ひまわりのような君とキュウリグサのような僕。
「ねえマサル、マサルって桜は好き?」
二人でお花見に桜を見に来ていた僕は、もちろんと答えた。
「ふーん。」
なんだか君が少しそっけなくなった気がした。
「僕、実は桜あんまり好きじゃないんだ。」僕にとって、それは衝撃の告白だった。
桜のように綺麗な君の事だがら、きっと美しい桜が好きだろうと思い、今日のデートを企画したのに好きじゃないとは。
驚く僕を見て少し微笑み、君は続ける。
「なんか桜って無理してる感じがしない?僕はそんな桜よりキュウリグサみたいな力強い花のほうが好きだなあ。」
君は確かにそう言った。
「君が好きだというキュウリグサはきっととってもかわいんだろうな。」
気づけば僕の口から、そんな言葉がこぼれ出ていた。
僕の言葉を聞いてフフフと笑う君の笑顔は、あたり一面に咲いているどの桜の花より美しい。けれど、
桜のようにたくさんの人の目にさらされることなく僕の心の中でだけ満開に咲いていることが、僕にはとても誇らしかった。
夜になって僕は一人になり、ふと彼女の言っていたキュウリグサというものをGoogleで調べてみた。
そこには力強さとは無縁な小さな小さな青色の花が咲いていた。
この花のどこがそんなに力強く、彼女を惹きつけるのだろうか。
あの時、僕は君の好みを不思議に思った事を今でも覚えている。
あの時キュウリグサが好きだと言っていた君、僕の心の中で美しく咲いていた君は
一か月後の夏には桜のように散って、消えてしまった。
あの桜の綺麗な公園には夏が訪れ、桜の木を見に来る人は誰一人としていなくなり、
夏になって緑が生い茂る桜の木の下で少年たちはサッカーをしている。
彼らの足元では名もわからぬ小さな花が、彼らの動きに合わせて少しだけ揺れていた。
一人あの春に取り残された僕は、今でも美しい桜を見ると君を思い出す。
どれだけ煙草を吹かそうとも、一人涙が止まらず、心の中でどれだけ大雨を降らせようとも、心の中に咲く君はちっとも散りやしない。
いつまでも美しく満開のままだった。
「ふう。」一息つくと疲れがどっと襲ってくる。物語を作るという事、頭の中にあるものを誰かに見てもらう事が、僕は幼いころからずっと好きだった。好きがゆえに長い事続けてはいるが、いくら好きなこととはいえ、長い間続けると疲れてしまうという人間の体の仕組みは僕にとってとても煩わしい。
まだまだ作り続けてやるぞという気持ちと、眠たいという気持ちがせめきあっってしばらく戦ったのちに、僕は寝ることにした。
やはり万事、睡魔には勝てないらしい。
朝7時、僕の目が覚める。
いつものように朝ご飯を作り、食べ、高校へ向かう。
通学路には例年と同じように桜が咲き誇っていた。
「やっぱり俺は桜も好きだな」 つい、昨日パソコンに桜が好きじゃないなんて打ち込んだ自分に語りかけてしまう。
「何言ってんだよ。桜を嫌いな奴なんていないだろ。」僕の横を歩いていた颯太が勝手に返事を返してくる。
「なんだっけ、お前の好きな花。 うーん。 なんか野菜みたいなやつ あっ キュウリグサだ!」
僕がうなずくと颯太は嬉しそうに笑った。
「俺って記憶力いいからさ、お前の好きなもの結構覚えてるんだぜ!」
そんなことを自慢している笑顔の颯太を見ていると、夏のひまわり畑の景色が頭に浮かぶ。
大地に力ずよく根を張り、みんなに愛され、ちょっとやそっとのダメージではびくとしない。
そんな、完ぺきに近い花。
「ありがとうね。いつも」 こんなに美しいひまわりが僕のすぐ隣にいつも咲いてくれていることに感謝が湧き出てきて、それを伝える。
僕の心の中にある、もう一つの思いをそっと呑み込んで。
「当然だろ! 俺たち友達だもん。」
大学につくと颯太にはたくさんの人が集まってくる。 彼は美しいひまわりであり、このクラスの太陽だから。
僕は1人静かにその群れから離れる。
なのに颯太はそんな僕に気づき、近づいてくる。
「一時間目ってなんだっけ。」 僕が離れたことなんて、一つも気にしていない様子で話しかかけてくる。
「英語だった気がする。」
颯太が気にしていない様子だから僕も気にせずに話を続ける。
授業が始まっても時々颯太はこっちを向いて変顔をしたりする。
颯太の変顔は面白くて、つい我慢出来ずに僕はいつも、にやついてしまう。
こんなに仲がいい僕たちだけど、放課後は別々に帰る。
颯太には可愛い彼女がいて、二人で一緒に帰るらしい。
僕にも可愛い彼女が出来れば、この胸の痛みや苦しみはなくなるのだろうかとも思った時期もあったが、
きっとそういう事ではないのだろう。
だから僕はいつまでも一人で帰る。颯太が彼女と別れるまでは。
一人で歩く放課後の夕焼け。オレンジ色の世界。 土手の下では野球をする少年たち。春特有のたくさんの花たちの花粉のにおい
この空間に瓶をかぶせて外の世界から隔離すれば、このにおいや感情をずっとここに閉じ込められるのかな、なんて考えてみる。
「馬鹿馬鹿しい。」そう呟いても返事を返す人はいない。
家に帰り、僕はパソコンに向かう。
僕の頭の中を少しでも誰かに理解してほしい。少しでも近い感性を持った人に褒めてほしい。
そんな思いから新しい小説の内容を考える。
自分の考えや思いを文字に起こして伝えるというのはとても難しい。
ましてや、ネット上に匿名でさらすとなるとなおさらに。
言葉というのは結局何を言うのかではなく、誰が言うのかが大切だから。
顔を隠した僕の言葉なんて誰にも伝わらないとも思いながら、頭の中に浮かんだ物語を文字にしてパソコンに落とし込む。
【黒百合の恋】
僕は1年前に北海道のある大学の中に黒い百合として生まれた。
幼いころは大好きだったこの黒い体は、成長するにつれてとても憎いものへと変わってしまった。
黒くて地味な黒百合なんかより、沢山の色があって美しいエゾエンゴクサや、赤くて背の高いツツジが多くの人間や植物に好かれていたし、
黒い百合には〔呪い〕なんて物騒な花言葉がつけられているらしく、そのことを他の花たちにいじられる度に、この体と、そんな物騒な花言葉を殺したいほど憎んだ。
でも僕たちは自分で枯れることもできなければ、花言葉も変えることも出来ない。
真っ黒な僕は、ただひたすらに、ずっと誰かに生かされている。
そんな僕も長い月日を経て成長し、大人になるにしたがって真っ白で気高く、美しい百合に恋をした。
ずっと自分の見た目で苦しんできた僕。それでもあの美しく気高い白百合に好意を抱かずにはいられなかった。
ずっと自分の見た目で苦しんできた僕なのに、
それでもあの白い百合の美しさにどうしても惹かれてしまった。
「うーん。」
やっぱり文字というのは難しい。
もしも、僕の文章を200人が読んでくれたとしても1人に何かが伝われば僕は満足だけど、その一人に届く文章を作ることがどれだけ難しい事か。
それで食べていく小説家の凄さが身に沁みる。
続きの思い浮かばない僕は、ずっと読みかけだった小説を読んでから、静かな眠りについた。
外の光で目が覚める。
今日もいつものように朝ご飯を作り、食べ、高校へ向かう。
「おはよー!!」
颯太はいつものように元気で、相変わらずキラキラしていた。
「なんか元気なくね?」颯太はいつだって僕の小さな変化も見逃さない。
「昨日読んだ小説の終わり方が少し悲しくて。」観念した僕は正直に答える。
「なにそれ!俺も読みたい。」
颯太はいつだって俺を喜ばせる。
笑顔の颯太からは、かすかにいい香りがした。
香水なんかの作られた匂いじゃなくて颯太の香り。
素でこんなにいい匂いなのかよ。
どこまでも抜け目ない奴め。と思いながら
「じゃあ、明日持ってくるわ。」僕は、僕の読んでいる本に颯太が興味を持ってくれたことが嬉しくて、尻尾を振るのが止まらないのに、それがバレたくなくて少し素っ気なくなってしまった。
退屈な数学の授業を受け流しながら、僕は昨日の小説の続きを考えていた。
もし僕が黒い百合として生まれたならばこれからどう行動していくのだろうか。
気高く美しい白百合に恋をしているのに、黒い体で不吉な花言葉のついている僕は、どうやって白い百合の心を射止めようか。
誰かにアタックするには自信が必要だと思う。
自分は相手にふさわしい。そう心の底から信じることが出来なければ思いなんて伝えららない。僕はそう思う。
もし、この黒い体をバカにする奴らをみんな殺してしまえば自信が持てるのだろうか。そんなこと許されるのか?
僕には分からない。分からない。分からない。
ふと、急にどこからから視線を感じ、当たりを見渡すと颯太と目が合った。
数学の時間に頭を抱える僕を見てニヤニヤしている。
恥ずかしいけれど、見つかったのが颯太でよかった。
きっと数学が難しくて困っているとでも思っているのだろう。
いつまでもニヤけてる颯太を見ていると僕もつられて、ついニヤけてしまう。
そんな、当たり障りのない幸せな1日が終わりかけた放課後
僕は、告白をされた。同じクラスで席の近い女子だった。
「あなたのことがずっと気になってました。
わたしと付き合って下さい!」
そう言われて僕の心に浮かんだのは颯太だった。
放課後、彼女と一緒に帰っている颯太。
もし僕に彼女ができて、一緒に放課後を過ごせば、あの幸せそうな颯太に少しでも近づけるのかな。そう思った。
そうして僕は彼女と付き合うことにした。
僕が付き合ったということを知った颯太は、誰よりも喜んでくれた。それこそ、僕よりも。
「だってお前、すげぇ良い奴だもんな……あいつも、お前の魅力に気づいてたんだなぁ。お前の彼女、本当に見る目あるよ!」
そんなことを言ってた気がする。
その日から僕達は一緒に家に帰えったり、ゲームセンターに行ったり、カフェに立ち寄って話をしたりした。
そんな、彼女と過ごす時間はとても楽しかったが、それでもやはり僕の求めるものとは何かが違う感じがした。
僕の心の中にひっそりと違和感を持ちながら2ヶ月3ヶ月と日々を重ねたある日、僕は振られた。
彼女には他に好きな人が出来たらしい。
僕が彼女に違和感を感じていたのと同じように、きっと彼女の求めたものとも、僕は少し違ったんだろう。
僕もそこまで彼女を好きだったわけではなかったから、彼女から別れる申し出をすんなりと受けいれて、僕たちは別れた。
意外な事に、それを1番に悲しんだのは颯太だった。
「あいつ、お前と付き合っておきながら他に好きな人が出来たなんて、センス終わってんだろ。訳わかんねぇよ。」
そんなことを言いながら気がつくと、颯太は泣いていた。
悲しいなんて思わなかったのに、僕も何故か泣いていた。
その日は2人、公園で号泣してからとぼとぼと家に帰った。
いつも彼女と帰っている颯太も、僕が別れたことを知ると、僕のことを優先してくれた。
いつだって颯太は僕の味方になってくれる。
きっと人を殺したとしても彼だけは味方でいてくれるだろう。
そんな感じがする。
今日はもう何もする気が起きないし、僕は早く寝る事にした。
ベットに入ってもなかなか寝付けず、僕は一生颯太のようにはなれないんだろうかとか、颯太と比べてしまうと僕には、人として魅力が足りないんじゃないかかとか、そんな事ばかり考えてしまい、なかなか寝付けなかった。
そんな僕を知ってか知らずか、次の日の颯太もいつも通りに元気で、あんなに落ち込んでた僕もつられて楽しい気持ちになれた。
明るくて気遣いも出来るクラスの太陽。そんな颯太が大好きで、同時にとても羨ましかった。
颯太のおかげでその日は楽しいままに学校も終わり、家に帰って小説投稿サイトを開く。
結構前に投稿した『桜の君』の視聴数とコメントを確認する。
30ビュー0コメント。
僕の書く文は誰の心にも咲けなかったみたいだ。切ない。
誰も見に来ることの無い花畑に1人ぽつんと咲いている小さな花。
誰にも知らることの無いあの花は、なぜ1人で咲いていられるのだろうか。
泣きそうになる。無限に広がる虚無に向かって脳みそを晒す行為がとても虚しく、恥ずかしく思える。
次の日の学校。相変わらず授業は暇で、颯太は元気。
どんなにつまらない授業も、この教室に颯太がいるから耐えられる。
そんな学校も終わり、僕は1人で帰路に着く。金曜日の放課後。
パソコンを開き小説の続きを考える。
黒い百合の心に芽生えた1つの恋。
きっと僕なら美しくて白い百合に想いを伝えることは出来ないだろう。
想いを伝えるにも相手が美しければ美しいほど劣等感に押し潰されてしまうから。
静かに思い続ける方が、幸せなのではないかと思ってしまう。
そんな情けない自分と、黒い百合を重ねる。
【黒百合の告白】
結局僕は最後まで、あの美しい百合に想いを伝えることは出来なかった。
いつの間にかあの美しい百合は、彼女と同じく同じく白くて美しい百合と付き合っていた。
悔しいけど、僕には何も言う権利はない。その事実だけは確かだった。
それ以来、夜が来ると僕の心はとても苦しくなる。
真っ暗な世界に、溶けて1つになってしまいそうになる。
でも、涙は出ない。だから、やり場のない悲しみが僕の体から出て行くことは無い。
それから時間が経ち、僕の美しさは全盛期を終えていた。
満開に咲いていた花弁は萎み、葉っぱにも張りが無くなってきていた。
こんな僕になっても脳裏に浮かぶのは、やはりあの白い百合だった。
もう枯れてなくなってしまいたい。
これ以上美しく咲く未来も見えないし、何か人生が大きく変わる気もしない。それならいっそ、少しでも美しいままに。
「はぁ。」僕は書きながら、この百合達の関係を自分と颯太の未来に重ねていた。
今は僕の横で綺麗に咲いている颯太もいつかは僕から遠く離れたところに行ってしまうのではないか。
そんな不安が脳裏を過ぎる。
何時から僕はこんなにネガティブな性格になってしまったんだろう。幼い頃はもっと明るい性格だったのに。
颯太とまではいかなくとも、僕だって綺麗な花であったはずなのに。
もしかしたら僕の美しさの全盛期も、とっくに過ぎているのかもしれない。小さな僕はこれから綺麗な花を咲かせる蕾ではなく、萎んでしまった枯れるだけの花なのかもしれない。そんな小さな不安の種が僕の心にそっと、芽生える。
でも明日は颯太と遊ぶ約束がある。
思い出したらなんだか元気が出てきて、この日はいつもより少しだけ早く寝れた。
次の日、私服の颯太は相変わらずお洒落でかっこよかった。
なのに、
「おっ!お前、なかなかお洒落でかっこいいじゃん。」
なんて颯太は開口一番に僕を褒める。
「颯太もめちゃくちゃお洒落でイケてるね。」
僕も本心でそう返す。
颯太にはちゃんと僕が本心で言っていることが伝わったようで、本当に嬉しそうに微笑む。何時だって颯太の笑顔は素敵だ。
僕たちの住む町は田舎だからそこまで遊ぶ場所が沢山ある訳では無い。それでも颯太と過ごす一日は信じられない程に、とても楽しかった。
2人で商店街を歩いてみたり、カフェで珈琲を飲んでみたり、カラオケで声が枯れるまで2人で歌ってみたり、僕たちの笑顔が途切れることは一日中無かった。
それほどまでに楽しい一日を過ごすと、別れた後にその反動で颯太のいない1人のこの空間が、とても寂しいものになってしまう。
早く颯太に会いたい。そんな思いばかりか1人の部屋で僕の心に募る。
でもこんな思い、颯太には恥ずかしくて伝えられない。
颯太も今、こんな気持ちになっているのかな。
なっていたらいいな。
僕は、こんなにも月曜日が待ち遠しいと感じることは初めてだった。
終わり方は決めてあります。あとはそこに向かってどのように進んでいくか。応援よろしくお願いします。