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マナーは誰のため

 ある日のこと、食堂でわたくしはつい、マリアンヌの席に向かって注意してしまった。


「グローさん。もう少し静かに召し上がることはできませんの?」


今日、ウィリアムは公務で学校を欠席しており、わたくしは女性の友人と昼食を楽しんでいたのだけれど、近くの席から食器とカトラリーが当たる音や、くちゃくちゃと噛む音がして耳障りだったから。

我慢しようと思ったのだけれど、きゃはきゃはとはしゃぐ下品な声に堪忍袋の尾が切れた。


「やだ。怖い。…何よ?」

「食器の音や咀嚼音を立てないで召し上がるのがマナーではございません?」

「は?マナーより大事なものがあるじゃない?」

「?」

「美味しく食べること!残さないで食べること!」

「まあ、さすがマリアンヌ様。その通りですわ!」

「…美味しく残さず食べることが大切というお考えには同意いたしますが、マナーを守ってそうされてはいかがです?」

「だから!何でマナーを守らないといけないの?わたし、各自が美味しく食べられれば良いって言ってるだけなのに。そもそも、食器の音とか気にしてたらご飯がまずくなるって!」

「マリアンヌ様のおっしゃる通りよ!」


彼女に賛同して頷くのは下位貴族に多いみたい。

…おそらく、彼女たちは家庭で美しく食べる訓練を受けていないのかも。

確かに食卓のマナーは訓練しないと難しい所作が多い。最初は味がわからなくなるのも経験済みだけれど。

でも、その訓練を面倒だからとしないのは間違っていなくて?


「あなたの文句のおかげでご飯がまずくなったわ。最大のマナー違反はあなたよ!」

勝ち誇ったようにマリアンヌがわたくしに指を突きつける。


「わたくしの方が最初にご飯がまずくなったの。あなた達の立てる音のせいで。」

そう言い返したかったのに、すっかり疲れていたわたくしはそのまま去った。


 その後もわたくしは度々、マリアンヌの所作に注意をしては、理解不能な反撃を受けてもう無視したほうが良いのかしら…とため息をつく日が増えた。







「ロザモンド。何か気にかかっていることがあるの?」

はっとした。

…しまった。今は王妃様とお茶会をしていたんだった。


「王妃様。申し訳ございません。」

「いいえ。謝る必要は無くてよ。何か悩み事があるのではないの?よかったらわたくしに教えて?先輩として一緒に考えることはできてよ?」

「ありがとうございます。…お言葉に甘えます。」


わたくしは、学院でマリアンヌに悩まされている話をした。

「どうやったらマナーを理解いただけるか、わかりませんの。マナーを学ぶのは彼女のためにもなるはずなのに。」

「そうねえ。そもそも、なぜ、マナーを守らなければならないか、ロザモンドはご存じ?」

「え?マナーは守らなければならないからですよね?貴族なら当たり前の?」

「ええ。貴族なら当たり前だけれど、そもそもマナーって何なの?何が目的なの?」

「……。」


そんなこと考えたことがなかった。

マナーは守るのが当たり前だったし、できなかったら恥ずかしいもの。としか……。

王妃が優しく微笑む。


「マナーは他人を不快にさせないためにあるの。自分のためではないのよ?」

「不快にさせない?」

「ええ。あなたがグローに注意をするのは不快だからでしょう?」

「はい。」

「不快なのはなぜ?マナー違反だから、という理由以外に考えてごらんなさい。」

「…カチャンという高い音が耳障りです。」

「そうね。」

「それに食べている姿が汚く見えます…。」

「ええ。」

「歩いている姿勢が悪いのでなんだか貧相に見えます。…貴族として侮られる危険がありますわ。」

「ちゃんと理解できているじゃない?ロザモンド。」

「あ…。」

「そう。わたくし達貴族は他の者が不愉快に思うような所作をしてはならない。相手を喜ばせ安心させるためにマナーを学ぶの。…あなたは自分より所作が美しい人を見たらどう思って?」

「尊敬します。」

「わたくしも同じよ。人の上に立つ者ならなおのこと。あの方にはかなわない。と思ってもらえることがある意味平和につながる。マナーの最初の目的は他人を思いやること。そして、次の目的が自分磨きね。」

「自分磨き…。」

「ええ。あの人の所作は綺麗だなあってあこがれることがあるでしょう?そこに到達するための努力。…形だけじゃないのよ。最終的にはその所作にその人の性格が反映される。…あなたならそれがわかるのではなくて?」


コクリと頷いた。

わたくしの周りに普段いる人たちは高位の貴族ばかりだからマナーも完璧だ。

でも真似したいと思う人はほんの一握り。

その人たちを思い出すと、彼らは頭脳明晰で公明盛大な貴族らしい貴族ばかり。


「グローさんへの注意の仕方が悪かったのですね…。」

マナーだから守れと押しつけてはいけなかったのだと反省する。

「そうね。それだけではない気はするけれど…。」

王妃が苦笑された。


「さてっと。わたくしのマナーはロザモンドから見て問題ないかしら?」

茶目っ気たっぷりな王妃。

「王妃様の所作には敵いません…!」

「うふふ。ありがとう。…わたくしは伯爵家の出でしょう?王太子妃だった時はけっこう厳しく注意されたのよ。その点、貴方はさすが公爵令嬢ね。完璧だわ。」

「そ、そんなことはございません。まだうまくできない所作もございますし。」

「あら?苦手な所作があるの?」

「王妃様のように優雅にティカップを口に運べません。」

「ああ。それはね、コツがあるのよ。」


娘になるあなたにだから特別に教えてあげる。他の人には内緒よ。と王妃様にいたずらっぽく言われ、手取り足取り丁寧にコツを教えてもらえた。

うれしかったけれど、やっぱり難しい…。

忘れないように今日から頑張って身につけなくちゃ。


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