その猫
その猫は・・・私の側を離れようとはしなかった。
その雨はザーザーと私を容赦なくびしょ濡れにしたが、
その猫も、私と同じ様にびしょ濡れになっていても、
決して私から離れず、
決して私の顔を見ずに、
まるで、私がそこに居ないかのように、
まるで、雨なぞ降って居ないかのように、
そこに居た。
私は、傘を持つ手とは反対の手で、
その猫の頭をくしゃくしゃとした。
濡れた頭をくしゃくしゃとされたその猫は、目を細め、
小さくニャーと鳴いた。
その猫は、いつまでも私の側に居た。
もしかすると、誰も居なくなったら、
私がここから飛び降りてしまうと思ったのかもしれない。
私が本気でここから飛び降りようとしたら、
その猫の力では引き留めようもないと思うが、
今は、私の側に居てくれるだけで、
私の衝動を引き留めてくれている。
私と、その猫の視線の先には、
ポツポツと灯りがつき始めた冬の景色があった。
冷たい雨は、私とその猫を濡らし、凍えさせるが
、不思議と心は温かかった。
「帰ろっか・・・」
私が言うと、その猫は、小さな声で、
「ニャー」
と言った。
立ち上がると、スカートから水がしたたり落ちた。
足下に居たその猫のあたまに当たり、
その猫は、あたまをブルブルと振った。
私は、家に帰る為に屋根を降りた。
その猫は私の前まで来ると、
「ニャー」
と鳴いた。
「一緒に来る?」
私は聞いた。
その猫は、小さな声で、
「ニャー」
と鳴いた。
その顔は笑っているように、見えた。