6
「なめないでよ。
あんたが、俺のことわかってる風に考えてるように。
俺だってこの4ヶ月間、
一番近くであんたを見てたんだよ。」
言われてみれば当たり前で。
なのに私には、その事実が
鈍器で頭を殴られたような衝撃で。
「冬野さんのクール取り繕ってるとこも
根はサボりたがりなのも。
だけど、無駄に真面目なとことかも。
ぜんぶぜんぶわかってるから。
それもわかってて、
あんたのこといいなって
好きだなって感じてんだよ。
逃げんなよ。
一人で勝手に
完結してんなよ。」
「なにそれ。」
なんの感情かもわからない涙が
つう、と一筋流れて。
頭の上から降ってくる
春田の声が
全身から伝わる
春田の温もりが
心地よくて、あったかくて。
だけど、
じゃあ、この先のない恋愛感情は
一体どこへぶつければいいの?
現実を見て欲しいのは、
こっちの方だよ。
「君さあ、やっぱバカだね。」
春田の肩を両手で押し返し、
顔を見上げる。
くっきりとしたその輪郭に
濁ることない視線。
私が君を好きだということを認めてしまったら
苦しさも倍増するんだよ。
ただの恋するアラサーじゃないんだよ、私たちは。
それでも、
ふ、と優しい瞳をして
私の耳の裏を捕まえて
降ってくる
君からの口づけを私は拒めなかった。
「好きだよ。冬野さん。」
どうしようもなく、
切なく感じる声は、
どうか演技であって欲しい。
きっと君は、
まともに向き合うことができない
奥さんのことを
気晴らししたくて
この火遊びに手を出しているんでしょう。
触れた唇から漏れる吐息は
甘くて
じれったくて
心臓がちぎれるほどに、痛くなる。
始まった瞬間に
この恋は終わっていると
わかっているのに。
一度触れて仕舞えば、
君が欲しくてたまらなかった
自分の心が驚くほど明確にわかった。
「だめだ。
止まんなくなる。
頭冷やします。
送ってきますよ。」
自分からキスをしてきたくせに
急に挙動不審になる春田が可愛くて。
「今日ならお酒のせいにできるよ」
なんて、調子に乗ったことを
さらりと口に出してしまった。
「な、なんすか。
からかわないでください。ほんとに。」
急に純情な少年に戻ったような春田に
思わず吹き出してしまう。
「ごめんごめん。
でもあたしも頭冷やしたいから
一人で帰る。
じゃね。」
ひらりと春田と触れていた手を払い
顔さえまともに見ずに
彼を背中に歩き出す。
クールを演じるには
もう遅すぎて。
なにも悟られまいとすることも
遊び慣れている女を演じることも
上手にできなくて。
家の鍵を開ける手が震える。
「おかえりー。おそかったねー。」
今日に限って、寝落ちもせずに
のんびりとスルメ片手に
テレビゲームをする夏樹の声が聞こえる。
安心と同時に、
自分の心の中の黒くてねばねばして
ドロっとした感情が
全身から溢れ出しそうで、
急いでトイレに駆け込む。
「ただいまー。
いやー上司が飲みすぎてて。
たくさん付き合っちゃいましたよ。」
「おつかれさんだねー。食べる?」
呑気にスルメを差し出してくれる
この人に、
私はどんな感情をもっているのだろう。
スーツを脱ぎ捨て、
下着姿で
スルメを持った彼に抱きつく。
「どどどどしたの。急に。」
あからさまに驚きの声で、
少し照れくさそうで。
「酔った。」
「まあ、たまには悪くないね。迫られるのも。」
さっき、
春田と重ねた唇を
自分の気持ちを確かめるためだけに
何も知らない
夏樹と重ねる私は
最低で最悪な女だ。