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〔辺境〕に関しては、その初期段階に学者筋から『黴胞子』説が流されたこともある。
時空の『癌』といった見方もあった。
いずれも地球生物学類似の思考から生まれた――比喩としてはわかり易いけれども――、実際はきわめて特殊なモノの見方といえた。
〔辺境〕は、ある日突然、忽然と太陽系周辺領域に現れた。
最初にそれを同時観測した幾人かの天体物理学者たちは、新種の重力レンズによる空間湾曲理論を検討したという。それだけを見れば、論理的に隙のない数学モデルではあったが、やがて時が経ち〔辺境〕の不可解性が広く認識されると、それら理論は悉く自然消滅していった。その後、雨後の筍のように――既存・新興は問わず宗教絡みの理屈はいうまでもなく――各種理論が噴出したのは歴史の示す通りである。
多くの物理的相互作用(通信や検出)がほとんど成立しない〔辺境〕に対する謎は深まるばかりで――幸いなことに、その検出困難性が逆に〔辺境〕からこちらへの非干渉性を保証したために終末論は広がらずに済んだのだが――地球人類はある意味、無知を暴き出される格好となった。
だがそれが風景――パソコンの壁紙のごとく――脅威的でないと知った多くの者たちは〔辺境〕に対する関心を急速に失っていった。