グロー男爵の怒り
「マリアンヌっ!」
マリアンヌが自室のベッドであぐらをかいて爪を磨いている最中に扉がいきなり激しく開かれ、父のグロー男爵が飛び込んできた。
「お父様?嫌ですわ。年頃のレディの部屋にノックもしないで入って来るなんて。」
「黙れ!」
普段は温厚な父が激高して怒鳴ったので思わずびくっと身体が硬直した。
「マリアンヌ!だらしない格好をするんじゃない!ベッドから降りろ!」
見たことが無いほど怒っている父に恐怖心が先に立ち、ベッドから飛び降りて父の前に立つ。
「な、何を怒っているの?」
「王妃殿下に呼び出されて何を言われたと思う!?」
「え?何?」
「お前は学院で、オルレアン公爵令嬢様に『王太子殿下との婚約は破棄され修道院に入れられる』などとほざいたそうだな!」
「え?だって、それ本当のことだし。」
その瞬間、頬に凄まじい痛みが走り、マリアンヌは後ろに吹っ飛んで床に背中を打ち付けた。
父に平手打ちされたと気づくまで数刻。
今まで、両親から手をあげられたことが無いのでショックが大きい。
「な、何するの!」
「黙れ!まさか、まさか、本当にお前がそんなことを言っていたとは…。そんなことを言う娘ではないと王妃様に申し上げたのに……。」
「お父様?」
「マリアンヌ!明日学院へ登校したら、すぐにオルレアン公爵令嬢様に謝れ!そして二度とそんな戯言を口に出すんじゃない!」
「た、戯言じゃないもん…。絶対そうなるもん!」
「絶対にそうなることはない!…そもそも、なぜそんな戯言を言い出したんだ?」
「え。だって。ウィリアム様はロザモンド様を嫌いになって、婚約破棄を言い出すんだよ?卒業式の日に。」
父が頭を抱えた。
「マリアンヌ。お前は学院で貴族について、ちゃんと学んでいないのか?」
「え?」
「王族の婚約が破棄されることは絶対に無い。それは王族の婚約は王家と貴族院の承認を得た正式な契約だからだ。破棄するような事態にならないよう、王家の婚約は慎重に審議される。当人同士の気持ちも確かめられる。そのうえで国としての契約が結ばれるのだ。だから、当人同士がたとえ相手を嫌いになったとしてもその契約は破棄できぬ。そんなことは貴族であれば誰でも知っているはずだ。」
「ええー。うそでしょ。ウィリアム様が『お前とは婚約を破棄する!』って宣言すれば破棄できるんでしょう?」
「何を馬鹿なことを言っている。仮にもしそんなことをしたら、廃嫡、いや王家から追放されるに決まっている。王家の結婚の重要性をわかっていない愚かな王族など王家には不要だからな。」
「う、うそ…。『聖パラ』の設定と違うじゃん…。」
「せいぱら?なんだそれは。とにかく。お前はこれ以上馬鹿な真似はするな。王妃様から『王家の婚約を壊そうとするなんて王家に叛意をお持ちなのかしら?』と言われたのだぞ。王家に叛意など持っていないと必死で弁明して帰ってきたのだ!お前はこの家を反逆者の家にして滅ぼしたいのか!」
怒鳴り散らしたあと、父は、オルレアン公爵令嬢にお詫びの品を用意せねば…と、マリアンヌを見向きもせず慌ただしく飛び出していった。
「…どうなっているの?」
じんじんと熱を持って痛む頬を手で押さえながら、マリアンヌはぎりっと歯をくいしばる。
「ここは『聖パラ』の世界でしょう!?王太子が婚約破棄を叫んだら婚約破棄されるんじゃないの?…くそっ。やっぱり、あの女が悪役令嬢のストーリー通り動かないからっ。あちこちでバグってるじゃん!!」




