7
新庄充明の三回目の幽霊体験は、前の二つとは明らかに異なっていた。
新庄側に川田に関する情報が揃っていたことがひとつ。ふたつ目は、相手も自分のことを憶えていたことだった。
その後の調べで、新庄は自分の無知を恥じた。川田智博は、あのとき新庄が考えていた以上に有名人だったのだ。その影響力は――直接および間接に――ゲームやコンピュータ業界に及んでいた。現在、市販されているほとんどのソフトやハードは川田の息がかかったものだった。素人にはわからない内部部品の多くにも、川田の特許が絡んでいた。
天才!
言葉にすると陳腐だが、新庄は川田智博教授をそう認識するようになっていた。
その川田教授との最後の偶然の出会いは、またしても新庄が予期せぬときにやってきた。
数年前に就職した建設会社の仕事で、自分が生まれた土地でもある東京都S区のK町を訪れたとき、起こったのだ。
「おや、またお会いしましたね」
最初に声をかけてきたのは、例によって老人の方だった。
「あなたとは、どうも相性が良いようですな」
「わたしは、あの、新庄充明という者なのですが、その不躾で大変失礼なんですが……」
新庄は何年間も考えた末の内容を川田の幽霊に問いかけた。
「あなたは川田智博教授ですよね。T大学理論生物学教室の?」
「はい、そうですが。それが何か?」
川田が答えた。
「もっとも現在は隠居の身ですが……」
「あなたは何年も前に失踪されて幽霊となった」
と新庄は続けた。
「だが、幽霊というのは実は正確じゃない。あなたはホログラム映像なんでしょう? あなたの町に投影されている。そして、そのホログラム映像の実体は――というのも変ですが――時間発展する自己ソフトあるいはプログラムとかいった、そういうものですよね。そして、なぜかそれが現実の町、あるいはわたしという一個の存在と同期した。……ずっと考えてきたんですが、それがわたしの幽霊体験の正体なんでしょうか? わかるのであれば教えてください」
すると川田老人の幽霊は、ふうむ、とひと言唸り、
「なるほど、そういう事もあるわけか?」
と呟いた。それは川田の独り言だったが、瞬間、新庄は身体に寒気を憶えた。
「ま、隠していても仕方ないので、はっきり申し上げましょう」
川田は新庄にそう告げた。
「このぼくは、たしかにあなた、新庄さんの仰るように計算機ソフトです。残念ながら最初のヴァージョンなので、ホログラム映像ではありませんが…… ついでにいえば、現在はもう少し分岐した別のヴァージョンの川田も存在しています。さて」
と、そこで川田は困ったように首を傾げた。
「新庄さん、あなたもそうなんですよ。ぼくが最初に走らせた町の計算機シミュレーションに付随する――といっても完全に独立してはいますが――人格なんです。いまは、実時間では何年なのかな? ここでさえ二〇三〇年になっているから、稼動開始が昭和四十年だとすると六十五年は経っている計算になりますね。最初のハード上で走っているとすれば実時間で七百年は経ってしまったことになりますが、その後の技術革新もあったので、せいぜい二、三百年といったところでしょう。あなたは現在二十代のようだから、実時間では五十から八十年、計算機の中で稼動しているということになる。……とまあ、そういったことなのです」
「なるほど、了解しました」
ややあってから新庄は答えた。
ショックがなかったといえば嘘になるが、川田の説明は的を得ていると実感できたのだ。だから、それ以上の精神上の衝撃はなかった。だが――
「もうひとつ質問してもよろしいでしょうか?」
と新庄はおずおずと口にした。どうしても気になることがあったのだ。
「どうぞ、何でもご質問されて構いませんよ」
川田が答えた。
「オリジナル、というか、このわたし=新庄充明は実世界でも存在しているのですか? それとも、このわたしはこの世界だけのオリジナルなんでしょうか?」
新庄の質問に川田は答えた。
「町の住民の人格シミュレーションには頭を悩ませました。人権問題が生じる可能性があったからです。そこでぼくは折衷案を採択しました。実世界の何人かについては、研究の趣旨を話し、念書を取らせてもらう形で実在の人物に近い形で計算機に取り込みました。でもこの町の大半の住人は、この世界だけのオリジナルです。……残念ながら、新庄さん、あなたがそのどちらだったのか、ぼくにはすぐにわかりません。もちろん機会があれば調べておきますが……」
「いえ、それには及びません」
と新庄は答えた。それらなそれで別に困りはしない、と感じたからだ。
それに見分けがつかないならば区別してどうなる?
すでにここはオリジナルの世界だし、人生の意義はそもそも不明だ。それは与えられるものではなく、自分で見つけてゆくものなのだから……
「ご納得いただけましたかな?」
「はい、どうもありがとうございました」
新庄は川田に深深と頭を下げた。
そして、これまでにない清清しい気分で、会社の取引先に注文を取りに向かった。