公爵令嬢ロザモンド
金色の紋章が入った黒塗りの馬車が王立貴族学院の前に止まり、御者席からひらりとお仕着せを着た従僕が飛び降りて扉を開ければ、静かに一人の令嬢が降り立つ。
純金で作られた糸のような輝く金髪が腰のあたりまでさらさらと滝のように落ちる。
長いまつ毛が縁取るやや吊り目の大きな目は水色の瞳。それは澄み切った冬の晴れた日の湖を思わせた。
鼻筋はすっと通り、ふっくらとした唇は紅を差していないのに明るい桃色。
日焼けしたことがないだろう白い肌は透き通るようで動いていなかったらビスクドールと勘違いするような美少女。
「キャー!!ロザモンド様だわ!」
「オルレアン公爵令嬢だ。相変わらず美しい…。」
生徒達が足を止めて思わず見惚れ、あちこちでため息が起こる。
この王立貴族学院の生徒は全員貴族のため見目麗しい令息令嬢が集まっているけれど、その中でもロザモンド・オルレアンの美しさは跳びぬけていた。
毎日見てるはずだけれど、毎回つい目を奪われてしまうほどに。
美人は3日見れば飽きると言われるけれど、人外の美しさには当てはまらないようだ。
「皆様、ごきげんよう。」
訛りのない完璧な発音で、銀の鈴を振るような澄んだ声が響く。
決して大きな声では無いけれど、大勢に聞こえるようにと訓練された彼女の声は広範囲によく通る。
だから多くの生徒が自分に挨拶されたものと勘違いして、一斉に挨拶する。
「ごきげんよう。ロザモンド様。」
「ごきげんよう。オルレアン様。」
頭をまっすぐ正面に向けたまま、軽く目を伏せる感じで挨拶を済ませて、足首まで隠れる制服のドレスを着たロザモンドが上品に流れるような所作で教室まで歩いていくのをその場に居た生徒達は毎日、茫然として見送る。
彼女の姿が見えなくなってからようやく、彼らも慌てて自分たちの教室へと移動する。
ロザモンドが入学して以来、それは日課のようになっていた。
「ごきげんよう。ロザモンド。君が来ると校庭が一斉にざわつくからすぐにわかるね?」
「ごきげんよう。ウィリアム王太子殿下。朝から騒々しくして申し訳ございません。」
わたくし、ロザモンドは教室に入るが否や王太子ウィリアムに声を掛けられて少し頬を赤らめる。
…いやだわ。王太子殿下に朝からうるさいって思われてしまったみたい。
でもどうしましょう。わたくしが馬車から降りただけで歓声が上がるのだもの。
わたくしも騒がれるのは好きではありませんし。
校長にお願いして歓声禁止令でも出していただくべきかしら?
少し考え込んでうつむいていたら目の前に影が差してそっと手を取られ、びくっとした。
「ロザモンド。生徒達が騒ぐのを気にしてる?」
「え?」
「君が毎朝騒がれて不愉快なら、校則を変えようか?人を見て歓声を上げないようにと。」
思わず目を瞠ってしまったわ。
…わたくしの心を読んだの?
「…いいえ。お気遣いありがとうございます。王太子殿下にご迷惑がかかっていなければ問題ございませんわ。」
「"王太子殿下" って呼ばないでって言ってるのに。」
「ここは学院で公の場ですから。」
「相変わらず硬いなあ。君は。」
そして、ウィリアムはわたくしの耳元にすっと顔を近づけ、わたくしだけに聞こえるように囁く。
「可愛いローズ。放課後つきあって?迎えに行くよ?」
何も無かったかのように離れていくウィリアムを見送って、わたくしは熱くなった頬を皆に見られないよう扇子を開いて顔を隠す。
皆の前でそんなことおっしゃらないで!
もう!恥ずかしい…。
ああ。自己紹介がまだでしたわね。
わたくしはロザモンド・オルレアンと申します。
今年15歳で王立貴族学院2年生に在学しております。
王立貴族学院とは14歳から17歳まで3年間、我が国ハーティ王国の貴族が通学する学校で、通学は貴族の義務となっています。
成人が18歳ですので成人前にプレ社交界で勉強することが目的だそうですわ。
家族は父と母と兄が2人おり、わたくしは末っ子ですの。公爵家のただ一人の娘として皆に溺愛されている自覚はございます。
父は公爵位にあり、宰相を務めています。国王陛下とは親友だそうです。
そして、わたくしには婚約者が6歳の時に決められました。
お相手が同い年の王太子ウィリアム様。
わたくしと同じ純金のような金髪を持ち、コーンフラワーブルーの瞳は見つめれば吸い込まれてしまいそうな神秘な色。背が高くてお話するときは見上げないと。
ウィリアム様の下には13歳と10歳の妹姫。6歳の弟王子がいらっしゃいますが、我が国は長男が跡を継ぐという法律がございますので、王太子争いは起きません。
…ここだけの話ですけれど。
政略結婚と言われますが、わたくし、ウィリアム様をお慕いしてますの。
だから王太子妃になれるのを楽しみに頑張っていますのよ。
そのためにずっと成績も上位5位以内をキープしています。女生徒では1位ですわ。
王立貴族学院は総合成績順にクラス分けされていて、ウィリアム様もわたくしも1年生の時からずっとAクラスです。
気高くあれ、賢くあれ、誰にも侮られないように、そしてノブレスオブリージュを忘れるな。
そう教育されてまいりました。