表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双星のバスタード  作者: 山上真
序章
13/49

第10話

 現在、西方におけるダンジョン最寄りの村はかつてないほどに活気が高まっていた。人の話し声、釘を打つ音……とにかくざわめきが収まらない。

 何故かというと、アルスとバランの連名による新方針が発表されたからだ。その内容は『ダンジョンとの付き合い方を変える』というものだ。

 精霊との交渉は交渉は概ね上手くいった。その場にはアルスとバラン辺境伯も同席していたが、二人から見ても『失敗』と言えるものではなかった。……まあ、正直に言えば『交渉』と言える代物でもなかったが。

 幸いだったのは、精霊は特に怒ってもいなければ狂ってもいなかったことだ。思い切って信者が呼びかければ、浅層にもかかわらず姿を現してくれた。

 その姿は非常に人と酷似しており、少女とも少年とも取れる中性的な容姿をしていた。けれど、その背に浮かぶ『幾何学模様の入ったような透明な羽』が、件の存在が人間ではないことを如実に表していた。

 実際に言葉を交わしてみれば、精霊は割とフレンドリーだった。言葉はざっくばらんで、思いの外人間社会にも詳しい。

 確たる自我を宿し、それでいて物理的接触を果たせるほどにまで高密度の魔力で織り結ばれた存在。それが『精霊』という一種の精神生命体だそうだ。

 確たる肉がないからか人間と違って寿命が存在せず、もしくは非常に永い。それに関しては精霊自身ハッキリとは分かっていないようだったが、それに合わせて非常に気も長い。少なくとも、数百年という人間にとっては永い期間を『誤差の範囲』と言ってしまえるほどには。

 また、自我や自意識が芽生えた時点で、この世界のことを漠然とながらも知っていたそうだ。

 その話を聞いたアルスは、残機性のゲームを思い出した。特に、前世において時代の移り変わりと共にゲームの様相も変化していったが、『誰かの家に集まって、一つのゲーム機、一つのゲームソフトを一緒に遊ぶ』なんてことが当たり前の時もあったのだ。

 ○ックマン、○リオ……残機性のゲームで、『キャラが死んだらプレイヤーも交代』というのは、集まって遊ぶ際には当然と言っていいルールだった。

 この精霊にも同じことが言えると思ったのだ。『プレイヤーキャラが同じでも、プレイヤーが変われば、それは果たして同じキャラと言えるのか?』……この問いに明確な答えはない。人によって答えは違う。

 この精霊の『自我が芽生えた』=『死に代わり』を果たした時点で、『以前とは別存在になった』という見方もできなくはない。

 或いは、『精霊とは世界の端末である』可能性もあるだろう。人が親や教師から物事を学ぶように、『精霊は星から物事を学ぶ』という考え方だ。

 まあ実際のところは分からないが、そもそもが人間とは根本的に在り方が異なっている存在なのだ。それが人間に友好的に接してくれるというのだから、断る理由は少ない。少なくとも、現時点では望むところだ。

 奉納祭を行うと話せば、嬉々として参加を表明してくれたし、祭りを行うに際し、してはダメな事柄や、逆にしてほしい事柄を訊けば、それにもきっちりと答えてくれたのだ。

 精霊の希望は、『奉納品はダンジョンの産物を使って作ってほしい』というものだった。料理を例に出すと、『ダンジョンで取れる食材を使った料理を出してくれ』ということだ。

 それには無論のこと理由があり、自分に向けられる『感謝の念』や『畏怖の念』が力の向上に繋がるためらしい。……これも、自我が芽生えた時点で知っていた事柄だそうだ。

 ダンジョンの素材を使って人間が物を作り、それが精霊に捧げられる。すると、そこには自然と『感謝の念』が込められる。ならば、わざわざ『安全地帯』を用意した甲斐もあるというもの。

 人間と精霊、双方がWinーWinの関係にあり、これが続けば自然と規模も拡大するのが自明の理。初めの内はそこまでの効果は出ないだろうが、上手く回った際のリターンが大きい。

 アルスが初めて会った精霊はだいぶ即物的ではあったが、だからこそ付き合いやすい相手でもあった。

 そんなわけで、西方一丸となって村の規模拡大に勤しんでいるのだ。

 そもそも、西方を発展させるにおいて、ダンジョンと上手に付き合うことは必要不可欠。

 だが、ダンジョンの近隣を治める領主たちは『西方麾下』という点で仲間だが、同時にライバルでもあったわけだ。である以上、協力して利益を分け合うことを考える者もいれば、独り勝ちを狙う者だっていて然り。加え、時と場合によって方針も変化する。結果、てんでんばらばらな状態が続いてきてしまったのだ。より『上』が強く言わない限り、この状態はこれからも続いていただろう。

 此度は、そこに一石が投じられたわけである。

 内心でどう思っていようと、アルスが新帝として起ち上がったのは事実であり、今現在西方に残っている領主たちは協力を約したのだ。である以上、従う姿勢は見せておかねばならない。

 村を発展させるとなれば、様々な資材が必要となり、様々な人材も必要となる。時間だってかかるだろう。しかし、西方の各地を治める領主たちが協力してくれるのであれば、それらの問題はだいぶ軽減される。この世界には魔法が存在するのだから尚更だ。

 例えば木の伐採。道具を使って行う者もいれば、魔法で可能な者だっている。とはいえ、体力や魔力の問題もあるので、一人当たりの収穫量には限度があって然りだ。だが、それに当たる人の数が多ければ、自然と収穫量は増える。

 精霊が協力を約してくれたこともあり、安全区域内では魔物に襲われる心配をする必要もない。俄かには信じられなくても、護衛要員として冒険者なりを配置すれば、取り敢えず作業員たちも不安を減らすことはできる。

 そしてこうも人が集まれば、それを狙って商会や商人も活発に動く。寝床、飯、替えの服に作業道具……必要とされるものは枚挙に暇がない。商売の種はいくらでもある。

 加え、ホープスからも各種資材が運ばれてくる。いくら商人たちが協力したところで、人が増えすぎれば一朝一夕で賄えるものではない。それはホープス単体でも同じだが、だからこそ棲み分けも協調もできる。

 精霊との初会談が終わった時点で、一度アルスはホープスに戻っていた。二輪や四輪を使用すれば、往復にかかる時間は少なくてすむ。

 なぜホープスに戻ったのかというと、とあるデータを調査・印刷するためである。もっとも、それだけではないが。

 アルスにとって、神を祀るとなれば『神社』というイメージがあった。だが、完成図を漠然と知っているだけであり、作り方なんぞ知っている筈もない。それを調べるためにホープスに戻ったのだ。

 ホープスの元々の行動目的故か、或いは構成人員故か、アルスの狙い通りに神社や勿論のこと、洋の東西を問わず簡易建築物に関するデータも収められていた。さすがに研究艦『メティス』ほど詳細には収められていないようだが、取り敢えずは十分だ。

 アルスの知る限り、帝国内の建築物は地球における西洋の側面が強い。それは一般住宅にも言えた。

 つまり、神殿や教会を立てたところで、埋没すると考えたのだ。だからこその神社である。そこに和風の建築物も混ぜる。

 村の規模を拡張して『町』に、いずれは『街』にすることを考えれば、職人や移民で一時的に人が飽和するのは自明の理。テントでも何でも使って、一時的にでも彼らの寝床を確保する必要がある。取り敢えずは雨露が凌げればそれでいい。

 一般的に、軍の出陣時には珍しいことではないようだ。指揮官級が村長なりの家に間借りする一方、一般の兵士たちは簡易テントや、場合によっては外套などに身体を包むだけということもあるらしい。無論、何から何まで軍と一緒にするわけにもいくまいが、一時的になら大丈夫だろう。

 そうして、村の拡張にかこつけて和風建築物を混ぜ込むわけだ。ダンジョンだけでもある程度人を呼ぶことはできるが、そこに『物珍しさ』が加われば更なる集客が見込める。……皮算用で終わる可能性もあるが、折角の機会なのだから試すだけ試して損はない。

 西方領内とはいえ、村との距離はピンキリである。そこに領主命令とはいえ派遣されてくるのだから、中には『技術は有れど店を持っていない者』もいる。そしてそういった者の中には、己が店を構えたい者もいる筈だった。

 印刷したデータを持ち帰ったアルスは、そういう者たちに協力を呼びかけた。

 新帝の呼びかけには応えたくとも、己が店を持っている者ほど応えられなかった。彼らにとっては、成功するか失敗するかも未知数だからだ。場合によっては店を失う程の損害を食らってしまう。村全体の規模を拡張するとあって、仕事は他にも沢山ある。そもそも、ここに来た時点で命令には応えている。……そういった心理や事情を勘案し、アルスも無理強いはしなかった。

 そうして、アルスの呼びかけに応えた職人なりに協力してもらい、村の一角は一風変わった様相を呈しつつあった。


 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢


「さて。まず、この場に集まってくれた皆には改めて感謝する。村の規模を拡張するに当たっては未だ途上の段階だが、精霊を迎え入れるための座所は完成を見た。これも皆の協力あってこそだ。ありがとう」


 村の中に建てられた鳥居の前、広場に集まった貴族たちや民衆を前にアルスは口上を垂れていた。柄ではないと自覚しているが、仮にも新帝であり、その主導の下で行っているのだから、こういうことも必要だと理解している。


「この座所の完成を以て、以前から告知していた奉納祭の開催をここに宣言する! 皆、今日は楽しく飲み食いし騒いでくれ! ただし、一定の節度は保つように! 飲めない奴に無理に飲ませようとするんじゃないぞ!」

『おおおおーーーー!!』


 アルスの開催宣言に、一斉に声が上がる。

 それを見届け、アルスは自分に宛がわれた席に戻った。もっとも、地面に敷かれた敷物の上だが。縁日の屋台、ピクニック、花見……そういうあれやこれやを混ぜ合わせたスタイルである。


「平民と合同のパーティーか……。聞いた当初は戸惑ったが、良いものだな、こういうのも。貴族のパーティーとなれば社交が基本だが、顔繫ぎや駆け引きの側面が強くて、『楽しむ』といった風ではないのが実際だからな……」


 無論、社交パーティーにも平民がいないわけではない。が、それはあくまでも給仕とかの要員としてである場合が多い。


「まあ、新帝なんて名乗ってはいますが、俺自身、出自を知らないまま平民として育ちましたからね。もっとも、それは俺に限ったことでなく、リウイやセリカを始め、クサナギ公爵領の貴族子弟はみんなそうですが」


 リウイやセリカも、実家は立派な貴族――どちらも伯爵家である。帝国領内だから寄子に収まっているだけで、他に行けば高位貴族の仲間入りを果たしていてもおかしくはない。少なくとも、アルスの前世知識における創作物では、伯爵となれば立派に高位貴族だった。


「うぅん、楽しいですねえ! 飲んでますか、アルスくん!?」


 そんなことを言い、後ろからアルスの首に腕を回してきた人物がいた。声は美しいが若干イントネーションが崩れているし、吐息は若干酒ぐさい。


「うぉっ!? ……って、ユカリさんですか。はいはい、楽しんでますよ。そちらも楽しそうで何よりです」


 声の主を確認したアルスは、おざなりな対応で済ませた。度合いは分からないにしろ酔っているのは確実だし、そんな状態の相手に真面目に付き合う方がバカらしい。

 彼女は本名をイチノセ・ユカリといい、ホープスでコールドスリープについていた人物の一人である。……そう、元々ホープスに乗っていた人物だ。

 コールドスリープについていた人物は彼女以外にもいた。その全員が無事というわけではなかったが、目覚めさせられることが可能な人物は全員を目覚めさせている。無論、覚醒させるかどうかについては散々に迷ったが、彼女たちの元々の目的を思えば、起こさない方が失礼な気がしたのだ。少なくとも、ホープスが落下した時に比べ、環境は遥かに整っている。ならば、目覚めさせ、実際に生活させてこそ『移民』が叶おうというものだ。

 設備自体がホープスの最重要機密エリアにあったこともあり、覚醒当初はその中でだけ生活させた。お互いの事情の説明と把握がすまないうちから大々的に行動させるのは、やはり不安が大きかったのだ。管理AIエクシードのフォローもあってか、幸い彼女たちも納得してくれた。

 そうしてタイミングを見計らい、ホープス内の住人に彼女たちを紹介し、彼女たちも生活を共にすることになったわけである。……なお、彼女たちに関しては『上』への報告をしていない。出自が出自故に、更なる面倒事が起こるのは目に見えていたからだ。実際、ホープスを再稼働させるに至ったアルスへの対応だけで帝国は四苦八苦していたのだから、その選択も間違いではなかったと思われる。


「ぶーぶー。対応が雑~。お姉さん、悲しくなっちゃう。……な~んて、冗談、冗談。きゃははは」


 ユカリの反応はこんなである。ユカリは黒髪が美しい美人だ。『お姉さん』と言っている通りにアルスよりは年上だ。それでも、まだ二十代の前半だが。


「ほんと、楽しいんだ。実際に星の空気に触れて、データでしか見たことのない『鳥居』や『お社』の作成に携われてさ。…………くぅくぅ」


 そして、ユカリはアルスに身体を預けたまま寝入ってしまった。……酔いもあるが、感極まったこともあるのだろう。

 ユカリは艦の中で生まれ、艦の中で生活をしてきたのだ。行動範囲はホープスと随行艦だけ。そうして十年以上を過ごした。

 であるならば、『移民船団の悲願』だのなんだのと言われたところで、共感できるわけがない。さりとて、行ける場所はいずれかの艦の中だけ。

 或いは、死ぬまで艦内生活かもしれない。そう思っていたところで、居住可能そうな惑星を見つけ、着陸することに決まり――そこでユカリの記憶は途切れている。

 そして目覚めてみれば、遥かな時間が経過していた。……これで混乱や困惑をしない筈がない。ユカリたちにとって、目覚めてからの艦内生活は『社会』と向き合うためのリハビリテーション期間だったのだ。

 そして数年が経ち、社会情勢に変化が起こり、それに応じてアルスたちは物々しく艦を出ていって、そうこうしている内に人手不足で協力を頼まれた。その協力内容――村の規模拡張に伴うあれやこれや――が、ユカリにとっては素晴らしく楽しいものだったのだ。


「まったく……」


 溜息を吐いたアルスは、ユカリの体勢を変えさせた。胡坐を組んだ自分の足にユカリの頭を乗せ、何とはなしにその頭を撫でる。

 ユカリが理解しているかは不明だが、ユカリの苦難はこれからなのだ。

 先述の通り村の規模拡張はまだ途上だが、アルスはいつまでもここで足踏みをしてはいられない。決起当初に比べれば情報も集まり、応じて北方に対する不安は減少したが、決して無くなったわけではないのだ。

 その一方、皇帝として、統治者として起ったからには民心を疎かにはしていられない。特に、この西方はアルスの統治下に加わったのだから尚更だ。未だ統治下にない北方よりも、統治下の西方を優先するのは統治者として当然のことだ。

 そういった事情を理解するため、北方を故郷に持つ仲間たちも不安や不満を露わにすることはない。だが、露わになってないだけでその内心は違うだろう。だからこそ、彼らに対する配慮もしなければならない。

 そして、アルスたちが出立した後、村の面倒を見る人材も必要となる。……少なくとも、こんな和洋折衷の入り混じった異質な村を預けられる人物など限られている。実務は他に任せるにしても、『顔役』は必要だ。その白羽の矢を、アルスはユカリに立てたのだ。

 そういった心情を考慮することもなく、夜が更けるまで、祭りの喧騒は途切れることなく続くのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ