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ああ、よかった。
なんて、思ってしまった。
傷付くことと共に、安堵している自分がいることに笑えてくる気さえする。
地面から足は離さずに、ゆったりとブランコを漕いでいると、背を向けている歩道側から知っている声が聞こえてきた。
ヒヤッと変な汗がオデコに湧き上がる気がするけれど、聞き耳を立ててしまう。
「いやほんと送らなくていいってば。むしろ送る側でしょ俺が。」
「だって私のが終電遅いですし!少しでも一緒にいたいんですよ?」
「ほんとよくそういうこと恥ずかしげもなく言えるよな〜」
通り過ぎていく男女の、フワフワとした、付き合いたてのような可愛らしい会話。
見なくてもわかる。
それは、耳によく馴染む、聞き慣れた夏樹の声で。
相手の女の子はきっと、ほんわかと癒し系で可愛らしい年下といったところだろうか。
振り返る勇気はなかったから、実際のところはわからないけれど。夏樹はいつからか、浮気をしていたということだけは、しっかりとわかった。
ひんやりと手と足、心臓が冷えていくのと同時に、どこかでホッとする自分がいる。
春田のことを、夏樹に気付かれるはずはないなんて思っていたけれど。私もまた、夏樹の浮気の気配なんて微塵も感じ取っていなかった。
自分のことで精一杯で、彼の気持ちなんて感じ取ろうともしていなかった。
心のどこかで、私たちは何があってもお互いが一番なんて思っていた気がしたけれど。
そんなのただの思い込みで、私たちの関係はいつからか、どうしようもなく濁ったものとなり、お互いの足りないところを補うのではなく、お互いの気持ちの捌け口を別に求めるようになってしまっていたのかな。
「ふぅ。」
家に帰ったら、夏樹はきっと穏やかな顔でいつものように私に「おかえり」の言葉をくれる。
だけれど、私の足は家の方向には進んでいかなくて。
その場で、ブランコの下の地面を踏み締めることしかできなくて。
夏樹とゆう、唯一の場所、心が凪でいれる場所さえも見失った。
私が彼を見縊っていたのだろう。裏切られたなんて気持ちは微塵も湧いてこない。
これは、罰。
罪を犯した人間は、罰が科せられるようにできている。だからこの涙は、彼への謝罪の気持ちから溢れていることにしよう。
最後くらい、彼の本当の幸せを願ってあげられる心の綺麗な例え偽物でも、心の透き通った彼女だったような振る舞いでサヨナラを言いに行こう。
ブランコを止め、ガチャリと金属と金属が当たる音が深夜の公園に響く。
同時にまた、ポケットの中でバイブレーションが騒いでいる。
「もしもし」
心の綺麗なままなんて、どの口が言えるのだろう。
なぜ私は、1人で、強く、生きられないのだろう。
憧れていたかっこいいオトナになんて、なれる気がしないよ。




