波乱の新学期
「あ!見つけたー!」
いきなり食堂に甲高い声が響き、思わず喉にパンを詰まらせた。
「ロザモンド!?」
正面で食事を取っていたウィリアムが顔色を変えて立ちあがり、咳きこんでいるわたくしの方に来ようとしたその腕をぐいっと女生徒がしがみつくように引っ張るのが見え、ハンカチを口に当てたまま目を瞠る。
サンディブロンドの髪は肩よりやや長め。両サイドの髪を少しすくって三つ編みにしている。三つ編みの端には幅広のピンク色のリボン。
幅広のリボンはフリルのついた可愛いドレスなら似合うかもしれないけれど、シンプルな制服にはあまり似合っていない。
きらきらした瞳は濃い緑色でエメラルドよりヒスイを思わせる。
唇はピンク色で艶があるけれど、グロスを塗っているのが明らか。夜会ならともかく昼間使う化粧品ではない。
それに…。
制服のスカートの丈が膝のあたりまでしかない?
この国の貴族令嬢は足首より上を夫以外の異性に見せないのがマナーのはずなのに?
…な、なんですの?この貴族令嬢らしからぬ生徒は?
「ウィリアム様!昼食をご一緒しましょう?」
…聞き間違いかしら?王太子殿下の名前を…呼んだような?
「ねえ。ウィリアム様。」
ぷちっと何かがわたくしの中で切れた。
音を立てないように静かに立ち上がる。
「クラスバッジからすると1年生かしら?王太子殿下のお名前呼びは不敬でしてよ?」
途端にその女生徒が大きく目を瞠り、わたくしを指さした。
…上位貴族への指差しは大きなマナー違反なのに。
「わー、あなた、ロザモンド・オルレアンでしょ?悪役令嬢の!」
…わたくしが誰かをわかっていての呼び捨て!?
ショックで「なんとか令嬢」の部分が聞き取れなかった。
「いい加減に離せ!」
ウィリアムが激高し、その女生徒を払いのける。
食堂は椅子と椅子の間隔が狭いので、昨日のように魔術で吹っ飛ばしてはまずいと計算するくらいの理性は働いたようだ。
「王太子たるわたしにむやみに触れるな!ついでに名前を呼ぶ許可を出した記憶も無い!」
食堂内のざわめきが大きくなる。
「ロザモンド、真っ青になっている。医務室に行こう。…ジョゼフ。すまないが片付けを頼む。」
ジョゼフは王太子付きの学院内での護衛だ。護衛だけでなく雑務もこなす。
「ま、待って!ウィリア…。」
女生徒が呼び止めようとしたその瞬間、彼女は顔に水の玉の直撃を受け、鼻と口に水が入ったらしくむせていた。
わたくし達の近くの席で食事を取っていたカイルが放った魔術だ。
「耳障りだ。」
「ひ…ひどい…。カイル様…?」
「いつ俺が君に名前を呼ぶ許可を出した?頭から水をかけて冷やしてやろうか?」
「ひどぉい!」
言い捨てて女生徒が逃げていく。
「…だ、誰、あれ?」
「光の属性持ちじゃないか?」
「ああ、確か1年D組のマリアンヌ・グロー?」
「彼女は男爵位じゃなかったこと?」
「うそだろ。男爵ごときが王太子や公爵にあの口の利き方?」
どこも具合は悪くありませんとウィリアムに言い張ったものの、顔色が悪いから念のためだと無理に医務室へ連れていかれてしまった。
学院医師は簡単な診察をしてくれた後で、
「大きなショックを受けただけでどこも悪くはありません。でも、落ち着くまでここで休んだ方が良いですね。」
と仮眠室に入れてくれた。
「大丈夫?ローズ?」
「あの?彼女は?」
「昨日話したでしょう。光属性を持っているグロー男爵令嬢。」
「ああ…あの方が……。」
「不敬罪で逮捕しようか。君を指さし、呼び捨てにした罪で。」
「わたくしより…。殿下への不敬の方が大きくございませんか?」
「うん?」
「殿下の腕に…その、しがみついてましたわ?」
…わたくしだって自分からそんなことしたことないのに!
ぎゅっと両手でドレスのスカートを知らず知らずのうちに握りしめていた拳の上から、そっとウィリアムの手が重なった。
「もしかして嫉妬してるの?」
ぼっと顔が燃えた。
「し…してません!嫉妬なんて!…王太子殿下の御身に触れるのは最大の不敬ではありませんか!」
そっぽを向く。
くすっと隣でうれしそうな小さい笑い声がした。
「そう?そういうことにしておくよ。」