2人のお茶会
「まあ、本当に今が見ごろですのね。誘ってくださってありがとうございます。殿下と一緒でなければここは入れませんもの。」
感嘆の声が思わずこぼれ、知らずに微笑みが浮かぶ。
「ウィル。」
不機嫌な声に、わたくしはあっと口元を軽く抑えた。
「ごめんなさい。ウィル様。」
「様もいらないんだけど?」
「さすがに無理ですわ…。」
「もう…。君は本当に…。いつかは敬称なしで呼んでくれるよね?」
「そ、その時が来ましたら…。」
「その時って?」
「い、意地悪です!」
火がついたかのように顔が熱くて、思わずぷいっとそっぽを向いてしまえば、後ろからふわっと抱きつかれて心臓が跳ねあがって。
「すねちゃった?」
「ウィ…ウィル様。あの、お離しくださ…。」
「嫌。」
肩に彼の顎が乗り、背中までまっすぐ垂らしてある髪ごしに彼の息遣いを感じて、心臓が止まりそう。
「大好きだよ。ローズ。」
ウィリアムは出会った当時からずっと、2人きりの私的な場所では、わたくしを「ローズ」と愛称呼びされている。
耳元でささやかれて思わずふらっと身体が崩れ落ちそうになったけれど、彼が抱きしめる腕に力がこもって密着度が高くなってしまい、恥ずかしくていたたまれない。
「耳まで真っ赤…。」
「み…見ないで、くださいませ…。」
必死で身をよじって抜け出し、気まずい思いを隠すように周囲を見渡せば、紅茶の香りが微かに漂ってきた。
「あ。ガゼボにお茶の支度をしていただけたようです。喉が渇きましたわ?」
「そうだね。向こうで話そうか。」
幸い、彼から逃げ出したことに怒ってはいない様子ですっと手を差し伸べてくれたので、そっと手を重ね、彼とともにガゼボに向かう。
ガゼボの中にはお茶の入ったポットと、色とりどりの一口でつまんで食べられるお菓子が盛られたお皿が用意されていて、自然と笑顔が浮かぶ。
甘いもの…大好き。
お茶をいただきながら、とりとめのない話をしていた最中、思い出したようにウィリアム様が話題を変えた。
「そうそう。光の属性を持つ生徒が出たって父に報告したよね?」
「はい。マリアンヌ・グロー男爵令嬢でしたか。グロー男爵は西の外れの領地持ちでしたわね。昨年は穀物の出来が悪く納税額を下げてほしいと申請してきた方と記憶しておりますが。」
「さすがだね。ローズ。」
「と、当然ですわ。王太子妃になる者として。」
褒められてうれしいけれど素直になれなくて、つんと顔を上に向けてしまう。
「そのマリアンヌ・グローなんだけれど、どうも礼儀作法をあまり学んでいないようだった。」
「そういえば、先ほど陛下が王妃様に会わせるとおっしゃった時にお顔が曇られていましたけれど、それが原因ですの?」
「ああ。」
ウィリアムからマリアンヌの話の聞いて仰天した。
何てことを。ウィリアムの腕に抱きつくなんて!
わたくしでさえ自分から彼に抱きついたことは無いのに…。
…うらやまし…違うわ、なんて破廉恥なの、マリアンヌは!
ずきっと痛んだ心はきっと、その礼儀知らずにショックを受けたから、よ。きっと。
「ともかく。学院の授業で礼儀作法も学べるから、そこで改善してくれるといいなと思っているけれど、改善前に母上に会わせたら母上が卒倒しそうで怖くてね。それはそうと、彼女と母上が会う時は君が同席してくれないかな?」
「それは構いませんけれど…。わたくしは光属性を持っていないので、お邪魔かと思いますけれど?」
「いや。将来の王妃としては光属性がどのような勉強をするのか知っておくのも必要だと思うんだ。」
「あ…。申し訳ございません。そんな当然なことに思い至りませんで。」
「ううん。君に負担をかけてしまうのは心苦しいのだけれど。」
「とんでもございません。わたくしを気遣ってくださって感謝します。」
その時、王太子付きの秘書官が近寄ってきた。
「ロザモンド様。宰相閣下が帰宅されるそうです。王宮にロザモンド様がいらっしゃっているとお聞きになり、ご一緒に帰るようにとのことでお待ちされております。」
「お父様が?わかりました。」
「もうそんな時間か。名残惜しいけれど、また明日、学校で。」
「はい。今日はお招きいただきありがとうございました。」
「送るよ。公爵のところまで。」
差し伸べられた彼の手にいつもはそっと触れるだけなのに、今日はきゅっと握ってしまえば、一瞬驚いたように目を瞠られたけれど、うれしそうに握り返してくれた。
…大好きですわ。ウィル様。