雷鳴の墓標
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
おい、いま空がビカビカって光らなかったか?
勘違いじゃねえよな。今日は一日中曇りって聞いてたんだが、雷とか勘弁してくれよ〜。音は届いてねえみたいだが。
雷といえば、俺たちって雷をいろいろな形で畏怖していると思わねえか?
地震に比べて予測しづらさ、被害の範囲の広さじゃ後れをとるだろうが、その威力に関しては折り紙つき。大火災からタイムトラベルまで可能とする、すさまじいパワーだ。後者は映画の中だけどな。
自分にできねえことを、やってのける奴に頭を垂れるのは、別におかしいことじゃねえ。その力が自分に向いたら、あっという間に奈落へ直行だしな。保身、自己防衛、おおいに結構。
だが、表面的な部分ばかりをとらえて、やたらめったら拝み倒すのも考え物かもな。
ひとつ、俺が聞いた雷に関する一話、耳に入れておかないか?
むかしむかし。とある村では二日間続いた大嵐のあと、新しい仏様が出た。
畑の様子が心配だからと、嵐の中を出ていった中年の男だった。昨晩の夕暮れ時に家を出ていったきり、彼は戻ってこなかったんだ。ちょうど風雨にくわえて、何分とおかずに雷がとどろいていたときだったとか。
彼の遺体は見つからなかった。ではなぜ、仏様になったと皆は判断したのか。
それは畑から少し離れた草土が真っ黒に焦げており、その中心には真新しい石を削って作った墓石らしきものが存在したからだ。
石に彼の名前が刻まれているのも、強い裏付けとなった。先祖代々、受け継いできた漢字が一文字入っていて、その村に同じ文字を持つ者はいなかったらしい。
草土の惨状をみるに、ここに落雷が直撃し、一時的にでも火が広がったことは疑いない。嵐が来る前、ここには木々がうっそうと茂った森だったのに、今やその面影は形も残っていなかったからだ。
だが墓石に関してはあまりに縁起が悪く、それでいて仕事が早すぎる。
「なんと不届きな奴だ。あいつの死を望み、前々から用意していたのだろう。
探せ。雷に罪をなすりつけ、あいつを殺めて形だけ弔う、下劣な奴を探せ」
嵐が去り、晴れ渡った空の下で、姿を消した彼と因縁があった者が次々と詮議される。
長年の付き合いから、嵐が来るほんの数日前にケンカをしただけの者まで、徹底的に洗われた。もちろん、誰もが「自分は違う」という旨の答えをしたが、素直に受け取るわけがなかった。
尋問と呼ぶには、少々手荒なことも影で行われ、候補から外された者にも、秘密裏に監視をつけられる始末。疑いの心が村内へはびこり出したとき、またも風雨がこの村を直撃することになった。
雨雲の足は速かった。ほとんど晴れていた青空が、半刻(約1時間)も経たないうちに、西から駆けつけてきた紫色の雲に覆い隠されてしまう。
その雲間からもゴロゴロと音が響き出し、幾度も輝く稲光は、集まっている村人たちのまなこを打った。詮議は中止され、ひとまず全員が家の中へ引っ込もうとしたときだった。
光と共に、一軒の家へ雷が落ちたんだ。
その鳴き声に人々が腰を抜かした時にはもう、家は手がつけられないほどの火だるまとなっていた。
中には寝たきりだった老人がひとり。外へ逃げ出せたような気配はない。
もはや助かりようも、助けようもないだろう。目にした者のほとんどはそう思った。だが家族の中で最も若い青年は、水を汲み置いた瓶をめぐって、皆と談判を始めている。
頭から水をかぶり、家の中へ突入する腹積もりだったんだ。無茶が過ぎるととめる皆に、「試さずに止められるか。こうしている時間も惜しい」と、無理やりにでも水を奪おうとする彼の間で、いさかいは激しさを増していく。
それを食い止めたのは、追い討つ第二の轟きだった。
光なく大地を揺るがしたそれは、人々の声など木っ端のようにかき消す。そのうえで、「ずどん」と重々しい音をもって、彼らの鼓膜を支配した。
またも足を取られ、次々に尻もちをついてしまう彼らだったが、今度は先ほどのものと違う。
揺れが収まらなかったんだ。当初は地震が連動し、絶えず地面が揺れてそれが伝わっているのかと思ったが違う。
貧乏ゆすりなどというものじゃなく、身体が小刻みに。痛みさえ感じるほどの速さで、勝手に震えてるいるのだと。
ある人は語る。特に揺れが激しいのは、両足のつま先。尻をつき、前方に投げ出した脚の先で、絶えず震えていたと。
ある人は語る。特に揺れが激しいのは、両腕のひじ。土の上に着いたそれが、おのずから穴を掘っていくかのように震え、自分の意志で止めようもなかったとか。
ある人は語る。特に揺れが激しいのは、開いた片目。まばたきするでもなく、視界が左右に細かくぶれはじめ、やがては完全に見えなくなってしまうとか。
彼らの証言、そのいずれもが事実を指していた。
そればかりにとどまらず、震えを感じて、やがて収まったつま先、ひじ、片目のいずれもが、ぽっかりと消えてしまっているんだ。
指摘されるまで、痛みも衝撃もなかったと彼らは語る。気がついたらそこの機能が失われていて、空洞が開いている。
不自然な形で途切れた、身体のあちらこちらへの違和感。そして気づいた拍子にせり出してくる痛みに、当事者たちのうめき、叫びがこだまし始める。
だが、事態はまだ止まない。
燃えていない周囲の家々が、彼らと同じようにブルブル震え、身体の穴を開け始めたんだ。
屋根といわず壁といわず消え去っていく部分は、握りこぶしほどの大きさのこともあれば、板一枚、柱一本がまるまる失せることもあった。消えどころが悪い家は、すぐさま倒れ、壊れていく。
ここに来て、ようやく雨が降ってきた。
最初から叩きつける勢いで降り立った彼らは、すでに「火だるま」から「火だんご」ほどに崩れてしまった家の炎を、瞬く間に沈めていく。
火の下からのぞくのは、燃え残ったがれきばかり。人と物の区別すらつかないほどの黒い炭が、池のように広がっている。
その中心に向け、村人たちの背中をくすぐりながら風が通り過ぎ、集まっていく。ほどなく、その地点に下から猛烈な勢いで積み上げられ、大きな影ができあがった。
墓石だった。大人がどうにか抱えられるかという大きさにまでなった石には、表面に名前が刻まれた状態ででき上がる。この家で寝たきりになっていた老人の名前だ。
だが人々がそれ以上に息を呑んだのは、その名前の下の部分。
「眠る」と彫られていたが、眠の「目」の部分。そこの中央に当たる部分に、見開いた瞳が浮かんだからだ。
石に埋め込まれたまま、瞳はしばし、所在なげに上下左右をせわしなく見やっていた。だがそれも、後からおのずと張り付いてくる土によって塞がれ、ついにまぶたを閉じるように見えなくなってしまったとか。
――稲妻のとどろきが、墓石を作った。
それは悪天候がもたらす凶事として語られ、無用な外出を避ける戒めとされたとか。




