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「おはようございます!」




平然とした顔で出勤してくる春田を殴りたくなったけれど、勤務時間は難なくやりとりをこなす。



昼食を食べに行く暇はなく、



「俺いってきます!」

といつものごとく春田がコンビニへ走る。




二人でズルズルとコンビニの冷やしうどんをオフィスですすりながら、仕事の話。この感じなら、金曜日の夜のことも忘れられそうで。あいつの指輪なんかいちいち目に入ってこなさそうで。





そう思い、ふと資料とうどんから目線をあげれば春田と大きな二つの目とばっちり視線が合う。





「土日、しっかり休めました?」



ニヤッと笑う春田の笑顔にうどんを鼻から噴き出すのではないかと自分に心配になる。



「いや、もうそれはそれは。もう。」



急にしどろもどろになるわたしに


「わかりやすいな〜」


と小さな声でケラケラと笑う春田。



自分のことを100パーセント棚に上げて、こいつを「悪い男!!!」とののしりたくなった。




だけれどそれと同時に、この笑顔がどうしようもなく愛しく思えて、憎らしくてしょうがなくて。




「あのさ、ほんと人が悪い。人相が悪い。」


なんて、冷静ぶった顔で言い放つと、途端にしょげたような顔をする。




「いやそれもうディスりの極みすぎて悲しいっす。」


「はいはい。じゃ、この企画だけど・・・」




あっという間に6時をすぎていた。今夜も春田と顔を付き合わせ、残業タイムに突入コース。


金曜日までは何の疑いもなく会議室に2人きりで篭り、資料を並べまくって討論をしていたけれど、週末の事件のせいでそうもいかない、、。と思っているのは私だけのようで、





「資料これで全部っすよね?」


と、いつものように書類を私のデスクからひょいと持ち上げ会議室の扉を開けている。






一通り仕事の打ち合わせが終われば、


「今日、僕への態度冷たくないっすか?」


なんて、当たり前なことをさも当たり前のような顔で発する目の前の男。




「いやさ、そりゃこないだ酔っぱらいの後輩に悪絡みされたからさ。」



「悪絡みって人聞き悪い〜!でも、酔っ払いの戯言にも真面目に付き合ってくれる冬野さんやっぱ優しいな〜。」


「まあね。」



資料を片付けながら、ぶっきらぼうに答えると、ジーッと視線を感じる。




「また、飲みに行ってくれます?」


「考えときます!」


「返し早っ!!」


語尾が怒り口調になっていた気がする。そのまま、資料を持ち、会議室を後にする。気づけば時計は8時を回り、フロアの大半の人の姿がない。





デスクに戻るやいなや、


「冬野、俺今日は悪いけど先に上がらせてもらうな。」



と、2つ先輩の香坂が就業の挨拶をしてくる。


「たまには彼女サービスしないとだめですよ。」


との私の相づちに被さるように



「仕事の鬼が珍しいっすね」




と、自分の後ろから春田の声が降ってきて肩がビクッと動いてしまう。




「仕事の鬼も恋の攻略はできねーんだよなぁ。すでにデート30分押してるわ。じゃ、あと頼んだぞ、ナイスコンビ!」



疲れ気味の顔に笑顔を作り、コメディ映画のように親指をグッと立ててこちらにエールを送り、香坂はその場を去る。




「香坂さんでもデートだと舞い上がるんですね。」



嬉しそうな春田の声を聞きながら私が考えていることは、まばらにデスクに明かりはついているのに、人の気配はないこの状況。



つまり今現在、私たちは2人。






とてつもなく、気まずい。






「僕たちもそろそろ上がりますか?」



「あ、うん。先あがって。私もう少し残るから」



「いやそんな主任1人残せないっすよ。」



「いいのいいの、春田との仕事とは別の案件だから。ね。」



小さい子供を諭すように。


自分の心の小さなざわめきをかき消すように。



帰ってくれ、と心の底から願わずにはいられない。




「わっかりました。


ただ、明日疲れた顔してないでくださいよ。

もしまた疲れ果てた顔してたら罰として金曜飲みに行きましょう。」



「なにそれ。シンプルにくだらない。」




ふっと乾いた笑顔も出てしまう。





「あ、ちなみに生き生きとした顔してたらご褒美として、飲みですけどね?」



ニヤリ、とほっぺたにもおでこにも書いてありそうなほど自信満々に、楽しげに笑うこの男。








どうしてこんなにも、心が揺さぶられるのだろう。どうして。



「知らないわそんなあんたルール。はい、じゃあ、おつかれさま。」



私は動揺もしない、ただのつまらない上司でいい。


あなたからの言葉なんか何一つ心に刺さらなくていい。




早く私の前から、消え去って欲しい。






家に着いたのは22時を少し回った頃で、私が帰宅すると彼氏の夏樹はソファに埋もれながらビールを飲んでいた。



「おかえりー。月曜から大変だね」


「まだまだ。10時で弱音は吐かないよ」


「なかなかな社畜っぷりですね、」


「まあね。社畜の鏡と呼んでおくれ。」


「社畜さま。今日、麻婆豆腐つくったからよろしければお召し上がりください。」


「あー有難や。とりあえずシャワー浴びてくるー。」






なんの気も使わない、緊張の糸もない会話。


居心地の良さを感じるけれど、お互いどこか冷めていて。



支え合って生きていこう!!なんて、熱く言い合う中でもなくて。



だからといって、欠けてしまっては味気ない存在になっている。






惰性


妥協


安易



いつからか、そんな言葉がぴったりの2人になってしまった。



シャワーから上がると、本日の料理長はソファで寝落ちをしていて。


1人静かに麻婆豆腐を温め、作業のようにテレビを見る。


なにかの言葉や情報を頭に流していないと、どうしても余計なことを考えてしまう。




余計で、余分で、無駄で、なんの意味もない、私の中に存在意義を生んではいけない彼ことを。







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