地下牢にて2
その後、時々、魔術庁長官と彼の部下の魔術師がやってきて自分の話を聞いたり、いろいろな道具で検査をされた。
食べ物と飲み物は1日3回、突然何も無い所から現れ、床に置かれた。
質素なものだけれど、ちゃんとまともな食事だった。
普通の牢だったら、食事や清掃のためにやって来る看守と話もできただろう。
でも、彼女は一人ぽっちで何も無い空間に閉じ込められた。
だから、魔術庁長官が来ると、人に飢えたマリアンヌにとっては絶好のおしゃべりの機会だった。彼は意外と気さくで何でも話をしてくれた。
「あいつは何者だったの?」
自分を破滅させた魅了のことを教えてくれた男のことも聞けばあっさり教えてくれた。
彼はヴィクトル・ユーゴと言い、元魔術庁に勤めていたそうだ。不法な人体実験を繰り返したため罪を問われるも脱獄したそうだ。
彼の目的は自分を認めなかった王家への復讐。
一思いに殺すのでなく、じわじわと甚振って苦悶するのを見たかったらしい。
マリアンヌの魅了の魔術がどれくらい通用するかを見極め、使えそうだったらマリアンヌを傀儡として貴族界を混乱させる計画だったそうだ。
当初の脱獄時に死罪を言い渡されていたため、今回必要なことを聞きだした後で速やかに刑が執行されたと言う。
そして自分は。
ここから出られない終身刑だと聞かされた。
本来は王家への反逆罪で死罪だけれど、転生という事象が珍しいから命だけは助けたと言われた。
逃げられないように、逃がされないように、ただ、生かされるだけというのも地獄なのに。
魔術庁長官が気晴らしにと来るたびにいろいろなジャンルの本を置いていってくれる以外、何も娯楽がない毎日を長い間、マリアンヌは過ごした。
読書は嫌いだったけれど、何も無いここでは、時間潰しにそれらの本を読むしかなかった。
何度も繰り返し同じ本を読めば嫌でも頭に入る。
それらの知識と魔術庁長官との会話を通して、ようやく、マリアンヌはここがゲームの世界では無いと理解ができていく。
ここはちゃんと現実で、それぞれの人が自分の考えで生きている世界なのだと。
この国には日本と違う法律があり、身分制度があることを理解した。
何より、ウィリアムもカイルも攻略対象なんかじゃなく。
ただただ、ゲームで推しだったから追いかけていただけで、本当の彼らを自分は全く知らないこともよく分かった。
ゲームの世界の設定が現実離れしていることも。
「平民が貴族と結婚?ありえんな。」
転生前にどんな小説を読んでいたのか聞かれて、王子と平民のハッピーエンドの童話の話をしたところ、すげなく返されて。
「でも、長官!お忍びで街に出た王子様が平民の可愛い子に、高慢な貴族令嬢にない可憐さを感じて好きになることもあるかもじゃないですか?」
「絶対にありえないな。」
「なんでえ?」
「逆に聞こう。マリ、お前は子供の時に平民と遊んだと言っていたな。今、大人になってどうだ?彼らの誰かと恋人になりたいと思うかね?彼らが貴族で金持ちになったと仮定して、だ。」
「絶対にあるわけないじゃん!」
「なぜだ。」
「え…だって。顔が好みじゃないし。下品だし。」
「ほれ。わかっているじゃないか。」
「…え?」
「平民と我ら貴族は同じ国民でありながら、体格も顔立ちも話し言葉もすべて違う。」
…マリアンヌは頭を殴られた気がした。
確かに、貴族と平民では食べる者や運動の仕方が違うからか、あるいは遺伝か、身長差が大きい。男女ともに平均身長が10センチは違う。
街中を貴族が歩いたら、身長が高いので目立つ。変装なんて意味が無い。
顔立ちも…。女性の場合は特に違いがありすぎる。
平民は日焼けするので肌がどうしても黒くなるし、高価な化粧品を使わないのでざらざらしている。遠くから見かけて「あの人すごい美人!」と思っても、近づくと肌が荒れているので、せっかく綺麗な造りなんだから手入れしろよ!と突っ込みたくなる。
つまり、すべすべとして白い肌の貴族令嬢を見慣れている貴族の男性が一目ぼれする確率は……極めて低い。
「何よりも言葉の壁が大きいしの。」
魔術庁長官が長いひげを撫でる。
「王立貴族学院では、役人になりたい生徒用のコースがあっただろう?そのコースでは平民語も学ぶのを知っているかね?」
「え?」
「挨拶一つとっても同じ国民じゃが、全く違う。貴族の挨拶は「ごきげんよう」一つだが、平民の挨拶は場所によって変わる。市場の多い都市部なら「もうかってまっか。」だし、田舎の農地では「ええ天気でごわすなあ。」だ。…王族や高位貴族は平民と直接会う機会がほとんど無いので、彼らの言葉を学ばない。むしろ外交のために外国語を優先する。…つまり、お前が言う所の王子が街に出て一目ぼれした平民の娘が居たとしても、2人とも双方がお互い何を言っているか、会話さえままならん。どうやって好意を深めていくのかね?」
「……。」
「ま、お前が以前居た世界は身分制度が無いから想像を逞しくするのは構わん。だが、ここは身分制度がある世界で、それが通用しないことをいい加減気付くべきじゃな。」
マリアンヌは唇を噛む。
自分は『灰谷真理』で『マリアンヌ・グロー』という貴族令嬢ではないと。
彼女は6歳の時に亡くなっていたのだ。
…つまり、ゲームのヒロインは初めから存在さえしていなかったのだ。
もっと早く気づいていたら。
ゲームのヒロインであるマリアンヌ・グローと全く同じように行動しようと焦ることなく、灰谷真理として生きていたら。
この世界で身の丈にあった幸せを得られたかもしれない……。




