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双星のバスタード  作者: 山上真
序章
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第12話

 ヘクトル侯爵との交渉を首尾よく終え上手いこと協力を取り付けたアルスは、陣地に戻り、本部から送られてきた報告書に目を向けていた。

 ヘクトル侯爵が一行の滞在拠点を用意してくれるとのことだが、幹部格だけならともかく全体の人数が人数だ。雑用係を始め、諸々を含めれば優に百人を超える。当然ながらそれだけの人数を収容できる場所をすぐに用意できる筈もないので、それまでの時間潰しを兼ねている。


(しかしまあ、よくも人数が増えたものだ)


 報告書を読みながら、アルスは現状の人数に感慨深いものを覚えた。

 本拠を出立した時点での人数は今より遥かに少なかった。ガラント領で二手に別れたことで、更に人数は減った。だというのに、今では人数の逆転現象が起こっている。

 アルスの心情はさて置き、こうも侯爵が下手に出ている理由は、やはり秘密裏に派遣した監視者をアルスたちに発見・捕縛されたことが根底にある。

 帝国領の一角に過ぎないとはいえ、それでも八大領邦の一つだ。その範囲は広い。

 侯爵お抱えの密偵団は、そんな広い範囲に散らばっているだけではなく、領外にも派遣されている。これだけで侯爵の勢威の一端が分かるというものだが、同時に、だからこそ即座に動かせる人員が限られることも意味していた。

 皇帝派、第一皇子派、そして新帝派。マシューの話だと、特に現在密偵団はその全てに対する情報収集に盛んと動いている最中だ。折よく領内に新帝本人が現れたとて、選りすぐりだけを宛てられる道理はない。

 それでも、動かせる中での選りすぐりを宛てたわけだが、結果は侯爵にとって散々なものとなった。

 顔を向き合わせてこそ分かることもあれば、そうでない状況でこそ分かることもある。侯爵としては遠からず顔を合わせることになるのは分かっていたので、『その前に得られる情報は得ておこう』程度の軽い気持ちだったのだろう。アルスとしても、その行動に理解はできる。

 失敗だったのは、監視者の派遣に対し、マシューたちに知らせていなかったことだ。意思確認を疎かにしてしまったとも言う。『たとえマシューたちが気付いたとしても、自分に協力するだろう』という思い込みが、侯爵にはあったのだと思われた。

 ある意味で、その判断は間違っていない。『アルスに頭を垂れることこそ、侯爵にとって最上の選択』とマシューたちは判断し、そのために動いた結果なのだから。

 マシューたちとしては、侯爵がそう簡単にアルスに協力を表明しないことは理解していた。

 そも、南西部に本部を持つ新帝派とは、間に八大領邦の一角を挟んでいる。そして新帝は帝国領内を動き回っている。これでは傘下に収まったとてスムーズな意思確認は難しいし、何よりも三大派閥の中で最も地盤が弱い。……少なくとも、外部から見た限りだとそう捉えてもおかしくはないのだ。

 だから、侯爵が自分の負けを認めやすい状況を作った。その機会があったから。

 マシューたちとて、アルスたちとの再会の場に侯爵が監視者を派遣する確証はなかった。だが、確信はあった。実力者ほど、機会を逃さずに行動する。そして、ヘクトル侯爵は紛れもない実力者だ。動かせる手駒があるのだから、動かさない道理がない。

 それ故にアルスたちに対してそっと警戒を促した。無駄手間になっても、それはそれで構わない。その程度で弱みを握られる機会を潰せるのなら安いものだ。

 そしてそれは功を奏し、見事に監視者たちは無力化されて捕らえられた。誰一人として死んでいなければ、逃げられていないのもグッドである。

 アルスの立場が立場。自分たちが監視されているだろうことは諦めと共に理解していても、それを快く思うかは別問題だ。そんな不躾な真似をする相手を折よく捕らえる機会があったのなら、どうするかなど選択肢は多くない。

 呆気なく無力化され捕らえられたとはいえ、密偵団の一員である。気絶から目覚めた彼らがこのような判断するのは、極々自然なことだった。とはいえ、誤魔化しもできない。何故ならば、団員の顔を知る者がマシューたちの中にいたからだ。

 ここにきて、新帝の監視に対してマシューたちに話していないことが裏目に出た。

 自分を監視する者を捕まえたなら、背後関係を洗おうとするのは道理だ。が、相手がプロであるならば、その口から語られる言葉が正しいとも限らない。そもそもにして信じきれる要素がない。ならば、何も聞かないまま処断してしまうのも一つの手だ。

 しかし、密偵団員とマシューたち、双方に見知った相手がいたことで、密偵団員は何することもできず敗北を認めるしかなくなってしまった。『自分たちが存命なのは、既に自分たちのことに関して知られてしまったから』と判断せざるを得なかったのだ。

 断片的にでも侯爵との関係が知られてしまった以上、自死を選んだところで効果は低い。むしろ無いに等しい。侯爵からアルスに対する反感を買わせることはできるかもしれないが、引き換えに手が減るのも事実である。それは無駄以外の何でもない。……無様に捕まってしまったとはいえ、密偵団員は己が実力を低く見積もってはいなかった。

 結果として密偵団員は生存を選び、素直に侯爵の手勢であることを認め、侯爵へと引き渡された。そしてこうなっては、侯爵もまた己が見込み違いをしていたことを認めざるを得なかった。

 爵位・権力の保証は中枢たる帝国と皇帝があってこそ。歴史・経済地盤・人脈。あらゆる点を鑑みても、新帝国は遠く及ばない。

 それが侯爵にとっての前提条件であるのだが、覆りつつあるのが現実だった。いや、或いは既に覆っているのか。

 情報収集に精を入れている侯爵を以てして、中央の情報は入ってこない。皇帝派や第一皇子派の確たる活動が聞こえてこないのだ。盛んと入って来るのは新帝派の活動ばかり。

 それでも、その前提条件があったればこそ、新帝派に協力するにしても自分を高く売りつける方針だった。能力がないなら悪手だが、幸いにして新帝にも侯爵にも能力がある。少なくとも、その自負があった。

 そして、それが『驕り』や『慢心』の類であると、否応なく突き付けられた。こうなっては、積極的に協力することで後の安泰を図るしかない。

 結果として侯爵は協力を表明し、アルスたちのバックアップに回ることを選択したのだった。


 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢


「やはり妙だ……」

「妙って何が?」


 報告書を読んだアルスはポツリと呟いた。それが聞こえたのか、セリカが訊き返す。アルスはそれに答えることなく、報告書をそのままスライドした。


「……うん、確かに妙だね」


 渡された報告書を読んだセリカもまた、アルスに同意した。

 正直なところ、今までも気になってはいたのだが、他に優先することがいくらでもあったため、色々と理由をつけて考えるのを後回しにしていた。だが、いつまでもそうは言っていられない。どこかのタイミングで腰を落ち着けて考えるべき事柄だった。

 それは補給物資についてである。決起してからこれまで、一切の滞りが無いのだ。

 喜ばしいことではあるのだが、普通に考えて、これはおかしなことだった。確かにアルスたちは人数が少ないが、それでも軍事行動を起こしているのである。物によっては湯水の如く消費される。如何に商人やら領主たちの協力を得ているとはいえ、物資の元となる資源が尽きたらそこまでだ。

 特に、帝国はその広い領土内での循環があってこそ回っている。

 分かりやすいところで、多くの武具の素材となる鉱物はどこでもかしこでも採れるわけではないのだ。採掘された物が出回ることで、初めて職人の手に渡り、武具として鍛えられるのだ。

 食材も同じことが言える。物によりけりではあるが、農作物は収穫時期が限られているし、一度の収穫量だって異なる。余分に収穫できる物こそ広く出回るのだ。

 しかし、現在の状況で常通りの循環が望める筈がない。不足する物が現出して然りである。

 確かに、新帝領は元の帝国領に比べたら範囲は狭い。ホープスという、他にはない優位もある。

 それでも、複数の領邦を勢力下に加えたのも事実。自助努力だけで賄いきれる筈がないのだ。

 にも拘らず、現実として賄えている。これを『妙』と言わずして、いったい何を言えばいいのか。

 次から次へと報告書に目を通す。説明づけられる理由が見つからないかと思って。そして、それはあった。むしろ、本部も同様の疑問を覚えていたようで、推測という形ではあるが詳しく記載されている。


「なるほど、盲点だった。……が、道理でもある」


 報告書の出だしには、『「始まりの地」はダンジョンの可能性が高い』と書かれていた。

 それを前提に置いての推測が続いているが、読み進めれば共感が勝る。


(つまり、俺は『環境チート』を持っていたわけだ)


 転生チートを持たぬことを嘆いた過去を思い出し、アルスはそっと自嘲した。

 ダンジョンとは『魔力の噴出点』にして『魔力溜まり』である。当然、そんな場所は世に一ヶ所だけな筈がなく、その規模も千差万別だろう。

 世界に漂う魔力は、これの余剰分でしかない。だが、そんな余剰分ですら人によっては大規模な魔法を行使できるのだから、魔力溜まりを支配下に置くことが叶ったのなら、一体どれだけのことができるか想像もつかない。事実、ダンジョンには強力な魔物が棲息することが多く、レアな素材が得られる傾向が高い。

 そんな書き出しから始まった報告書を読んでアルスが思ったのは、『龍脈』とか『龍穴』だった。前世においても、『その地を手中に収めた者は繁栄が約束される』とかいう考え方があったのを思い出す。

 西方のダンジョンにおいて、支配者である精霊の意思次第で人にとっての安全地帯を作り出すことすら可能なのだ。そのことから、ダンジョン内においては――限度こそあるだろうが――支配者の意思が反映されると判断できる。

 漠然とした意思でも効果が働く可能性がある以上、この推論を眉唾物と頭から切って捨てることはできなかった。

 まあダンジョンの『支配権』とでも称すべきものがあったとして、それが絶対者のみ有するものなのか、条件次第で分散されるものなのかまでは分からないが。

 その考えでいくと、ダンジョン『始まりの場所』の支配者は、外宇宙惑星探査移民艦『ホープス』の管理AIである『エクシード』ということになるのだろう。

 そもそもが超巨大物体の高高度からの落下と不時着だ。普通に考えて、艦だけでなく地形への被害も相当なものだった筈だ。支配者がいたとして無事で済むとは思えない。死に絶えた可能性の方が高いだろう。

 だからこそ、その際に支配権の移譲が起こったのではないだろうか。当初は乗組員に移った可能性もあるが、結果的にはその地に残ったエクシードへと移った。精霊のような確たる肉体を持たない存在とて支配権を持てるのだから、AIが持てない道理も無いだろう。

 結果、『始まりの場所』にはエクシードの意思が反映されることとなった。それが何かはアルスにも分からないが、決して人にとって悪いものではないのだろう。

 そう考えれば、『始まりの場所』の環境が人にとって都合のよいものだったことにも頷ける。『恵み』が豊富で、棲息する魔物や野生動物も弱いものばかり。……普通に考えて、こんな場所がそうそうある筈がないのだ。

 そして、ホープスの再稼働と収集データの蓄積により、支配圏内における『恵み』の種類と数が増えていったとすればどうだろうか。或いは、単に『採られていなかったからそれだけ豊富にある』可能性も捨てきれないが。

 実際、ホープス周辺の探査範囲が広がるにつれ、採れる資源の種類も増加の一途にある。これでは『「始まりの場所」ダンジョン説』を否定する方が難しい。


「どう思う?」


 アルスは読み終えた報告書をセリカに渡し、問いかけた。

 セリカは受け取った報告書を無言のまま読み進め――


「確かに、有り得なくはないかな」


 同意を返した。


「まあ、ダンジョンについて正確に分かっていること自体が少ないからな。だからこそ、ダンジョンを絡めれば無理繰りにでも説明できるってことに違いはないが……」

「けどその一方で、比較的筋が通っていることもまた確か。私たちの、年齢に見合わぬ成長性にも説明がつくのよね」


 頭を掻きながらアルスが言えば、嘆息混じりにセリカが続けた。

 それもまた事実で、アルスたちの能力は年齢に見合わぬほど高い。正直、元々の才能や育成環境だけで済ますには無理がありすぎるのだ。

 それでも、他に判断材料がないから、それらを理由にしていた。

 だが、『始まりの場所』がダンジョンだとするならば、そこにも説明はつく。ダンジョンに強力な魔物が棲息していることを踏まえれば、むしろ納得の方が大きい。


「ホープスでの食事は、基本的に地産地消だったからな。魔力が豊富に込められた食材で作った料理を食べて、魔力の満ちた地で日々を過ごす。こんな生活を数年に亘って送り、そのうえでホープスの支援まで受けているんだ。……そりゃあ、成長率にボーナスがついても不思議はないな」

「加えると、ホープスは稼働を最低限に抑えていただけで、停止していたわけではない。実際、私たちが初めて訪れた日もエクシードは起動を続けていた。なら、支配権を維持し続けていたとしても不思議はない」

「落下の際の衝撃で、支配権を争うライバルとなり得る存在が死に絶えたとするならば、ダンジョンの全域が支配圏と化したことになる。そのうえでエクシードが強力な魔物や野生動物の出現を望まなければ、支配権の移譲が起こるような事態にもならない……か。たとえ小規模なダンジョンであったとしても、恩恵を独占できるのなら利益は大きいだろうな」


 或いは、始祖が『始祖』足り得たのは、最初のうちはホープスに留まっていたからかもしれない。落下の損傷が酷く動かすことができなかろうとも、雨風を防げるというのはそれだけで貴重だ。動くにしても、周辺の調査から始めた可能性は高いだろう。

 しかし、ホープスが不時着した影響で周辺の環境がズタボロだったとすればどうだろうか? 食料となり得る動物はおらず、果物や木の実などもない。随行艦がない以上、ホープスに貯蔵された保存食だけで食い繋ぐには限度がある。……これではその場を立ち去らざるを得ないだろう。

 だが、如何にズタボロになったとはいえ、ダンジョンはダンジョン。調査期間の間にも影響を及ぼし、身体能力などの向上を促していたとすれば? 

 アルスからすれば、如何に強力な武器を持っていようと、地球人ではリザーディアの超人に身体能力で敵う道理はない。一般人相手ならともかく。

 しかし、元々の差が縮まっていたのだとすれば。そこに銃火器を始めとする武器や収蔵されていた物資を加味すれば、国興しもやってやれなくはないだろう。

 考えれば考えるほど、『「始まりの場所」ダンジョン説』が信憑性を帯びていく。


「ホープスが造られた目的を考えれば、その管理AIたるエクシードの念頭にあるのは『人との共存共栄』とでも呼ぶべきものだろう。人に捨て置かれることなく必要とされ、それでいて人がホープスに依存しきることがない環境」

「まさしく、今の『始まりの場所』そのものだね。確かにホープスを便利使いはしているけど、それでいて周辺地域から採取や採掘を行って糧としている。……この星と地球とじゃあ技術力に差がありすぎるから、発展を考えるうえで暫くはおんぶに抱っこになるのも仕方がないけど」


 比率ではホープスやエクシードに頼っている部分が大きいが、決して人が努力していないわけではないのだ。

 

「それと、この報告書を読んで新たに思ったことがある。俺は今まで『ホープスには元々自己修復機能が備わっていた』と考えていたが、もしかしたらダンジョンの支配者になったことで新たに備わった機能の可能性もある」

「じゃあ完全停止しなかったのは何で――ってああ、コールドスリープを止めないためか」

「ああ、その可能性も出てきた。まあ、正直なところは分からんがな」


 ホープスのデータを漁っても、そこら辺はハッキリしなかったのだ。まあ、全てのデータに目を通したわけではないので、断言もできないのだが。

 さりとて、世の中に『絶対』はない。ならば、エクシード自身が知らぬところで、何らかの影響を受けている可能性もまた否定はできなかった。


「まあ、取り敢えずの説明はついた。補給が滞らないなら、今はそれで良いさ。確かなことが分からない以上、考えすぎても仕方がない」

「そうだけどね」


 相変わらずの割り切り具合に、慣れていてもセリカは嘆息せざるを得ないのだった。

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