表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双星のバスタード  作者: 山上真
序章
14/49

第11話

「お待ちしておりました、新帝陛下」


 北西領邦。合流の場所として指定された場所へ赴いたアルスは、斯様な言葉と共にマシューたちから出迎えを受けた。場所としては町や村からもそれなりに離れ、街道からも少しずれた地点。

 やってることの割には人数が少ないアルスたちだが、西方の鎮圧を機に西方貴族の配下や冒険者に傭兵など同行者もそれなりに増えている。現時点で数十人といったところか。

 移動自体は順次製作されては送られてくる二輪や四輪を活用しているため、人数の割にかかる時間は短い。軽トラックタイプが大活躍だ。地球時代の道交法などもないため、荷台に人を乗せまくっていても文句を言われることはない。

 まあ、そんな人数での集団行動なのだから指定場所に違和感はなかった。村の宿だと収容しきれるとは思えない。町の宿なら可能かもしれないが、予約は必須だろうし金額も跳ね上がるだろう。そもそも、こんな武装集団を軽々しく受け入れるかどうかも怪しい。アルスたちの名はそこそこ広まっているが、騙りと思われたらそこまでだ。

 仮に受け入れ許可が出るとしても、別行動を取っていた手前、マシューたちとてアルスたちの正確な人数を把握している筈がない。書簡である程度のやり取りはしていたが、正確な人数の増減までは伝えていない。なので、町や村にコンタクトを取るにしても、合流後がベターだった。

 軽く周囲を見たところ、マシューたち以外に人気はない。

 だから、おかしくはないのに、おかしかった。それを決定付けたのはマシューたちの態度である。

 基本、ホープスの同期生たちは軽々とした付き合いだ。必要な際には格式ばったやり取りもするが、そうでなければ気楽に接する。互いに能力や為人を知っていれば、言葉遣い一つなど然程気にするものでもない。重要なのは、伝えたいことが伝わることだからだ。

 それを鑑みれば、この場にいるのはアルスたちだけではないことを意味していた。

 確かに、西方から新たに加わった人員の一部も、アルスたちに同行している。だが、同行をアルスたちに認められるだけあって、アルスたちとの接し方を否応なく理解せざるを得ず、それでいて対応できた者たちばかりだ。

 見知らぬ者たちがアルスたちと一緒なのを見ても、前情報と照らし合わせればマシューたちが疑問に思うこともない。

 つまり、アルス側の新規人員については考える必要がない。

 ならば――


(監視されている、ということか……)


 マシューたちが暗に伝えたいことを理解したアルスは、心中で溜息を吐いた。どこに潜んでいるのか、まるで分からないからだ。

 よく『気配を察知する』などと言われるが、この世界では現実にそれができる。その方法は人によって千差万別だが、一般的なのは机上でも実践でもいいので経験を積むことだ。狩人が知識と経験と勘から獲物の潜む場所に見当を付ける、などというのはありふれた話だ。

 それ以外となると、次に一般的なのは魔力の行使になるだろうか。ただ、これこそ千差万別で、魔法の行使から魔道具まで深めると、途端に範囲が広くなる。到底絞りきれるものではない。

 ともあれ、平たく言えば『技能』や『スキル』と称されるべきものが、この世界にはある。恒常的に効果を発揮する『パッシブ』と、能動的に効果を発揮する『アクティブ』が。

 しかし、そのどちらにも穴はある。如何にそれを突きあい、自らに有利を齎すかが、醍醐味というか肝であり、駆け引きというものだ。


(その点で言うと、この監視者たちは大したものだ。専門の訓練を積んでいる可能性が高い。いや、十中八九に積んでいるな)


 だからこそ、感心する。次いで『欲しい』と思った。専門の訓練を積み、それを習得した人材ほど得難い。上手いこと味方にできれば、アルスたちの弱い部分を補ってくれるだろう。


「ああ、出迎え感謝する。また、これまでの仕事にも礼を言う」


 ともあれ、監視されている以上、アルスもまた格式ばった態度で返す。……これは単なる時間稼ぎだ。こういう事態も想定の内ではあったからだ。

 実際、監視というならば既に経験済みである。西方にて手始めにグエル領を鎮圧した際、他の領主たちが行動を起こすのが早過ぎたことは記憶に新しい。どこからか、何かしらの方法で見られていただろうことは想像に難くない。

 だから、自分たちに監視の目を向けることに対し否とは言えない。気分が下がるのはアルスとしても否定はできないが、行い自体には理解を示せる。

 この情勢。それぞれがそれぞれなりに選択を迫られているのだ。新帝派を注視するのも自然なことである。


(マシューたちがそれとなく注意を喚起してきたことからして、明確な敵ではないということか。……いやまあ、実際に監視者がいるなら、ではあるが)


 実際、監視者がいると断言することはできない。気配が掴めないからだ。ただ、それでも『いる』と考えるのはマシューたちの態度を踏まえてのこと。下手に楽観するよりは、警戒し過ぎなくらいが丁度いい。

 それを踏まえたうえで、監視者の注目はどうしたってアルスに注がれてしまうだろう。他にも目を向けるだろうが、その頻度はどうしたって下がらざるを得ない。新帝本人とその取り巻き。そのどちらを重視するかを考えれば仕方のないことだ。無論、ある程度の情報を揃えていれば、アルス以外にも注目すべき相手の見当ぐらいはつけているだろうが。

 監視者はアルスから見ても大したものだが、少数精鋭と判断できた。むしろ、少数だからこそ綻びが少ないのだ。人が増えればアルス一行を隈なく監視できるだろうが、そうするとアルスたちに気付かれる可能性も格段に上昇する。あちらを立てればこちらが立たず。この辺は痛し痒しだ。


「なんでも、西方では大々的な祭りを取り行われたとか? いえ、詳しいところまでは分かっておりませんが、流石に隣領のことですので『西方各地から人手が集められた』とかの話はこちらにも聞こえてきました」

「ああ。元々はダンジョン近隣の村長や町長からの陳情がきっかけだったがな」

「ほう?」

「まあ、訴えた方としてはダメ元だったらしいが、調べる価値はあると踏んだ。お前たちのこともあるし先を急ぎたい気持ちはあったが、皇帝を名乗ったからには足元を疎かにしていられん。民心を蔑ろにした国は早晩に崩壊する。何でもかんでも聞き届けるわけにもいかないがな」


 アルスとマシューは芝居を続ける。面倒ではあるが、必要と思えばこの程度は苦ではない。

 アルスが実際に生活していて思うことだが、この世界ではゲーム的な要素が実装されているように感じる。技能やスキルもそうだが、『天職』とか『才能』とか『称号』とかだ。……魔力や魔法なんてものがあるのだから、別段おかしくはないのかもしれない。或いは、アルスが知らないだけで、実際にゲームの舞台に転生した可能性だってあるのだ。ホープスの存在とかを考えれば、むしろその可能性の方が高いかもしれない。

 本人の熱意と努力次第である程度の調整はできるが、それを踏まえたうえで伸びやすいステータスや習得しやすいスキルがあると言うべきか。

 加え、良くも悪くも当人の認知度や評判によっても補正がかかるようだ。……言うなれば『世界の後押し』か。西方におけるダンジョンの支配者たる精霊のように、人々の信仰や想念が影響するようだ。不幸中の幸いなのは、名実伴わない場合は補正も最小限ということか。それでも、塵も積もれば山となるだろうが。

 ホープスでのカリキュラムは、最初の一年は生徒全員共通である。同じことを学び、定期的にそれまでの成果を確認する機会を設ける。

 ここまでなら普通の学校と同じだが、決定的な違いとしてエクシードの存在がある。言わばエクシードの体内でもあるホープスでの生活を余儀なくされることで、より個々人の成長傾向や興味ある事柄を把握できるのだ。無論、プライバシーの観点から何でもかんでも共有するわけではないし、内容とエクシードの判断次第ではアルスにも伝えられない。

 そして一年間学んだあとは、各々がある程度自由にカリキュラムを組める。『それぞれを必要最低限に学べば、それ以外はご自由にどうぞ』ということだ。

 また、エクシードが収めているデータは膨大だ。個々の分野に関してはぞれぞれの随行艦に劣るが、専門性を追求しなければ問題ない程度にはある。

 艦内設備に関しても同じことが言える。

 おおよそ十歳前後になったらホープスを訪れ、そこから数年にわたって共同生活をするのだ。それだけ相互の影響も受ければ関係性も深まる。カリキュラムの組み方と暮らし方次第では、年齢に似合わぬ結果を出すことも不可能ではない。

 勉学の重要性は始祖の代から伝えられているが、それがどれだけ実行されているかは領によっても大きく異なる。『学がないほど下々の者は扱いやすい』と考える者もいれば、『才あるならば平民とて優先的に使おう』と考える者だっている。聞こえだけだと勘違いされやすいが、前者が必ずしも悪いわけではなく、後者が必ずしも良いわけではない。後者の場合、見方を変えれば『ブラック勤労』にもなるだろう。

 そして、情報とは重要だ。特に、それを専門に扱う者を手元に揃えるのには苦労する。下手をすれば自分たちの弱点にも直結するものを扱うのだ。信用と信頼の置けない者に任せられる筈がない。そうは言っても、そんな者が都合よくいる筈がなければ、現れる筈もない。ならばどうするか? 自分たちで用意するのだ。組織を作った初めの内は実態を成さなくとも、時間が経てばその限りではない。幼い頃から忠誠心と専門の教育を叩き込めば、裏切られる心配も低くなるだろう。

 だがその反面、そうして用意された人材が『必ずしもその分野に適性を持っているわけではない』という問題と無関係ではいられない。

 どういうことかというと、如何に隠形を施したとて、気付く者は気付くということだ。アルスが気配を掴めないからといって、他の者までもが掴めない道理はないのである。


 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢


「……なるほど、大したものだ。普通ならそうそう気付かれることはないんだろうが……俺がいたのが不運だったな」


 隠れ潜む少人数の者たちを眼にしてそう呟いたのは、一人の少年だった。名をアギト。スラム育ちの孤児だ。物心ついた時にはスラムにおり、仲間たちと共に窃盗や残飯漁りなどをして日々を食いつないでいた過去を持つ。

 運よくか運悪くかは分からないが、ある日選んだ窃盗のターゲットが貴族であり、一度は逃げおおせたものの最終的に捕まってしまった。本来なら無礼討ちになってもおかしくはなかったが、傍付きを手玉に取ったことが評価され、仲間たち共々件の貴族に引き取られることになった。

 そこまでなら運がよかったのかもしれない。実際、スラムでの生活に比べて衣食住のレベルは上がったのだから。

 しかし、それ以外は散々だった。朝から晩まで沢山の仕事を振られ、それでいてやり方は最初の一回しか教えてくれない。普通に考えて、スラム育ちの、学も何もない子供に最初の一回だけで覚えろというのは無理がある。結果、数々の失敗を繰り返し、その度に怒られる。そのくせに正しいやり方については言及しない。そこらの一般家庭ならともかく、貴族の家ともなれば清掃一つとっても細かな手順があるのだから、これではいつまで経っても正しいやり方など覚えられるわけがない。

 早い話、アギトたちは陰湿なイジメを受けていたのだ。当主が認めたことだから表立って否定はできない。ならば、失敗を重ねさせることで当主に前言を撤回させよう。つまりはそういうことだった。

 使用人たちのこの試みは、半ば上手くいきとん挫した。貴族界隈でアルスの話が持ち上がったからだ。前当主の急死により家督を継承したばかりの年若い当主には未だ嫁がいなかった。必然として子もおらず、送り込める人材がいなかった。しかし、手頃な年齢の子供が傍にいた。そう、アギトたちである。

 報告によると物覚えが悪いのが玉に瑕だが、スラム育ちであることを鑑みれば無理もないし、この状況で背に腹は代えられない。代替わりを果たした今、人脈の再構築は必要不可欠なのだ。その判断の下、当主はアギトたちの誰かを養子にして送り込むことを決めたのだ。……その段階で、アギトたちがされていたことも判明したのだが。

 以降、アギトたちの待遇はしっかりしたものとなったが、養子となるのは一人だけ。最終的に白羽の矢が立ったのがアギトだった。

 そんなアギトだが、『報恩報復の精神』の持ち主だった。それでいて『天才』でもある。

 その特性は養子選定の際にも表れており、まともな教わり方をすることで『学び方』を学んだ彼は、寝る間も惜しんで予習と復習をし、学ばぬ事柄までをもを習得したのだ。それもすべては当主への恩返しのため。

 同時、養子になった時点で、自分たちに陰湿なイジメを行っていた者たちにはきっちりと仕返しをしている。

 

「一、二……五人か。まあ、そんなものだろうな。数だけならこちらが不利だが――問題はないな」


 監視者たちを逆に観察したアギトは、そのように結論付けた。見た感じ、監視者たちは『気付かれぬように監視する』ことを念頭に置いているフシがある。だからこそ、こうして気付いた時点で彼らの計算は崩れている。 


「アルスたちには友諠もあるし、何より俺の活躍は義父上への恩返しにもなる。だから、悪いが眠ってもらうぞ……!」


 言うや否や、アギトは駆け出した。その速度は人並外れて速い。魔力による身体強化だ。それも、非常にスムーズに行われている。一般的に使われるスキルではあるが、ここまで無駄がないのは非常に稀だ。年齢を鑑みれば尚更に。

 不意を打ったこともあり、監視者が気付いたのは仲間が倒れてからだった。……ちなみに殺生が目的ではないので気絶に留めている。基本的には警棒型のスタンガン――スタンロッドを用いるが、袖口には射出型の麻酔針も仕込んでいる。


『なっ!?』


 監視者が驚愕を露わにする間にも、一人、また一人と倒していく。当てるだけで動けなくしてくれるのだから、こと対人戦においてこれほど便利な道具もそうないだろう。

 しかも、驚くだけでそれ以外の行動をしないのだから、アギトにとってはカモでしかない。少なくとも、同期連中との手合わせではこうも簡単には運ばない。

 気付かれないことを念頭に置いているようだったが、だからこそ『気付かれる筈がない』という油断を生んでしまったのだろう。


「まあ、そちらのお役目も分からないではないですが、不躾な行いをされると気分の良いものではないのですよ。こちらに気付かれた時点で、自業自得と受け入れてください」


 貴族家の養子となったアギトだが、後を継ぎたいとかはこれっぽっちも考えていない。まあ、最後まで当主に子ができず、それでいて当主が望むなら継承も已むを得ないが、基本的には補佐する役割だと自任している。とはいえ、何を以て補佐すべきかは決められずにいたのだが。

 そんなアギトは、ホープスで運命的な出会いを果たした。それこそが『忍者』であった。

 ホープスのデータでも色々と表記揺れがあったが、抜粋すると『諜報や破壊工作、暗殺等を行うプロフェッショナル』であり、『動植物の知識に長ける技術者』の面を併せ持ち、それでいて『忍術と呼ばれる独自の魔法を使う術士』でもある。

 はっきり言って出来すぎなくらいに多芸多才だが、目指す目標としては悪くない。結果、アギトは忍者を目指したわけである。そして、部分的にはそう呼ぶに相応しいほどの能力を実際に身に着けたのだ。――身に着けてしまった、と言う方が正しいのかもしれないが。

 少なくとも、この光景を見ればアギトを『暗殺者』と呼んでも差し支えはないだろう。……実際には殺してないが。

 そして、暗殺者だからといって真っ向勝負ができないわけではない。と言うよりも、真っ向勝負の最中でさえ『不意を打つ』からこその暗殺者だ。

 この状況でアギトが負ける道理はなく、残りの監視者たちも程なくして気絶するのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ