ゲームシナリオと違うのはなぜ(マリアンヌSide)
マリアンヌはいらいらとして左手の親指の爪をかじりながら自分の部屋の中を足音も荒く歩き回る。
ゲームの通りにやっているつもりなのに、シナリオ通りに物事が動かない。
今日だって、王妃との授業ではシナリオ通りなら、自分の治癒魔術で花々が色あでやかに生き返り、王妃を感心させた後、王妃と王太子のお茶会に参加できたはずだ。
それなのに枯れた花は1輪も反応せず、王妃からは侮蔑のまなざしを受けた。
「何かが変、なのよ。」
その時、ふと気づく。
「そういえば、王妃との授業のイベントって、悪役令嬢がその場に居なかったじゃん。」
王妃とのイベントはアニメーションが流れていた。
その画面には絶対に悪役令嬢は居なかった。
王妃と王太子とヒロインの3人だけ。
「そうか!悪役令嬢のロザモンドがずうずうしくあそこにいたから、治癒魔術に失敗したんだ!王妃と2人で授業を受けなければいけなかったのよ。」
次回は絶対に王妃と2人の授業になるようにしなくては。
マリアンヌはそう決心する。
「でも…。1輪の花を蘇らせないと王妃に会えないんだっけ。ちっ。」
マリアンヌの実家の男爵家は決して豊かではない。むしろ貧乏だ。
猫の額ほどの狭い庭には観賞用の花木は植えられておらず雑草が生え放題。
だからといって王都の花屋から練習用の花を買うのはためらわれる。少ないお小遣いをそんなものに使いたくない。
「練習用の花…。学院から取ってくればいいや。」
マリアンヌが「聖パラ」の世界に転生したと気づいたのは6歳の時。
5歳上の兄が魔力を練る訓練をしていた時に、兄は疲れてもうやりたくないと駄々をこね、家庭教師に叱られた瞬間、癇癪を起して魔力を暴発させた。
その暴発した魔力は2歳上の姉に向かう。
もしそのまま直撃を受けていたら、姉は死んでいただろう。
「だめええええ!」
姉の前にマリアンヌが走り込み、姉をかばったと聞いている。
その時、真っ白い光がマリアンヌと姉を包んだのだと。
姉は無傷だったけれど、マリアンヌが1週間の間、意識不明になり生死の境を彷徨った。
意識を失ってから1週間後、マリアンヌは意識を取り戻す。
いや、その時、意識を取り戻したのは実はマリアンヌではなく…、自分だった。
ぱちっと目を開けたら、知らない大人が何人も覗き込んでいて、ぎょっとして跳ね起きたのを覚えている。
「誰?あんたたち、人の部屋に勝手に入って!」
と喚いたけれど、みんな、死にかけた子供の錯乱だと思ったようだ。
子供が魔力の暴発を受けたらほとんどは死んでしまう。
それなのにマリアンヌが死の淵から生還したのは奇跡らしい。
だから、目覚めてパニックになってもおかしくないと。
でも、と。マリアンヌの身体の中に入った灰谷真理は考える。
たぶん、マリアンヌは死んじゃったのよ。と。
灰谷真理もたぶん、日本で死んだ。
友達と話ながら歩いていて、はしゃぎすぎてうっかり車道に飛び出て、やばっと思った時にトラックが近づいているのを見たから。
そして、トラックが急ブレーキをかけて止まった後、上空から道路に倒れていた自分を見たから。
…その顔は道路に叩きつけられて見られたものじゃなかった。
だから、その身体に戻ることを拒否した。
でも、死にたくなかった。
わたしはもっと周りにちやほやされた人生を歩むはずだったんだ!と。
どこかに自分が入り込める綺麗な身体が無いかどうか見渡していたら、ふっとお人形さんみたいな少女が見えて。
夢中でその少女に向かって突進したのを覚えている。
そしてその自分の魂が、その少女、マリアンヌが死んだ直後の身体に飛び込んだんだと思う。
マリアンヌとして意識を戻した直後は自分の家が男爵家と聞いてがっかりしたけれど、鏡で自分の姿を見た途端、この世界での彼女の名前を思い出して狂喜した。
「ここは、聖パラの世界だ!わたしはヒロインに転生したんだ!」
学院入学前に攻略対象者に会いに行きたかったけれど、しがない貧乏田舎男爵の令嬢が高位の貴族に会えるわけは無く。
学院入学がどれだけ待ち遠しかったことか。
ちなみに魔力を練る訓練は早々に親が「しなくても良い」と諦めてくれた。
兄の魔力の暴発事故はマリアンヌに生死の境を彷徨わせただけでなく、兄の居た部屋とその両隣の部屋を破壊したほどの威力があったので、兄はもちろんその妹たちの魔力の暴発を両親は恐れたから。
…どうせ男爵家だし、大きな魔力を求められているわけでも無く。
一応、灰谷真理も最初の頃は魔力を練ってみたけれど、思ったよりしんどいし単調でつまらないし疲れるだけだったので、すぐに挫折した。
どうせ、ヒロイン補正が入るでしょう。
だからこんな訓練をしなくたって平気だって。
学業を教える家庭教師も早くに解雇してもらえた。
灰谷真理は転生前、高校2年生だった。
それなのに家庭教師が最初に教えてきた数学は小学校の算数レベルだったし、国語は転生者スキルなのか読み書きできた。地理も「公式設定集」を暗記するまで読んだ彼女にはなじみがある内容だった。
ということもあって最初の頃は家庭教師から神童と誉めそやされ、もっと難しい内容を教えようと提案してきたけれど、「そんなの知ってても実生活で役に立たないから。」と全員追い出した。
両親は家庭教師の費用が浮くことを喜んでいたので何も言われなかった。
その時の真理はうっかりしていた。
転生前の自分が17歳だったから6歳のマリアンヌ向けの授業が簡単すぎただけだったことに気付かなかったのだ。
そして、『聖パラ』の公式設定集に書かれていた内容は、この国の貴族の子供が10歳までに学ぶようなレベルということも。
学院に入ったとき、ゲームではAクラスだったのに最低のDクラスと知って初めて愕然とした。
授業が始まった後はもう貴族の子供なら誰でも知っているのが当たり前の知識が自分には全く無く、最初から皆についていけなかった。
学力については、ヒロイン補正など無いんだ…と気づいても後の祭り。
マナーも、両親がどちらかというと大らかであまり厳しいことを言われなかった。
貧乏男爵だから、自分専属の侍女もいない。
王都の小さな屋敷には、両親のほか、マリアンヌと5歳上の兄、2歳上の姉、そして、数人の召使がいるだけ。
マナーや学業にうるさく言う大人が一人もいない、悪く言うなら放任された中でマリアンヌは育った。
家庭教師が居なくなって時間が有り余るようになったマリアンヌは、街に出て平民の子供達との遊びに興じた。
だって、この世界は、漫画も面白い小説もゲームも無かったから。
兄と姉は最初から嫌いだった。愚鈍すぎて話も合わない。
平民の子供達はその点、一緒に遊んでいておもしろかった。
同じ家格の男爵家や子爵家の子供と遊びたかったけれど、貧乏男爵家では知り合う機会がほとんど無いので仕方なかった部分もある。
もちろん、子供は厳選した。
ちゃんと綺麗な洋服を着ている裕福な商家や役人の子供たち。
ぼろ服を着ている子たちとは絶対に関わらなかった。むしろ、汚い子が寄ってきたら石をぶつけてやって追い払った。
彼らとは屋台から食べ物をさっとひったくって捕まらないように逃げるスリルを味わったり、公園で居眠りしているおじいさんに爪先程度の小さな小石をぶつけて誰が起こすか競争したりとか、親に知られたら叱られるような遊びばかりしていた。
「悪ガキども」と言われる仲間と。
だから、言葉遣いが平民寄りになって、貴族としてのアクセントと全然違うことにも気付かなかった。
そもそも、『聖パラ』のゲームのオープニングは学院の入学から始まる。
ゲーム開始前だから何をやっても自由だと思っていた。
シナリオが始まるのは、学院入学からだと。
それなのに、微妙にあちこちシナリオと違う。
成績のことも魔力のことも、そして何より、王太子と悪役令嬢は仲たがいしていないのがおかしい。
「もしかして、ロザモンドも転生者なのかな?修道院エンドが嫌で、王妃になりたくて。…そうか、そうなんだ。彼女が悪役令嬢のシナリオ通り動かないから、ヒロインルートがうまく行ってないんだ!ふざけんなよ。」
憎々し気にマリアンヌは吐き捨てた。




