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踏み切りの向こうを電車が勢い良く通り過ぎていった。
仁科雅夫の感覚からすれば旧い型番の車両だ。正式な名称は忘れてしまったが、電鉄名は確か小田急線とかいったはずだ。
ガタン ゴトン ガタン ゴトトン
重さを感じさせる響きでいくつもの車両が通り過ぎていく。実際、その振動は地面を通して仁科の足から腹にまで直に伝わってきた。六両編成の短い車両。そして――
キンコン カンコン キンコン カンカン……
踏切の警報器が鳴っていた。明滅を繰り返す信号ランプは、だが注意深く観察すると、その警報音と同期していなかった。警報ランプの明滅の方がわずかに周波数が高かったのだ。
「情報が合致しないと気持ちが悪くなりますね」
仁科の傍らでやはり踏切が開くのを待っていた金森達哉が、仁科の眼と耳の動きを追いかけて、納得したように呟いた。
「眩暈がしそうですね」
「いや、きっとこの方が正しいんだ!」
顔を車両に向けたまま仁科が答えた。その声は通過列車の轟音に掻き消されそうだ。
「おそらく、間違いなく…… 川田教授が手をつけたことに抜かりがあるとは思えない」
仁科は硬い口調でそういい、金森にチラと眼を向けた。
数秒後、電車が走り過ぎ、竹製の遮断器がのろのろと上がった。
すると、それまで車両の通過音によって一時的に遮断されていた辺りの喧騒が蘇った。
どこか埃っぽい町の空気と合致した軽トラックの音、タイヤとアスファルトが擦れる音、人いきれ、自転車のフレームが軋る音、靴と地面が触れ合う音。
ざわ ざわ ざわ
ザワ ザワ ザワ
それら音の元がいっせいに踏み切りを渡りはじめた。慌しげな、どうにもせっかちな様子で……
「さ、おれたちも渡ろうや」
仁科はいったが、自分の発した言葉に先だって身体が反応していた。脚が自然に動いていたのだ。
「ホラ、金森、もっと速足じゃないと通行に迷惑だぞ!」
急いで周りを観察すると、
「なるほど、そうですね」
金森が答えた。彼の町への適応は仁科よりも鈍いようだった。自分の言葉に反応するかのように、不器用に歩行スピードを上げる。
「わたしは町に馴れるのにもう少しかかりそうです」
金森が呟いた。自覚症状はあるらしい。
「で、とりあえず、どちらに進みますか?」
踏切を渡ってすぐ先の狭い十字路で、金森が訊ねた。
「そうだなぁ、あっちの魚屋が見える方向に行ってみよう」
そして今度も、答えより先に脚がその方向に踏み出していた。先ほどより、さらに速足となって……
(どうやら、おれはこの町に気に入られたようだな)仁科は思った。
町の狭い道を高速で走り抜けようとする軽自動車をするりと交わすと――遅れて付いて来た金森はもちろん、ビッ ビッ とクラクションを鳴らされた――灰色の濁った空をついと見上げた。
(もっとも、あの曇天はいただけないが……)