悪役令嬢の噂
早くもマリアンヌが入学して1年が経ち、わたくしとウィリアムも最上級生になった。
1年後には卒業式が、その半年後には結婚式が予定されている。
でも、…わたくしは今、少しだけ憂鬱な毎日を過ごしている。
学院内で、わたくしがマリアンヌを苛めているという噂が相変わらず消えないから。
それに。
先日、たまたま一人で廊下を歩いていたら、マリアンヌがずかずか近づいてきて、いきなり変な言いがかりをつけてきたショックが後を引いている。。
「あんたは悪役令嬢なのよ!このゲームのヒロインたるわたしにウィリアムを譲りなさいよ!」
何を言われたのかさっぱりわからなくて。
「あの…。あくやく令嬢って何ですの?」
「悪役令嬢はあんたのこと!身分をかさに他の人を苛めて、王太子殿下が嫌がっているのにべったりくっついているあんたのことを悪役令嬢って言うの!とにかく!あんたはわたしをなんでもいいから苛める!そして、王太子から嫌われて、婚約破棄されて、修道院に行くの!それがこのゲームの結末!その通りに動きなさいよ!わかった!?」
自分が言いたいことだけを怒鳴って、わたくしの反論を聞こうともしないでマリアンヌは足音も荒く去っていった。
…今までなら。
マリアンヌに何を言われても気にしなかっただろうけれど。
「王太子に嫌われて婚約破棄されて修道院に行く」
という話はいったいどういうことなのか。
そんなデマは無視すれば良いのに、なぜか心の奥底にチクリと刺さったトゲ。これがいつまでも痛い。
…ウィリアム様は…。わたくしを好きでいてくださるわ…。
でも、最近の噂がその不安を後押しする。
それは、ウィリアムは王太子としての責任感が強いから婚約者のわたくしを大事にしているだけで、実は愛する女性は別に居る、という噂。
そして何よりきついのは、わたくしが王太子妃にふさわしくない、なぜなら身分を盾に弱い者苛めをしているから、という噂。
弱い者苛めをした覚えはないけれど、貴族のマナーがあまり上手でない令嬢達に指導するつもりで声をかけている覚えはある。それが、皆には苛めに見えているらしい。
しかも貴族のマナーが上手でない令嬢達は低位の貴族ばかりで、マリアンヌの取り巻きが多い。
校内でマリアンヌの周りに集まり、マリアンヌの言うことにいちいち賛同している令嬢令息達の数が増えて、"マリアンヌ派閥"と言ってもおかしくない一大勢力になろうとしているのは理解している。
派閥に属しているのは低位の貴族が多いけれど、一部の侯爵や伯爵家の令嬢令息も混じっている。
彼らはわたくしの実家のオルレアン公爵家と対立する派閥の貴族の子供達だけれど、我が公爵家と正面切って対立することの危うさを知っていて、マリアンヌを隠れ蓑にしているのはわかっているのだけれど……。
そして彼らが威張っていられるのは学院内だけ。
学院から出たら烏合の衆で何の力も持たないと理解しているのだけれど。
噂を全く無視できないのは理由がある。
最近、ウィリアムにイザベラ・バーリー侯爵令嬢がよく話しかけているのを見かけるから。
きっかけは、バーリー侯爵の領地で魔獣による大きな被害が報告された時にウィリアムが自ら王家所属の騎士団と共に赴いてそれを収めたことへ彼女がお礼に来たこと。
その後、イザベラは何かと自領の問題を相談に来たり、それに対してウィリアムが与えたアドバイスに感謝を伝えに来るといった、
決してウィリアムに話しかけても問題ない状況を巧みに作り出して彼と親しく付き合いだしている。
不思議なのは、ウィリアムもイザベラと笑い合っている時間が増えていること…。
イザベラがマリアンヌのようにマナーを守らないでウィリアムに突進してくるなら、わたくしも嗜めることができるけれど、イザベラは貴族令嬢としての立ち位置を間違えずにウィリアムの側にいるので、2人が楽し気に話をしていても、わたくしは何も言えなくて。
…ああ、また、ウィリアムとイザベラが楽しそうに会話をしているわ。
ぎゅっと閉じた扇子を強く握りしめていたら、パキっと音がして、扇子の要が壊れたのに気付いてため息をつく。
「嫌だあ。まるでイザベラ様を呪い殺しそうね?」
後ろからくすくす笑いがして、マリアンヌがニタっと笑いながら近づいてくる。
「ね?わかるでしょ?ウィリアム様はあんたのような悪役令嬢のことなんて愛していないんだから。義務よ。義務。わかるぅ?」
耳元でささやかれて、すっと頭から血が引くのを感じる。
「だからあ。もうウィリアム様にまとわりつかないで?あんたなんか絶対に婚約破棄を宣言されるんだからあ。」
バシッとわたくしの腕にかけられていたマリアンヌの手を握っていた扇子で叩く。
「痛いっ!何するのよ!」
「許可もなく公爵令嬢たるわたくしに触れたんですから、当然の報いですわ。」
「ええー!イザベラ様あ!ロザモンド様がまたわたしを苛めるんですけど!何もしてないのに、ほら、この手、見てくださあい!」
マリアンヌが涙をぽろぽろ流しながら、イザベラに駆け寄っていく。
「まあ……。赤くなっていらっしゃいますわね。一体どういうことでしょう?仮にも将来の国母にもなられるような方が、立場が低い者に暴力を振るうなんて…。わたくし、信じられませんわ?そう思われませんこと?殿下。」
「いや…。ロザモンドは何の理由も無く暴力を振るう令嬢ではない。何かあったのだろう?」
「わたし、何もしてません!ただ話しかけただけですぅ!」
マリアンヌがぷくっと両頬を膨らませてわたくしを睨む。
「ねえ?みんな。見てたわよね?わたし、普通に話をしてただけだもの。」
「ええ。確かに、マリはロザモンド様に話しかけていただけでしたわ。」
「ええ。それなのに突然、扇子で打ったのはロザモンド様ですわ。」
マリアンヌの取り巻きが証言する。
わたくしがすべて悪いのだと。
「…わたくしは当然のことをしただけですわ。」
マリアンヌをまっすぐ見据えてはっきり述べ、くるりと踵を返した。
後ろから、
「やっぱり、ロザモンド様は悪役令嬢よね!」
と言うマリアンヌの声を背に受けながら。




