天岩戸 間違いだらけの神話物語
「もう、知らない知らない知らない!」
女神はそう叫ぶと一目散に駆け出した。周囲の神々は暴れ回る素戔嗚尊を取り押さえるのに集中していて、誰も気付いていない。
やっとの思いで神々が素戔嗚尊を捕まえると、急に周囲が暗くなった。
「何事か?」
「あ、天照大御神様が、山腹の洞穴に御隠れに」
「何ぃ? やっちまったなぁ」
太陽神である天照大御神が姿を隠すと、周辺は闇に包まれる。夜の闇とは違う、不気味な暗さだ。
神々の威光も色褪せ、多くの災いが起こり始めた。
「は、早く大御神に岩屋戸から出て来て頂かねば」
神々が集まって岩屋戸を塞いでいる大岩を動かそうとしても、びくともしない。
「天照様!」
呼び掛けても返事はなく、ウンともスンとも言わない。
「引き籠もりなんて、冗談じゃないよ」
神々は岩屋戸を開かせようと考えられる限りの方策を試したが、全て徒労に終わった。
「どやんす、どやんす?」
オロオロと困り果てる一同だったが、ポンと手を打つ音が響く。
「高木神の近くに、知恵の神がいる。相談に行こう」
「それしかないな」
一同はぞろぞろと連れ立って、高木神の下へ集まった。
目の前には白髪と白髭の神が一柱。
「こちらに知恵の神がいると聞いて訪ねて来たのですが」
「あんだって?」
耳が遠いのか話が通じていない。
「こちらに、知恵の神はおりますか?」
「いや、とんでもねぇ、あたしゃ神様だよ」
全く話が通じず、更に声を張り上げていると、奥から端正な佇まいの男性が出て来る。
「何の騒ぎですか?」
「こちらに知恵の神がいらっしゃると伺って参ったのですが」
「それは私、八意思兼のことですね」
目の前の男性が知恵の神と判明し、一同は安堵の表情を浮かべる。
「あちらの老公は?」
「父です。ああして揶揄うのが好きで困ったものです」
知恵の神の父ということは高木神ということだ。一同は顔を見合わせた。
「あなた方が訪問された理由は分かっています。天照大御神の引き籠もり状態を解消するのでしょう?」
「その通り、流石は知恵の神だ」
「私には腹案があります」
「これは頼もしいな」
「それでは指示通りにして下さい」
八意思兼命の指示は以下の通りだった。
常世の長鳴鳥を集めること。
次に天安原の上流にある天堅石を採り、天金山から鉄を採って鍛冶師と共に、伊斯許理度売命は八尺鏡を、玉祖命は八尺勾玉の五百箇の御すまるの珠を作ること。
更に天香山の榊を抜いてそれらを天岩屋戸の前に持ち寄ると、上の枝には勾玉を、中の枝には鏡を取り付け、下の枝には木綿と麻の布を垂れ下げて祭りの準備を完成させる。
それから天児屋根命と布刀玉命を呼び寄せて、占いを行わせた。
布刀玉命は榊を持ち上げ、天児屋根命が祝詞を奏上すると、いよいよ祭りの始まりである。
天岩屋戸の前には神々が集まり、宴の始まりを待っていた。
天岩屋戸の脇では手力雄神が待ち構え、岩戸が緩むのを待つ。
神楽が始まり、天宇受売命が踊り始める。
彼女は酒樽をひっくり返してその上に立ち、ステップを踏んだ。
タンタタタンタン、タンタンタン。
タンタタタンタン、タンタンタン。
「ちょっとだけよ~」
言いながら胸元をはだけ、帯をギリギリまで下げる。
その痴態に集まった神々がどよめいた。
一方、天岩屋戸に引き籠もっていた天照大御神は、外が賑やかになったので不審を感じた。
そっと隙間を開けて覗くと、神々は笑い、天宇受売命は踊っている。
「私がここに入っている間は世界中が暗闇のはずなのに、どうしてみんなは笑っているの?」
「あなた様より尊い神がお越しになりましたので、歓迎の宴を開いているのです」
「ふぁっ?」
変な声を出して、天照大御神は外の様子を確認しようとすると、確かに眩しい光を放つ神がそこに見えた。
もっとよく確認しようと岩戸を更に開くと、いきなりむんずと腕を掴まれ、グイッと外へ引っ張り出されてしまう。
「何なのよ!」
「手力です!」
引っ張り出した手力雄神は臆面もなく言い放った。唖然としている大御神を尻目に、布刀玉命が岩戸に注連縄を張った。
「これより中へは戻ってはなりません」
観念した大御神は二度と引き籠もりしないことを誓い、こうして世界に光が戻った。
めでたし、めでたし。