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帰還  作者: り(PN)
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 西暦二〇二五年二月十七日、理論生物学者の川田智博は忽然と姿を消した。

 もっとも川田は普段あまり人前に出ることはなかったので、実際に失踪が問題視されたのは数日後のことだった。

 川田に家族はいない。

 十数年間連れ添った妻とも、数年前に離婚していた。

 最初に川田の失踪を発見したのは、通いのヘルパー、喜田川加奈子だった。

「ええ、はじめは、いつもみたいに、先生が何処かに出かけられただけだと思いました」

 その後のメディア記者へのインタビューで喜田川は証言している。

 川田智博は当時四十六歳だったので年寄りではなかったが、片親が罹患した薬物性の病気が遠因となり、生まれつき足腰が弱かった。もっとも長年愛用している木製杖の扱いは馴れたもので、毎朝一時間程度の軽い散歩に出かけるのを日課としていた。

 喜田川は、それが昼まで長引いたのだろう、と考えたのだ。

「スペア・キーは預かっていましたので、部屋の中に入ることはできました」

 と喜田川は続けた。

「あの日は三日分の惣菜を作る日でしたから、すぐにその作業に取りかかりました。前にも何度かそういうことがありましたし、川田先生からも、不在の場合はそのまま作業に入って結構です、といわれていましたから……」

 その指示は、喜田川が勤める派遣会社の金庫にも念書として存在していた。メディア記者がそのことを確認すると、

「はい、川田先生からその話を受けたとき、会社の方にも確認を取ったんです」

 喜田川は答えた。

「なにか事故があったときに責任を取れないからと――あんまり気は進まなかったんですけど――念書を書いていただいていたからです。川田先生さんは、厭な顔ひとつせずにそれを引き受け、判を捺してくれました」

 だが帰社しようという時間になっても川田が帰宅しないので、喜田川は不審に思い、会社に連絡を入れたのだという。

「ええ、事務の方にすぐ対応してもらいました」

 喜田川から連絡を受けた派遣会社の担当係、村沢睦夫は、川田の衛星携帯に連絡を入れた。だが回線が切れているわけでもないのに、川田からの返信も、さらには留守録メッセージも返ってこない。そこで村沢は、川田の携帯から川田の位置を逆探知しようと試みた。迷子や、道に迷った痴呆症の老人に対してよく採られる通常の処置だった。

 結果はエラー。

 川田の居所はついに検出されなかった。川田とともに衛星携帯自体も消失していたようだ。

 村沢はその理由を単純に衛星携帯が破損したためだろうと推測した。だがその場合、川田自身も怪我などをしている可能性が高い。そこで村沢は、すぐさま警察に事情を話し、川田の捜索を依頼した。

 だが――

 それから数年が経過しているが、いまだに川田智博教授の居所は掴めていない。


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