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内山颯太の恋、出逢いました

作者: 名枝掛


「くそねみ……」


 何の変哲もない日常のワンシーン。

 特に代わり映えのないいつもの風景。

 教師の黒板に書き込む、チョークが鳴らす音を聞きながら、俺はただひたすらに眠気と戦っていた。


「(なんでこんなに昼飯後の授業ってねみーんだろ? よりによって授業が国語だからか?)」


 黒板には古典『源氏物語』の一文について解説が書かれている。

 今日は『夕顔』の一節のようだ。たしか、良くは知らないけど悲恋な感じ漂う部分だったはず。

 『若紫』ならまだ覚えやすい。“yesロリコン、yesタッチ”をやってのけたのが光源氏という点だけ抑えていれば何とかなるからだ。

 『源氏物語』好きに怒られそうだけど。多分間違ってはないだろう。多分。

 某界隈で逆光源氏だの光源氏現るだの騒いでたりするのは、つまりそういう意味で使っているということ。

 あとは若紫の心情を覚えて行けば、その部分の古文勉強は楽勝って寸法だ。


「(とはいえ、満福中枢が刺激されるとこんなに眠くなるもんなのかね……)」


 顔の向きは黒板の方に向けつつ、横目で周りを見回してみる。

 こういう時、ど真ん中の席というのは何かと目立つから面倒くさい。

 周りを観察したいなら廊下側の一番後ろが一番最適。

 窓側もまあアリだが、あの席は居眠り席って教師の間で言われてるから、実は廊下側よりも視線を向けられていたりするのだ。

 一番前も端から端まで視線は向けられているが、後ろの方ほどでもない。教師の中には、一番前の席に座っている生徒が居眠りなんてするはずがないと信じている奴が多いからだ。


「(池田、寝てら)」


 廊下側一番端っこ、一番前の席に座っている男子こと池田亮いけだりょう

 普段おどおどしているやつだからか、教師の奴もノート開いて教科書見て授業を受けていると思い込んでいるんだろう。

 船漕いでるのに気づかれている様子はない。


「(いや、草)」


 窓側二列目、年中鼻炎ってことでマスクしっぱなしの女子・青葉美奈あおばみな

 目は黒板向いてるけど俺は確かに見た。マスクの下から飴玉をこっそし忍ばせていることを。

 マスクで分かりづらいが、口が動いていることを。喜色を浮かべた目が物語っているのを。

 途中当てられたらどうするんだろうと思いつつ視線を元に戻して、そういえばと隣を見やる。今日は大丈夫かな、と。

 あ、と思ったのは、俺の隣の席の三島の顔色が青いのに気づいたとき。

 すぐに教師に伝えようと思ったけど、その前に教師の方が気づいたらしい。


「なんだ、三島彰みしまあきら。腹痛か? 保健室行くか、それともトイレか?」

「トイレ……吐きそうなんで、うっぷぇ」

「やれやれ……。内山颯太うちやまそうた、ついてってやれ。幼馴染なんだろう? あんまりにアレだったら保健室も行ってこいよ」

「ああ、はい」


 ラッキー!

 教師に堂々指名されたから、授業中だってのに教室から出られる!

 この何とも言えない背徳感? 教師公認のサボり? ってのもなかなか楽しいんだよな。

 三島の体調の悪さ様様だな!

 ――まあ三島の体調の悪さってのは、人が考える普通の体調不良じゃないけどな。







「うっぷ、おげ……」

「うーん。まごうことなき蛍光色」


 トイレでゲエゲエと吐いている三島の、吐き出している物の色を見ながら俺は相変わらずだと笑うしかなかった。

 人間であれば食べたものにもよるが基本的に茶色系か、胃液のみってことで透明な色の汚物が口から飛び出てくるものだろうが。

 三島は違う。ちなみに俺も違う。


「昼何喰ったの」

「カロリーナイトってやつ……果物味でうまいんだよ。ただ、一箱がっつり食べると消化しきれないっぽいな。あ、あとカロリーナイトのゼリーってのも口にしたわ」

「そりゃただの食べ過ぎだな、ウケる」


 カロリーナイトというのは一箱で人間が採るための栄養素が結構入っているという健康食品の名前だ。

 素朴な味が美味しいってことで、おやつ代わりに食べている人間のそれなりに多い。

 俺としてははちみつ味が好きだ、ホットミルクと合わせるとめっちゃいい。


「ごめんな、内山。授業受けるのお前好きなのに」

「いや、確かに勉強は好きだけどそんなしょげんなって! さっきは眠たかったから逆に丁度良かったよ」

「お詫びに今度調理実習のカレー、お前好みの味に変えてやるよ。サラマンダー級でいいか?」

「他の連中にとってはただの嫌がらせにしかならねーから止めたれ。激辛カレーは俺しか食えんぞ」


 俺は勉強が好きで、三島は食べるの込みで料理が好き。

 互いに互いの好きな分野において不可侵条約がある俺らは、実は宇宙人という存在。――の三世目だ。

 俺や三島の祖父・祖母に当たる人が地球人と恋に落ち、子が生まれ、そして俺たちが生まれた。

 まあ宇宙人といっても銀河系の違う地球と似た星からやってきたものだから、血液型とか遺伝とか調べなければわからない部分以外は見た目も中身も特に変なところはない。

 俺たちの祖母・祖父は擬態が上手い星産まれだったからか、病院に行って血液検査とかしても何にも引っかからなかったらしい。

 これで動画とかにアップされてる感じの宇宙人とかだったらきっと、とっくの昔に解剖されたりして俺たちは生まれてくることが出来なかっただろう。


「どーする? 保健室行くか?」

「んー、いや、あそこで蛍光色吐き出したらそれこそ病院に連れてかれるからナシで」

「おー。それもそうか」


 血液検査や遺伝子を擬態できたとしても、唯一擬態しきれなかったっぽいのが消化しきれなかった消化物だ。

 こればかりは蛍光色になってしまう。

 普段は消化に気を付ければなんてことないのだが、三島の様に料理系が大好きなやつとかだと自分の胃の大きさとか考えずに、あれもこれもと食物を体内に入れようとしたりする為こうして体調が悪くなってしまうのだ。

 そうすると三島の様に、消化しきれなかった蛍光色な汚物が口から吐き出される。

 人間のそれよりは汚いとは思わないのが幸いだけど、何度も見ていたい色というわけでもない。

 むしろ釣られて胃酸という名の蛍光色が俺の喉にもせりあがってきて、口の中が酸っぱくなるから勘弁願いたいくらいだ。


「……すっきりした」

「良かったな。そろそろ、チャイム鳴る時間じゃね?」

「その前には戻ろう……さぼり扱いは困る」

「まじめだなー、三島は」


 多目的トイレから二人で出てきて、三島と二人並んで教室へと戻る途中。

 体育の授業に勤しむ高橋誠たかはしまこと先生を見かけた。生徒に何かしらのアドバイスをしているらしい。

 相変わらずやる事なす事スマートだなと思う反面、あの人は確か俺たちと同じで且つ四世だったよなと思い直す。

 人間の中に時折現れる天才肌ってやつは神童だとか、異星人だとか言われたりするけれどあながち間違いではないのかもしれない。

 と宇宙人三世の俺が思うのだ。

 もしかしたら、もしかするのだろう。

 三世とか四世とか関係なければ先祖返りとかかもしれないし、隠れていたり隠しているだけで宇宙人というのはきっとたくさん生きているのだろう。

 何せ、この学校に居る宇宙人家系は……俺と三島、高橋先生だけでなく。学校のトップこと校長先生も実はそう、なのだから。


「はー。はやく恋してー」

「急にどうし……ああ、高橋先生と前田先生か。わかる。ああいう人みたいな彼女欲しいよな」


 宇宙人家系である俺たちにとって、恋というのは一生に一度だけのものだ。

 運命だと思った人としか恋することも、愛することもできない。こういう点は恋多き地球人よりも誠実だと思っているが。面倒くさいとも思う。


「高橋先生と前田ちゃん、職場結婚オメデトー」

「まじで羨ましいよな……まあでも、うちの親も職場結婚だったし、俺もそうなるだろうけど」

「俺のところは運命の出会いらしくてさ……ただ確立がな!?」


 高橋先生と前田ちゃんこと前田由紀まえだゆき先生はこの度結婚が決まったらしい。心底羨ましい。

 高橋先生は前田ちゃんに自分の家系のこと話したんかな? 話したんだろうなぁ。

 前田ちゃん、天然おおらかだから、何でもすぐに受け入れてくれてそう。裏山。


 宇宙人家系の面白いところは、親がやった出会いの仕方までもがそのままそっくり受け継がれていく点だ。

 内山家は、運命の出会い婚だ。対し三島家は職場恋愛婚。

 好きに恋愛させろよって思ったりもするんだが、悲しいかな宇宙人家系の性質でか、思うだけで特に逆らおうとは思わないんだなーこれが。


「職場ってことは、将来は三島も料理人になるわけじゃん? 奥さんも料理人なんかな?」

「いや、将来のことを今話しても意味がなくないか?」

「そうだけど……。ああ、うん。高橋先生たちに感化されてるのかも」


 宇宙人家系ってそういうところあるから……。

 さっきの貰いゲロしそうになったりと、共感覚性が強いってやつ。


「まあ、でも。将来の奥さんがデザート担当とかならいい」

「互いの愛が食べられる的な意味で?」

「……こっぱずかしいことを、平気でよく言えるよな」

「お前が単に照れ屋ってだけだろ」


 三島と二人、教室に戻ってくると教師が三島の体調気にして声掛けしている途中でチャイムが鳴った。

 結構ぎりぎりだったらしいが、まあちゃんと帰ってきたことだしサボりにはならないだろう。多分。

 ともかく、今日の授業はこれで終わりだし、さっさと帰るとしよう。









「……え」

「あ? どうした、内山」


 耳の奥で、脳の中で鐘のようなものが鳴った気がした。

 帰る人がまばらにいる校門前に、ぽつんと佇んでいる一人の女の子。

 背丈は俺より低く、クラスメイトの青葉――160センチと同じくらいで。柔らかな黒髪と優しそうな黒目をしている、どこにでも居そうな普通の女の子。

 真新しい制服を身に着けているのが特徴的な彼女は、いったい誰なんだろうか。


「あ、君たち、二年生?」

「そうだけど。……誰? 内山、知ってる?」

「い、や。知らん……よ?」


 三島が俺の代わりに女の子と言葉を交わしてくれている。

 俺は呆然と彼女を見つめるしかなかった。


「私、戸部灯里とべあかり。明日から転入するの、よろしくね」


 戸部灯里。彼女の名前を聞いただけで、何故か心がすごく燃えるように熱くなった。

 彼女と対応するように話を合わせている三島が羨ましくなるほどに、何故か俺は彼女の事を好いているようだった。

 いやいやいや、まさかまさか。たしかにさっきまで恋したいとは言ったけど。


「運命じゃわ……」

「うわ、マジかよオメデトー?」

「??」


 ――こんな簡単に運命の出会いがあるとはだれも思わなかったんですけど!?







割と宇宙人って身近にいますよね。

猫とかあれ実は宇宙生命体でしょう、溶けるし。

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