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「俺、冬野さんのこと 好き、なんですよね。」





まっすぐな瞳でわたしを見てくるこの人は、さっきまでただの後輩だったはずで、既に誰かのものであるはずの春田大貴28歳。


仕事帰りに、今同じ企画を担当している1つ年下の後輩に飲みに誘われた。

お酒を飲むことは好きだし、仕事の話の続きもしたいし、仕事で小さな山場を越えたし、今日は週末だし。

いろんな理由をこじつけて、二人きりになることに許可を出した自分を憎みたい。





「いや、あのさ、春田。君は既婚者でしょう。なにを言っているんだい」



突然の言葉に、ボッと頬が熱くなるのと同時に変に冷静な自分もいる。



居酒屋を出た後、駅までの帰り道。

「酔い覚ましに隣の駅まで歩きましょう」なんて言う彼の言葉に楽しいお酒の席だったこともあり、その言葉に頷き、ゲラゲラと笑い、喋りながら歩いていたのに。


人通りが少なくなった歩道。公園の近くの道で、急に告白された。






「関係ない!好きっす!まじで」



自分のことを100%正しい人間だとは思っていないけれど、これは絶対よくない。

だけれど、この真っ直ぐな瞳がとても綺麗だと思った。



彼は中途採用として現場にやってきて、まだ仕事を共にし始めて3ヶ月足らず。とても息が合う仕事のパートナーとして今日まで過ごしてきたはずだった。




そして、同時に彼のキャラクターに惹かれていたのも事実だ。





「冗談きついから。ね。春田、飲み過ぎ飲み過ぎ〜っ」


「はぐらかさないでよ。」




少しむくれたような声で応対する君だけれど、その片手の薬指には銀色の指輪が光ってる。

どうにかこうにかはぐらかし続け、駅に着き、お互い逆方向の電車に乗り込む。最後まで春田は「嘘とか冗談とかじゃないっすから。」といつもの軽い雰囲気とは打って変わって真面目にわたしを見つめてきた。






帰宅してストッキングを脱ぎ、洗濯物を取り込む。寝室を除くともう1人の住人は寝息を立てていた。私が男に告白されたと言ってもきっとビクともしないだろうな、この人。もう2人暮らしも2年目に突入していた。

どっと疲れや緊張が襲ってくる。

月曜から、どんな顔で会えばいいのよ。バカ。





“既婚者だから”



この肩書きがなければ、喜んで春田の胸に飛び込んでいただろう。彼氏を捨てて。




「ふぅ。」




我ながら、最低だ。



とても楽しい金曜日だったはずなのに、春田の告白のせいでお酒が吹っ飛んでいった気がする。


散々飲んできたけれど、ビールのプルタブに手をかけ、プスッという音を聞かねばやっていられない。なんの可愛げもない会社員29歳独身女。彼氏有り。同棲はしていてもお互い結婚に踏み出すつもりはさらさらない。




ビールを片手に冷蔵庫の中に入っている、ほんの少しラップがずれた夕飯の残りであろうお皿を取り出す。

コロッケと、ポテトサラダとシュウマイ。バランス悪いなあ。おつまみには最適だけれど。


ほんの少し温めてテレビをつける。特に見たいものもなかったけど、静けさには耐えられなくて。

静けさの中で、脈打つ自分の心臓の音と熱さに耐えられなくて。






春田の手、冷たかったな。

告白をされた時、私の返事なんか聞く間も無くキスをしてこようとしたアイツ。即座に察知して避けたけれど、頬っぺたに触られた。ひやりと冷たい手。


ああ、気づかないふりはできそうもない。



プライベートな時間は2人きりにならないように、この3ヶ月と少し努力をしてきたはずだったのに。

仕事が小さな山場を超えたことで密かな達成感を2人で共有したのがいけなかった。



「ふぅ。」

ため息しか出てこない。


ブルっとスマホが震え、メッセージが表示される。



今までは、業務連絡のような少し固い文章だった春田からの文面はごちゃごちゃの私の心をさらに乱す。



今日はありがとうございました!

またちょくちょく飲みに行ってください。すげー楽しかった!

ここのとこ帰り遅かったんで、しっかり土日休んでくださいね。


さっきの言葉、嘘じゃないっす。





改めて書かなくても充分に伝わってくる。この3ヶ月、どれだけの時間を共に過ごしたんだろう。

その中で何度助けられたり、助けたり、笑わせられたり、癒されたりしたことか。


同僚に幾度となくナイスコンビと言われた3ヶ月。

たったの3ヶ月だけれど、私の中の認めたくない、認めてはいけない感情が育っていたことは自分が一番よく知っている。



だからと言って、今の生活を捨てることは望まないし、彼の家庭を崩したいとも思わなかった。

それなのに、何を言ってくれているのやら。


考えたくないと思えば思うほどふと気が付けば、ゆっくり休むはずの土日は春田の顔ばかりが頭をよぎる。

彼氏が土日ともに出勤だったのは不幸中の幸いだった。
















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