

 

「ちょっと、一人でうんうん言ってないで私たちにも手紙の内容を教えてよ。もしくは手紙を見せて」


 考えを巡らせるルーに声がかけられた。それに伴い思索から引き戻されることになったが、ルーは軽く謝っておとなしく手紙を渡した。

 そもそも、この手紙が届いたのは会議の真っ最中である。まあ、名ばかりの会議ではあったが。いくら話し合っても、『向こうが折れるのを待つ』しかルーたちに手はないのだ。そのために何をするかが重要で、それを話し合っているのだが、『数』はともかく『質』という面でルーたちは圧倒的にマンパワーが不足していた。

 故にこそ、物珍しさと、事態収拾の助けになればという気持ちから、ルーはその場で手紙を読むことにしたのだ。

 ルーが再度思索に耽っている間に、どうやら手紙は一巡したらしく、手元に戻ってきた。


「どうやら、『始祖の再来』は父上たちも同席のうえで僕たちとの会談をお望みらしい。未だどう転ぶかは分からないけど、否が応でも状況は変動するだろうね。……僕は参加で答えようと思うけど、反対意見はあるかな?」


 ルーが問うも反対意見はなかった。状況の変化を望んでいるのは、会議室に同席する面々――『反乱軍』の幹部格――も同じである。自分たちの手で変化を齎せないのであれば、外部に頼るのも仕方がないと理解していた。


「では、決定だ。……あとはまあ、『その後』についても話し合っておこうか。先走りすぎな気がしなくもないけど、いざそうなった際、意思表示は早い方が良いからね」 


 そうして、ルーたちは多少前向きになった会議を続けるのであった。 

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