マリアンヌその後
マリアンヌその後
「マリアンヌさんがわたくしと会いたいと?」
学院を卒業後、王太子妃として忙しくすごしているわたくしは、魔術庁副長官に抜擢されたカイルからそれを聞いて耳を疑う。
「…カイル様もマリアンヌさんが生存していることをご存じなのですね?」
「知っているだけじゃなくて、何度も会っているからねえ。」
「そ、そうなのですか。」
「国王陛下のご指示で父と一緒に彼女をいろいろ調べているんだ。で、つい先日、突然、彼女がどうしても君と2人で話をしたいと言いだして。ロザモンド様と話をさせてくれるまで私たちに元居た世界の話はしないって駄々をこねられているんだ。まだ聞きたいことも多いし。だから、彼女の希望をちょっと叶えてやってくれないかなあ。」
「わたしは反対だな。」
突然、背後から低い声がして、思わず振り返れば、ウィリアム王太子が眉間に縦皺をくっきり刻んだままこちらに近づいてきていた。
「ウィル。今は公務のお時間では?」
「カイルと2人きりで話をしていると聞いたのでね。」
「なっ!2人きりではございませんわ。」
思わず、わたくしは両手でドレスをぎゅっと握りしめて抗議してしまう。
そうよ。
わたくしがウィリアム以外の男性と2人きりになるはずないじゃない。
この部屋には会話が聞こえない程度の距離を保っているけれど、3人も侍女が控えているのに。
「結婚してもなお、その嫉妬深いのは直らないのか、殿下は。」
呆れたようにカイルが左手で自分の額にかかっている前髪をはね上げた。
「…うるさい。」
ウィリアムが背後からぎゅっとわたくしを抱きしめながら、カイルを睨みつけた。
「ローズとマリアンヌを会わせるわけにはいかない。マリアンヌはローズを敵視していたじゃないか。ローズを万一襲ってきたら…。」
「ああ。その心配はいらないよ。」
カイルの説明によると、マリアンヌが閉じ込められている地下牢は古代魔術により、囚人んが逃げ出せない(連れ出すこともできない)だけではなく、自殺や他の人に危害を与えることもできない特殊な空間なのだそうだ。
「そうだとしても!マリアンヌの言葉でローズが傷つく必要はない!」
「うーん。マリアンヌはただ単に話がしたいだけだと言っているんだが。」
「絶対にダメだ!」
ウィリアムとカイルがわたくしをそっちのけにして口論を始めてしまった横で、わたくしはどうしようかと少し考えこんだ。
彼女の非常識な生き方は、どこか他所の世界…前世の世界の知識を持っていてそこの常識によるもの、という話を王妃様から聞いている。
としたら、決して根から性悪だったとは思えない。
「ウィル、カイル様。わたくし、マリアンヌさんに会いますわ。」
「なっ!ローズっ!?」
「マリアンヌさんは魔術庁長官に有意義な話をされていると聞いております。…わたくしが彼女と話すだけで、これからもこの国の発展に必要なお話をしていただけるなら、王太子妃として会うことは必要ではありませんか。」
「いや、しかし…。」
結局、わたくしの決心が固いと知ったウィリアムは自分もついていくと言いはったけれど、マリアンヌの要望がわたくしと2人きりで話したいということで。
なんとか説得して諦めてもらったけれど、わたくし、それだけでぐったり疲れ切ってしまいましたわ。
王太子妃になってからは自由時間も少なく、調整がどうしても必要で、カイルの依頼から1週間ほど後にようやく時間が取れたわたくしは、カイルの案内で地下牢にとやってきた。
「…ここですの?」
王宮の奥深く、壁しかない殺風景な所に連れてこられて首をかしげるものの、すぐにカイルが壁に手をついて聞き取れないほど小さな声で呪文を唱えながら魔力をこめれば、壁の一部がぐにゃりと円形にぼけた。
「!?」
「ここから入ってください。一本道です。迷うことはありません。帰るときは私の名前を呼んでください。お迎えに上がります。」
「…わかりましたわ。」
わたくしは少し怖かったけれど、思い切って、ぐにゃりと渦を巻いているところに足を踏み入れる。
「…え?」
目の前にはぼんやりとした白い霧がたちこめ、振り返れば入ってきたところが何もない。ただただ、白い霧の中だ。
「迷うことは無いって聞いたけれど…?」
ふと足元を見たら、銀色に光る道のようなものが見えた。
「…一本道…。」
銀色に光る道をたどるとほとんど歩かないうちに突然、霧が晴れて視界が開けた。
目の前には、銀色の大きな檻。
檻の中にはシンプルなベッド、テーブルといす、小さな棚などが揃っている。
檻さえなければ、貴族令嬢の私室といった感じだ。
そして、ベッドにはマリアンヌが腰をかけて本を読んでいる姿が見えた。
「…マリアンヌさん?」
思い切って声をかけると、彼女がさっと顔を上げるが早いか、満面に笑顔を浮かべてこちらに駆けてきた。
驚いたことに、檻の扉は鍵がかかっていないらしい。
檻から飛び出してきて、わたくしの手を取ってブンブン振りながら、彼女は笑顔を見せる。
「やった!ロザモンドが来てくれた!」
「あ、あの?」
「こっち。こっち来て。わたしは檻からそれほど離れられないの。」
「え?」
そして、わたくしは気づいた。
首元や手首に蔦のような黒いアザ状の模様が彼女に浮き出ていることに。
「…これはアザ?…もしかして…ご病気では?」
「ん?ああー、これ?」
困ったようにマリアンヌがへにゃりと笑う。
「なんかねえ。全身にこのアザ?が浮き上がってるの。カイルの話だと、古代魔術でこの銀の檻とつながっているアザみたい。銀の檻から離れると、このアザがトゲみたいになって全身に突き刺さってすごい痛いの。だからねえ。ここから離れられないんだわ。」
「……。」
「ま、その話はいいから。こっち来てよ。」
銀の檻の中に入るように手を引っ張られて、わたくしは少し怖かったけれど勇気を出して入る。
「えーと、座って。お茶入れるから。」
「わたくしと話をしたいということでしたけれど?」
「そう!ねえ。あなたも転生者でしょ?」
「はい?」
「ん-と。日本の記憶があるでしょ?」
「…二ホン…?」
「ああー!ここにはわたしたち2人だけだからっ。声も外には聞こえないからっ。絶対に内緒にするから、もう正直に言ってよ!わたしは灰谷真理って言うの。ここに来る前は女子高生だったの。」
「ジョシコウセイ?」
「ううー!…あれ、もしかして日本人じゃないのかな?ねえ。地球から来たんでしょ?あなたも!」
「…チキュウ?」
「うー!アメリカとか!フランス、ドイツ、イタリア、ロシア、中国!…ねえ?どれか知っているでしょう?」
「……え?…それらは何ですの?」
「…本当に、本当に、別の世界から来たんじゃないの?」
「別の世界…。何のことだか…。」
「……。生まれた時から、ロザモンド?ほかの人の記憶とか無いの?」
「他の人の記憶とは何でしょう?わたくしは、ずっとロザモンド・オルレアンでしたわ?あ、今はオルレアンを名乗れませんが…。」
マリアンヌの顔がゆがんだ。
「…そっかあ。転生したのはわたしだけだったんだ……。あは。バッカみたい。」
突然、マリアンヌの目から涙がぽろぽろ滝のように流れてきた。
「うっく。ぜーったいあなたも転生者だと思ってたのに、違うんだ?この世界はゲームと違うって理解してても、転生者が他にもいると思ってたのに。そしたら、あっちの世界の話が普通にできて、少しは辛いのが和らぐと思ってたのに。うう。うわーん。」
生まれる前の記憶を持っているのではないの?
転生者の意味がわからず困惑したけれど、彼女が本当に悲しんでいるのがよくわかったので、わたくしはそっと立ち上がって彼女の背中をさすってあげた。
彼女は泣きながらも、わたくしを悪役令嬢と呼んで敵視していたのは、この世界がゲームの世界だと思っていてそのストーリーの通りに自分が動かないといけないと信じていたからだと告白してくれた。
「ウィリアム様もカイル様もロザモンド様も全員、ゲームとは違う性格だったのに、ちゃんと普通に接していれば気づいたかもしれないのに、わたし、思い込んじゃって何も見えなくて、ごめんなさい。」
最後には小さい声だったけれど、ちゃんと謝ってくれて、わたくしもちょっと泣きそうになりましたわ。
最初から前世の記憶があるので混乱しているって話してくれたら、もう少し、わたくし達の関係も今ときっと違っていたでしょうから。
「現時点ではここから貴女を出してあげることはできないらしいの。一度ここに入れられた人は一生出られないんですって。使われている古代魔術の研究を進めさせるけれど…。正直に言って、あなたが生きている間に解析されるかどうかは難しい…と思うわ。だから、せめて、ここで何とか落ち着いて暮らせるように、わたくしができることはいたします。ご要望をお聞かせくださいますか?」
「ありがとう。それなら、あなたがおしゃべりに来てくれるとうれしいんだけど…。」
「ごめんなさい。できるだけ努力はするけれど…、時間が…。」
「うん、うん。わかってる。王太子妃になったんだものね。予定がびっしりだってカイル様からも聞いてるし。…でもね、ここは何もないから……。1日が本当に長くて…。気晴らしになるものが欲しいなって…。」
しょんぼりとしたマリアンヌを見れば、心が痛む。
こうしていれば、ごくごく普通の女の子だ。
かといって、この地下牢に立ち入れるのは限られたものごく少数。
まして、彼女は死罪でこの世にもう居ない人物だ。
話し相手として侍女を送り込むこともできない。
「マリアンヌさんの趣味は何ですの?」
「趣味…趣味らしいものって持ってなかったのよね、こっちに来てから。」
「ニホンでもですの?」
「ううん。日本ではライトノベルを読むのとゲームをするのが趣味だったかな?でも、この世界はどっちも無いからねえ。」
「ライトノベル?ゲーム?それは何ですの?」
マリアンヌからくわしく説明を受けたわたくしは頷いた。
「…無いなら、マリアンヌさんが作るってのはいかがですか?」
「へ?」
「ゲーム…は。スマホとやらがありませんので無理かもしれませんが、ライトノベルとやらはこちらには無いジャンルの小説ですよね?でしたら、あなたの知っている世界の小説をわたくしも読んでみたいですわ?」
「…ライトノベルを…わたしが、か、書く?」
「だめですの?」
マリアンヌが急に首をブンブン振った。
「そんなことない!…そっかあ。ライトノベル、書いてもいいんだ。…紙とペン、たーくさんもらえる?」
「承知しました。書き物がしやすい机や図鑑、辞書なども用意させますね?」
その後、マリアンヌは夢中になってライトノベルを書き始めた。
「誰にも邪魔されないで妄想に浸れるってのもいいものよ!」
時々、彼女の元を訪問したけれど、彼女は最初に地下牢で会った時より、ずっと穏やかになっていて。
彼女が書いた小説の最初の読者になったわたくしは、この世界には無い発想に驚かされた。
けれども、この世界に合うように一部を手直ししてもらった後に「令嬢向けの妄想小説」というジャンルで本を売り出してみたところ、若い貴族令嬢たちの間であっという間にベストセラーになった。
そして、小説の著者は「マリ」という名前だけで表舞台に全く出てこない秘密性も魅力だったのか、貴族令嬢たちは「マリ」探しにも夢中になった。
もっとも、誰も「死罪になった」マリアンヌ・グローのことは思い出しもせず…。
貴族令嬢たちが熱中した小説は、彼女たちの侍女、そしてその下の下働きたちにも読まれるようになり、やがて、文字が読めない平民達にも、「劇」を通じて大流行を巻き起こした。
その結果、この国では「悪役令嬢」だの「ざまあ」だのが流行語になったのはその後のお話。
これで完結です。最後までおつき合いいただき、ありがとうございました。




